第九十一話 砂煙の先に
「うぉおおおおおおおお!!!」
俺の叫びと共に、七頭の竜の色が黄金に変化した。
それを見たエルークは、研究室の巨大な扉を背に砂の翼で身を守る。
次の瞬間、黄金のドラゴンたちは凄まじい勢いでエルークに向かっていく。
そして、奴を覆う砂の翼を突き破っていた。
凄まじい轟音が辺りに鳴り響く。
俺とバロたちの攻撃は、研究室の扉をぶち抜いた。
巨大な壁画が描かれたそれは、破壊されて崩れ落ちる。
それは音を立てて瓦礫となると、周りに濛々とした砂煙が巻き起こった。
(やべえ、やり過ぎたか)
思わずそう思うほどの威力だ。
これが血と魂の盟約の真の力なのだろう。
それにしても凄い力だ。
エルークの奴、粉々になってないだろうな。
リスティが俺に駆け寄ってくる。
「エルリット!! 大丈夫か!?」
「ええ、俺は大丈夫です。エルーク殿下は分かりませんけどね」
あのまま戦ってたら、俺たちの方がやられてたからな。
悪いが黙って殺されるつもりはない。
フユが興奮したように、俺の肩の上に乗った。
「フユ~! 強いです! エルリット、絵本の勇者みたいです!!」
そう言って俺の顔に手を伸ばすフユは愛らしい。
俺の頬に触れると、クルクルっと回って嬉しそうにこちらを見上げる。
こいつも生意気なことを言わなければ、可愛いんだけどな。
リスティさんが爆裂雷化を解いて、大人モードに変わっていく。
小さな胸が膨らみ、吐息を漏らすようにして美しい肢体に変わっていくそのシーンは、何だか少しエロティックだ。
「エル君、倒したみたいね。もうさっきみたいな異常な魔力を感じないもの」
「ええ……そうだといいんですけどね」
これで倒せないとしたら、今の俺には本当に打つ手がない。
研究室の中に吹き飛ばされた奴のことを確認するのは、あれが晴れてからの方が無難だろう。
どうせ、バロたちが取り囲んでいるはずだ。
リスティが、未だにまきあがる砂煙に包まれている研究室の入り口を見ながら呟いた。
「それにしても、どうしてエルーク殿下が!? それにあの剣は……」
エルークに関しては、リスティは何も知らないからな。
エリーゼの事件のことも。
確かにあの剣のことは気にかかる。
まるであの剣自体が、意思を持った何かのように思えた。
その意識と魔力がエルークと一体になることによって、別の何かに変わっていったようにさえ。
(偶然か? 二つの魔力が一つになっていくあの感じ、まるで血と魂の盟約のようだった)
俺は念のために前方に注意を払いながら、リスティに答える。
「あの剣のことは、ミレティ先生に聞いてみますよ。リスティさんは一度学園に戻ってミレティ先生を連れてきて貰えませんか?」
「ええ……そうね。その方が良さそうね」
俺はふぅと溜め息をついた。
下手をしたら只では済まない。
状況が状況だとはいえ、相手はこの国の第二王子だ。
エルークが言っていたように、本来であれば名誉王国騎士である俺は王族を守る立場だからな。
(もしかして俺、処刑とかされない……よな?)
十分あり得そうで怖い。
その意味でも、まずはミレティ先生に相談するしかないだろう。
そんな俺のテンションを知らずにフユは、嬉しそうに言った。
「見るです、エルリット! 凄いです、大きな木が生えてるです!!」
「ん? フユ、お前何言ってんだ?」
全く、こいつはいつも気楽なもんだ。
こんな場所に木なんて生えてるはずがないだろう?
そう思いながら、俺はフユが眺めている先を見た。
リスティが目を細めながら俺に言う。
「エル君、フユの言うとおりだわ……見てあれ!」
その時には俺の目にも、それがはっきりと映し出されていた。
(おい、何だよあれ!?)
ようやく薄くなった砂煙。
俺たちは導かれるように、前へと歩を進める。
崩れた扉の先に広がる光景は、研究室と呼ぶにはまるで相応しくないものだった。
どれほどの広さがあるのだろう。
まるで広大なドーム状の施設である。
その天井を埋め尽くすように、恐ろしいほど巨大な魔法陣が描かれている。
少なくてもそれは、数百メートルには及ぶだろう。
あまりにも大きく、あまりにも複雑なその術式。
そして、部屋の中には大きな管や見たこともない機材が、壁や床にいくつも設置されている。
床を走るいくつもの管は透明で、中には液体が流れているが分かった。
その無機質さとは対照的にその管の先、つまり研究室の中央には、命の息吹を感じる巨大な存在が鎮座する。
(これは一体?)
遥か高いドームの天井に届きそうなほどの威容を誇るそれは、俺が見たこともないようなサイズの大樹だった。
いつもお読み頂きまして、ありがとうございます!




