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第九十話 混ざり合う者

「エルリット・ロイエールス、見せてやろう。かつて魔王と呼ばれた男の力、その片鱗をな」


(魔王の力……その片鱗だと!?)


 俺はエルークの言葉に思わず身構えた。

 火竜剣を握る手に力が入る。

 奴の前に突き立てた剣から放たれる異様な魔力が、エルークのそれと溶け合っていくのを感じた。


 これは、まるで血と魂の盟約だ。

 だが問題は、エルークと同化しようとしている存在の正体だ。

 精霊とは違う、異質な何か。

 混ざり合っていく魔力は、次第に一つに同化していく。

 それは、エルークの魔力とも剣から発せられたものとも別の何かに変わっていった。

 その魔力を目の当たりにして、ファルーガが呻く。


「馬鹿な、この魔力は!?」


「どうしたんですか? ファルーガさん」


 動揺するような声を上げた火炎の王に俺は尋ねる。

 ファルーガは、低い声で俺に答えた。


「似ている……あの男に。魔王と呼ばれた、あの男の魔力にな」


「どういうことですか、ファルーガさん。魔王はもう死んだはずでしょう?」


 俺の問いにファルーガは言った。


「確かに、魔王と呼ばれた男は死んだ。だが、この力はあやつのものによく似ている」


 その言葉に俺はエルークの姿を見る。

 どういうことだ?

 エルークの魔力と、あの剣の魔力が混ざり合った時に生まれた力。

 それが魔王の魔力に酷似しているとしたら。

 

(魔王とは一体何だ?)


 エルークの赤と青の瞳が妖しく輝く。

 そして、笑みを浮かべた。


「勇者の血族よ、ここで死ぬがいい!」


 黒い影が、歴戦の勇者が振るう槍のように俺を貫こうと迫る。

 こちらに突っ込んできたエルークだ。

 その輪郭は揺れるようにぼやけている。

 それは、ミレティ先生が精霊と同化した状態に似ている。

 エルークが手にした剣の中に潜む何かと、一体になっている証だろう。


(くそが! なんて速さだ!!)


 俺は辛うじて身をよじるとそれを避ける。

 体を反転させた勢いを使って、火竜剣でエルークと激しく打ち合った。

 凄まじい衝撃音が辺りに鳴り響き、互いの剣圧で通路の床にへこみが生じていく。


「エルリット!!」


 背中にリスティの声が響く。

 俺は前を見据えたまま叫んだ!


「リスティさん! フユとアーミアさんを頼みます!!」


 聖獣使いのリスティの獣気ならばどうにか防げるだろうが、そうでなければ危険過ぎる。

 エルークは剣を振るいながら不敵に笑った。


「まさか、四大勇者以外にこれ程の力を持つ者が居るとはな。只の小僧だとは思えん、貴様は一体何者だ? エルリット・ロイエールス!」


 まるで俺の正体を疑うように、二つの瞳が俺を見つめている。

 それはエルークのモノのようでもあり、別の何かのモノのようにも思えた。

 その奥底に潜む、得体のしれない存在。

 俺たちは激しい剣戟を繰り返すと、一度大きく距離を取る。


 いつまでも後手では埒があかない。

 ならば──!

 俺の右手の紋章が強く輝くと、そこから火竜剣にかけて七つの魔法陣が現れて紅い光を帯びる。


「分割制御連陣『七首の大蛇』!!」


 俺がそう叫んだ瞬間、七つの魔法陣は輝きを増す。

 そして、七頭の火炎の竜がエルークを襲った。


 リスティとの戦いで放ったものとは威力が桁違いなのが自分でも分かる。

 恐らくそれは、精霊との同調率が増しているからだろう。

 バロが、エルークに牙をむく。


「やってやるぜ! エルリット!!」


「ああ! バロ!!」


 イグニシオンから生じた七頭の火竜が、エルークの体を前後左右から包囲して突っ込んでいく。

 七つの咢が大きく開かれたその瞬間──!


 エルークの剣から巨大な砂の翼が生じた。

 それが、奴の体を堅牢な要塞のように守っている。

 その壁にはじき返されたバロたちが思わず呻く。


「エルリット! 何だこいつは……嘘だろこいつ魔王様か?」


 バロたちも、目の前の男の魔力を感じたのだろう。

 ファルーガと同じ反応をする。

 何しろこいつらにとっては元の主だ。


「だがよ、何だか少し匂いが違う気がしねえか?」


「分からねえ、でもよ別人にしちゃあ魔力が似すぎてるぜ!」


「「「おい、どうするよ! 魔王様相手っていうのは流石によ……」」」


 この技を使ったのは失敗だったか?

 こんな時にこいつらに裏切られたら終わりだからな。

 それを聞いてバロが仲間たちを叱りつける。


「馬鹿野郎! 俺たちの主はエルリットだろうが!! 俺はこいつが気に入ってるんだ!」


 その言葉を聞いて他の六頭は顔を見合わせた。


「……だな」


「最初は生意気なガキだと思ったけどよ」


「こいつといると、面白れえからな」


「しけた面してるんじゃねえよ、エルリット!」


「俺たちが裏切るとでも思っていやがるのか?」


「舐めるんじゃねえよ!」


 最後にバロが俺を見てウインクする。


「行くぜ、エルリット!!」


 思えば、こいつらとは長い付き合いだ。

 体が燃え上がるように熱くなる。

 バロたちの力が、俺と完全に一体になっていくのを感じた。

 その瞬間、俺の瞳に浮かぶ魔法陣が変化していく。

 ミレティ先生の魔法陣の中で、解読できなかった部分だ。


(そうか、これは)


 あれは、逆さに文字が記されていたのだ。

 まるで鏡に映し出されたかのように。

 それは内側から精霊が記した術式。

 俺と共に生きることを認めた証。


「うぉおおおおおおおお!!!」


 俺の叫びと共に、七頭の竜の色が黄金に変化した。

 それを見たエルークは、研究室の巨大な扉を背に砂の翼で身を守る。

 次の瞬間、黄金のドラゴンたちは凄まじい勢いでエルークに向かっていく。

 そして、奴を覆う砂の翼を突き破っていた。

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