第八話 都への道中で
あっという間に一ヶ月が過ぎ、俺が都の士官学校に行く日がやって来た。
ママンは涙を浮かべて、俺の手をしっかり握り締めている。
「エルリット、休みには必ず帰ってくるのよ。ママ待ってるから」
俺は大きく頷いた。
ママンもちろん会いに帰ってくるよ。
「行って来い、エルリット」
アレンの言葉に、俺はもう一度頷く。
「行ってらっしゃいませ、エルリット様!」
メイドのミュアも微笑んで、俺の頬にキスをしてくれた。
この7年でさらに成長した胸が、俺の目の前で揺れている。
(ぐふふ……おっと、こんな時ぐらい紳士でいないとな)
じい様は俺を直接見送ることは無かったが、一本の剣を贈ってくれた。
槍じゃないのかよとツッコミを入れたくなったが、あのじい様の事だ何か思うところでもあるのだろう。
俺はそれを背中に背負って馬車に乗る。
程なく馬車が走り出した。
都のエルアンまでは5日はかかる旅だ。
途中の町で宿を取りながら俺は旅を続けた。
物騒な事に、道中で野盗に出くわす事もあるらしい。
俺のお供には、じい様が3人の騎士をつけてくれた。
何しろあのじい様の部下だ、野盗なんぞ一撃でぶっ殺す連中ばかりだろう。
もし俺の乗った馬車を襲う奴がいるとしたら、運が悪いとしか言いようが無い。
まあじい様はあくまでも帰りの馬車の警備の為で、行きに出会えばお前が倒すが良かろうと言っていたがな。
孫を何だと思ってやがるんだ。
「ん?」
あと半日ほどで都だと言うところで、妙な光景に出くわした。
馬車が横倒しになり、5人ほどの騎士が倒れている。
(……ああ、うわさをすれば何とやらだな)
どうやら盗賊らしい、数は10名はいるだろうか。
豪華な馬車の側には貴族らしき男とその妻だろう、綺麗な女性がいて盗賊たちに囲まれている。
そしてその直ぐ側には、青ざめた顔で震えている可愛らしい女の子がいた。
俺たちが近づいて来るのを見ると、盗賊どもは下品な顔で笑った。
「また獲物が来やがったぜ、この時期は金になるガキが多くて助かる」
その言葉に、俺の護衛の騎士の一人が言った。
「どうやら普通の盗賊ではないようですね。恐らく士官学校の生徒を狙った誘拐目的でしょう」
なるほど物騒な世の中だ、どうやら通して下さいってな訳にはいきそうもない。
別の騎士が静かに盗賊どもを見て言う。
「それに、身のこなしが盗賊とは違います。大方、騎士くずれか仕事にあぶれた傭兵どもかと」
(なるほどな……結構腕利きの連中って訳だ)
襲われてるのは、いかにも金がありそうな貴族だ。
確かにその護衛である騎士達が、こうも簡単にやられること自体がおかしい。
まあしかし俺にはじい様から頼もしい護衛達が付けられている、心配など無用だ。
俺は馬車の中から、3人の騎士たちに命じた。
「お前たち、やっちゃってくれない? こいつらのこと」
俺の言葉に『頼もしい護衛』たちは宣言した。
「はっ!! 申し訳ございませんエルリット様! ガレス様からは、あくまでも我等は帰りの馬車の護衛だと。エルリット様の身は、エルリット様ご自身で守られるのが良かろうとの事でして。そのほうが実戦経験にもなると」
(あのくそジジイ……)
まあそれならしょうがない。
俺は馬車を降りると、つかつかと盗賊どもに向かって歩いていく。
「死にたくなかったら、消えたほうがいいぞお前ら」
俺のその言葉に、盗賊どもは大笑いをする。
「死にたくなかったらだとよ、このガキ! 俺たちを誰だと思ってやがるんだ、ファルルアンの騎士どもも黙る傭兵団『漆黒の狼』だぞ!」
ああ、わざわざ自己紹介までしてくれるとは。
しかも、厨二病過ぎてやばい名前だ。
「狼にしちゃあ弱そうだけどな?」
実際うちのじい様から出ていたオーラに比べたら、こいつらのはまるで子犬だ。
俺のその言葉に、男達の目が鋭く光る。
「てめえ死にてえのか!!」
近くにいた2人の男が俺に向かって来る。
俺の体に、2本の剣が突きたてられた。
「きゃぁああ!!」
盗賊どもに囲まれている貴族の奥さんと娘さんから悲鳴があがる。
「悪いな」
俺は盗賊どもに言った。
俺の体に突きたてられたはずの剣は、使い魔の火トカゲに喰われている。
そしてそれは真っ赤に染まって、その場で溶け崩れる。
「なんだ!! なんだこいつ!!! うぁあああああ!!」
叫びながら逃げる2人の盗賊の背を、火トカゲたちが喰いちぎる。
悪いが、俺を殺そうとした奴等にかける情けなど無い。
「くそ!! 殺せ!! ぶっ殺せ!!!」
物騒な事を言いながら、残りの盗賊どもは剣を振りかざして俺に突っ込んでくる。
そっちが殺す気で来るなら、遠慮はいらないだろう。
俺は静かに詠唱した。
「我命ず、火炎の王にして永遠なる紅蓮の輝きの主、来たりて我に従え! イグニス・レークス・デウス」
俺の七匹の使い魔たちは、俺に突き刺さるはずの剣を咥えながら真紅に燃える。
盗賊たちは、うなりを上げる火炎の眷属の魔力に声を上げた。
「来るな化け物!! うわ!!」
七匹の火トカゲたちが俺の魔力で膨らみ、束になって巨大の龍となっている。
「な、何だ!? うぉおおお!! うぁああああああああ!!!」
(じい様相手にこれを使えば勝てたかな? まあ駄目だろうな、魔王を倒しちまうぐらいだからな)
その火炎の龍は、盗賊たちを舐め尽くした。
ひとしきり暴れて満足したのか使い魔たちが大人しくなると、今までの騒ぎが嘘のように辺りが静まり返る。
俺は、可愛らしい顔でぽかんとこちら見つめる少女に笑顔で言った。
(ふっ……命を狙う悪党から颯爽と助け出す、これは俺に恋をしちゃうシーンで間違いない。俺も罪な男だな)
「大丈夫だった君、怖くなかったかい?」
決まった! 自分でも恐ろしいほど決まった!
厨二病アニメをほぼ全部見尽くした俺の知識の中では、これで惚れない女の子はいない!!
「きゃあああ! お母様!!」
俺はその少女が、俺の手を振り払って母親に抱きつくのを、固まりかけた笑顔で見つめていた。
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