第八十四話 二枚の扉
(これは……)
俺が結界の上に浮かんでいる魔法陣に手を触れると、そこに魔力が流れ込み目の前の揺らぎの一部が消えていく。
そして俺たちの前に、人が通り抜けられる程の穴が開いた。
「どうやら、これで進めそうね」
「ええ、そうですね」
俺はリスティの言葉に相槌を打つと、その先をのぞき込む。
結界を抜けた先の通路は一本道になっていて、その先には大きな扉が見えた。
俺はフュリートに尋ねた。
「フュリートさん、タイアスさんの研究室ってあれですか?」
フュリートは頷くと答える。
「ああ。あの扉、僕も久しぶりに見るよ。恐らく君についていけば、ミレティ先生の結界は抜けられるはずだ。僕たちもついて行きたいんだが構わないかい?」
「ええ、もちろんです。フュリートさんがいてくれた方が色々と助かるでしょうし、それに……」
まだフュリートの口からさっきの答えを聞いていない。
タイアスさんの研究の内容や、あのお方っていうのが誰なのかということも。
(タイアスさんの研究室で、全て話すって言ってたからな)
俺はリスティにも尋ねた。
「それでいいですよね? リスティさん」
「そうね。研究室の中に今回の杖の捜索に何か役に立つものがあるとしたら、それを見極める為にもフュリートの知識は役に立つでしょうし」
リスティはそう言った後、鋭い目でフュリートを睨む。
「ただ、もしも怪しい動きをするようなら容赦はしないわよ。いいわねフュリート?」
この辺りはリスティは流石にプロである。
相手を完全に信用してしまっては、探索の依頼などこなせないだろうからな。
Sランクでプラチナの称号を持つ冒険者だ、この手の重要な依頼も過去にこなしてきたのだろう。
フュリートはリスティの言葉に同意する。
「ああ、ここまで来たんだ、もう君と戦うつもりはないよ。研究室の中にはタイアス先生の大切な資料もある、君と戦ってそれを失うようなことがあれば、先生が戻られたときにお詫びのしようもないからね」
フュリートの言葉を聞いて、リスティも納得したように首を縦に振ると俺に言った。
「それじゃあ、行きましょうエル君。ハヅキ、貴方は結界の外で見張りをお願いできるかしら? もし万が一のことがあったら、ギルドとミレティ先生に連絡をして頂戴」
「ああ、分かったリスティ。任せておけ」
リスティは何かあった時の備えの為に、ここにハヅキを残していくようだ。
(仕事の時は冷静なのにな、リスティさんは)
どうも美少女モードの時のリスティを思い出すと心配になるのだが、美女モードのリスティは理知的だ。
俺の視線に気が付いたのかリスティが首をかしげる。
「どうしたのエル君。私の顔に何かついてる?」
リスティの言葉に俺は答える。
「戦ってる時以外のリスティさんは、まともなんだなって」
「ちょ! まともって何よ!」
俺はリスティに軽く頬を抓られる。
確かに少し言い過ぎたかもしれないが、美少女モードのリスティの前に立ったことがある人間にとっては素直な感想だろう。
顔立ちが整っているだけに、ある意味迫力がある。
「下らないこと言ってないで、行くわよエル君!」
俺たちは、結界に開いた穴を潜り抜けてく。
通り過ぎてしばらくすると、またその穴はゆっくりと閉じていった。
そして、内側の表面にも先程の魔法陣が描かれる。
「帰りも、あそこに手を当てれば出られそうですね」
「ええ、そうね。人間自体を結界の鍵にするなんてミレティ先生にはいつも驚かされるわ」
リスティは俺の言葉にそう答えると、目の前の通路の先にある扉に向かって歩を進めていく。
俺は歩きながら次第に違和感を感じて首をひねった。
(どういうことだ……)
通路の先に扉は見えるのだが、いっこうに俺たちからの距離は縮まらない。
いや確かに縮まっているのは分かるのだが、それが圧倒的に遅く感じられる。
俺はフュリートの体を支えながら歩いているアーミアに尋ねる。
「これも、アーミアさんがさっき言っていた空間の歪みっていうやつですか?」
アーミアは、俺の言葉に同意する。
「はい、エルリットさん。タイアス様の研究室は大図書館の中心部分にあります。そこはこの建物自体を疑似生命体として存在させるための巨大な魔法陣が描かれている場所でもありますから、最も空間の歪みが大きくなっているんです」
アーミアのセリフに、リスティが肩をすくめた。
「タイアス様には悪いけれど、自分たちが巨大な疑似生命体の中にいるなんてゾッとしないわね。まるでクジラにでも飲み込まれている気分だわ」
「はは、分かりますよそれ」
言いえて妙な表現だ。
一定の広さに思えた通路の幅が、扉に近づいていくごとに微妙に広がっていくのが分かる。
そして俺たちが扉の前にたどり着くころにはその幅は50m程になっていた。
(ていうか……デカすぎだろ!)
絵本を見ていたフユが目の前の光景にようやく気が付いて、俺の肩の上で尻もちをついた。
そして少し不安そうに俺の首にしがみつく。
「フユ~! エルリット、大きいです! フユちゃんたち小さくなったですか!?」
小さくなった……か。
フユが言っていることも、この扉の前に立つとよくわかる。
あまりのデカさに、まるで俺たちが童話に出てくるような小人になった気分だ。
扉のサイズは高さもその幅も軽く数十メートルはあるだろう。
フユは大きな扉を見上げながら俺に尋ねた。
「綺麗な絵が描いてあるです! 大きなドラゴンとお姫様がいるです!!」
「そうだな、それにしてもでっかい絵だな」
遠くから見たときは良く分からなかったが、扉は左右の二枚に分かれており、その上にはそれぞれまるで壁画のように巨大な絵が描かれている。
俺たちから見て右側の扉には大きな竜が、そしてもう一枚の扉にはその竜を見上げる美しい少女の絵。
フユが言うようにその少女は、まるでお姫様のような格好をしている。
俺の肩の上でフユが興奮したように言った。
「綺麗です! フユ~、何だかエリーゼお姉ちゃんに似てるです!!」
(ああ、そういえば……)
俺も誰かに雰囲気が似ているなとは思ったんだが、エリーゼがもう少し大きくなったらこんな感じになりそうだ。
絵に描かれた少女は十代半ばに見えるから、フユに言われるまで気が付かなかった。
俺は不思議に思ってフュリートに尋ねた。
「フュリートさん、これは一体何の絵なんですか?」
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