第七十八話 大図書館へ
「エルリット、私は貴方を未来の四大勇者の後継者候補の一人だなどとは考えていません。貴方を近い将来、実際に四大勇者の一人に迎えることを考えている、そう言っているのです」
(俺を四大勇者にって、タイアスさんの代わりにってことか? 冗談にしては笑えないな)
「本気……じゃないですよね? ミレティ先生」
ミレティ先生は、いつの間にか元の姿に戻っている。
「うふふ、こんなこと冗談で言うと思いますか?」
「ははは、どうでしょう」
(待てよ、名誉王国騎士で月給金貨10枚だからな……これが四大勇者なら、どれぐらい貰えるんだ?)
いやいや、金の問題じゃない。
さっきのミレティ先生の姿が四大勇者の力だとすれば、俺がまだその域に達してないことは明らかだ。
あのままやり合ったとしたら、勝てる未来図が全く浮かんでこない。
実際に相手の技を見て打開策が浮かばないと言うのは、現時点で決定的な力の差があるということだ。
リスティが、さりげなく俺の体に後ろから手を回すと悪戯っぽく笑う。
弾力のある胸の感触と髪の香りがたまらない。
「リスティさん」
「あら、どうして断るの? 私に勝った男だもの、エル君が四大勇者になるなら私は応援するわよ」
綺麗なお姉さんに、耳元でそう囁かれるのは悪くない。
思わず頷いてしまいそうな破壊力である。
「リスティさん、俺にはその気はないですよ。自由に生きられればそれで満足ですし」
ミレティ先生が俺を見ると静かに言った。
「だからこそ言っているのですよ、エルリット。貴方のような存在が、自由に生きると言うのはそれだけで危険なことなのです」
「どういうことですか? 先生」
先生のエメラルドグリーンの髪が風に靡いている。
「貴方がこれから力をつければつける程、それを利用しようとする者達は増えていきます。もう経験をしたはずですよ?」
(ああ……)
ディアナシア王妃の事を言っているのだろう。
つまり、俺の意思など無視できる相手がいくらでもいるってことだ。
確かに、そんな中では自由なんてあったものじゃない。
「エルリット、強過ぎる力にはそれに相応しい地位が必要なのです。そうでなければ、その力は誰かに利用されてしまう。貴方はこれからもっと強くなる、そうなれば貴方にその気は無くても、周りは放ってはおかないでしょう。私はそれを心配しているのです」
(確かに正論だな。いつ、どんな勢力に付くか分からない人間に過分な力があれば、それは全ての勢力にとって脅威になる訳か)
そうなれば、自由どころか周りは敵だらけだ。
四大勇者になれば、あのキュイキュイ鳴く国王のじいさん直属だということになる。
であれば、王妃もエルークも迂闊には手が出せない。
「結局は、それが一番自由に生きられるのではないか?」とミレティ先生は言っているのだろう。
(自由に生きる為に、敢えて不自由を甘受しろってことか。なるほどな。見た目はちっこいけど、やっぱりこの人は齢七十……)
「うふふ、エルリット。貴方、今何を考えてました?」
「は、ははは。何でもありませんよ、前にも言いましたが俺は女性の年齢だけは覚えられないんですよ」
やべえ、凄い殺気だった。
俺はミレティ先生に頭を下げる。
「ありがとうございます、ミレティ先生。勉強になりました、もし俺に四大勇者に相応しい力が身に付いたら、その時は力を貸してください」
そもそもが、御前試合でロイジェル先輩とミロルミオ先輩を倒して、エルークに一泡吹かせられなければ話にもならない。
そうでなければ、順当にあいつがタイアスさんの後を継ぐことになるだろう。
エリーゼの一件の真犯人がまだ分からない以上、エルークが四大勇者になるのは俺にとっても厄介だ。
(それに王妃からも前金を貰ってるからな、やれるだけはやるつもりだが……)
もし、噂通りエルークの力が四大勇者に匹敵するものだとしたら?
あの青と赤の瞳から感じた威圧感、底が知れない力を感じた。
ミレティ先生やマシャリア、そしてじい様とはまた異質な力だ。
「ふふ、勿論今すぐにとは言っていません。エルリット、貴方は不思議な子です。ヨハンやラセアルも貴方に対して遺恨を残してはいない、寧ろ貴方に刺激を受けています。これから、あの子たちもきっと強くなるでしょう。私は貴方達に期待していますよ」
ヨハン先輩は、どちらかというとエリザベスさんに刺激を受けてる気がするけどな。
リスティがその言葉に同意する。
「確かに不思議ね。負けて悔しいことはあるけど、戦ってみて楽しかったわ」
「は……ははは。俺はかなり怖かったですけどね」
美少女リスティもそうだが、爆裂雷化で雷帝モードになってる姿にはマジでビビったからな。
リスティが、後ろから軽く俺の頬を抓る。
「何よそれ! 失礼ね」
リスティがクスクスと笑いながら言った。
「ミレティ先生、そろそろ私達は失礼します。ハヅキ、エル君、都の大図書館に向かうわよ」
リスティの言葉にハヅキと俺は頷いた。
「そうだな、リスティ」
「ですね。結界があるって言っても、行くなら早い方が良いでしょうし」
ミレティ先生も頷く。
「貴方達が探しているモノが本物の地竜の杖であるとしたら……気をつけなさい。それを持っている人物が、もしタイアスでないなら危険な相手です」
(確かにな、タイアスさんなら先生達に会いに来ないのが不自然だし、そうでないなら、タイアスさんから誰かが杖を奪ったことになる)
四大勇者相手にそんな真似が出来るなら、それだけでも危険過ぎる相手だろう。
リスティもハヅキも、ミレティ先生の言葉の意味を察して頷いた。
俺はエリザベスさんやエリーゼを呼んで、大図書館に向かうことを伝える。
するとエリーゼは、ニッコリと笑って俺に言った。
「エルリット。エリーゼ、ちゃんとお勉強して待ってます!」
エリザベスさんは少し考えた後、答えた。
「エルリット君、私は士官学校で待ってるわ。ミレティ先生と話したいこともあるし」
話したいこと? 何だろう。
俺は首を傾げながら、エリザベスさんに言った。
「分かりました、エリザベスさん。学校が終わるまでには戻りますから」
いずれにしても、士官学校にいれば心配は無いだろう。
俺は、ミレティ先生のサイン入りのカードを見る。
(大地の錬金術師の研究室か、何だかワクワクするな)
凄いものがありそうだ。
それに大図書館なら、蔵書も凄いだろうからな。
タイアスさんの研究室も含めて、錬金術を学びたいなら最高の場所だろう。
いや、待てよ? その前に大事なことを忘れていた!
俺は、二階のテラスを見上げる。
上級生の教室で、俺の視線に気が付いた女子生徒がこちらに向かって手を振った。
「エル君! その姿も可愛いわよ。ふふ、お姉さんどこにキスしちゃおうかしら?」
例の妙に色っぽい上級生のお姉さんである。
唇をこちらに向けてウインクしているのが見えた。
(どこって、そりゃあ……)
『こほん、ガルオン!!』
その時、俺の隣でリスティの声が響くと、巨大な青い狼が姿を現す。
どうやらもう聖獣は呼び出せるようである、凄い回復力だ。
『行くわよ、エル君! ガルオン、大図書館までお願いね!』
『ちょ! リスティさん!!』
ガルオンの腹部が例のごとく客室に変化すると、俺はリスティにグイッと体を引っ張られてそこに乗せられる。
ハヅキも軽やかに、乗り込んだ。
『あのですね、リスティさんまだ用事が……』
『黙りなさい、だらしない顔をして』
リスティがこちらをジト目で見ている。
ガルオンが愉快そうに笑った。
『小僧。勝負ではしてやられたが、どうやらリスティに気に入られたようじゃな。では、行くぞ!』
その瞬間、俺はふわりと自分が宙に浮くのを感じた。
(すげえ!!)
白竜の背中の上に乗った時も感動したが、これはまた別の凄さがある。
ガルオンは、軽やかに士官学校の校舎の側面を駆け上がり宙に舞う。
滑らかでしなやかな動き。
景色が後ろに飛んでいく感覚。
フユが俺の肩の上で嬉しそうにはしゃいだ。
「フユ~、凄いです! フユちゃん、こんなの初めてです!!」
「ああ、俺もだぜ! いやっふぅうううういい!!」
こんな体験、元の世界じゃあ不可能だ。
思わず声が出てしまう。
軽々と都の家々の屋根に飛び移っていくガルオンの姿を見ても人々が驚かないのは、リスティが有名なのかガルオンが速すぎるのかは分からない。
あっという間に士官学校は小さくなり、代わりに白く巨大な建物が見えてくる。
それは、立派な飾りがされた外壁で覆われた建造物で、かなりの蔵書があるであろうことが、そのサイズからも分かった。
「あれが大図書館ですか?」
俺の言葉にハヅキが答える。
「そうだ、エルリット。その蔵書の豊富さは、ファルルアンの知識の象徴とも言われている。以前は館長をタイアス様がされていたのだが、今はその弟子に当たる方がその任を務めていてな」
なるほど、これ程立派な図書館なら、四大勇者が管理していてもおかしくはない。
地下にタイアスさんの研究室があるのはそれでか。
ハヅキの言葉に、何故かリスティが苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「そう言えばそうだったわね……忘れてたわ」
「へえ、タイアスさんに弟子ですか。どんな人なんですか?」
タイアスさん程の人間なら、弟子も多いだろう。
もしかしたら、その人からエルークの情報も聞きだせるかもしれない。
同じ弟子なら、何かを知っていてもおかしくないからな。
「リスティさん?」
「え? ええ、何でもないわ。嫌でも、もうすぐ会えるわよエル君」
(嫌でもって……なんか嫌な予感がするな)
俺がそんなことを考えていると、ガルオンは音もなく大図書館の敷地の中にふわりと着地した。
改めて見ると、建物の巨大さが良く分かる。
図書館の大きな玄関口から誰かが、こちらに向かって歩いてくるのが見える。
その人物は俺達に近づいてくると、ゆっくりと口を開いた。
いつもお読み頂きまして、ありがとうございます。




