第七十三話 青い閃光
フユがミレティ先生の肩の上で俺を見上げている。
「フユ~、本当にエルリットですか? いつもみたいに、だらしない顔してないです」
(この野郎……)
エリーゼも観覧席から俺に大きく手を振っている。
「大きいエルリットです!」
「きゃぁああ! エルリット君素敵よ!!」
(エリザベスさん、テンション上がり過ぎだろ……)
いつも気品に溢れたエリザベスさんを、こんなテンションにさせるのは一人しかいない。
エリザベスさんの初恋の相手、つまり若き日のじい様である。
要するに今、小さな赤い竜の瞳に映っている騎士は俺だってことだ。
確かにミレースが描いた若いころのじい様によく似ている。
前ミレティ先生の使い魔達が、子供のころのじい様と俺がよく似ているって言ってたからな。
俺が成長すると昔のじい様にそっくりになるのだろう。
俺の親父であるアレンもどこかじい様に似ている。
そうじゃなければ、ママンのような美人は射止められなかっただろう。
(ぐふふ……っていうことは将来、俺はママンみたいな美人にモテモテに)
ミレティ先生の肩の上に乗っているフユが、俺の顔を覗き込んで言った。
「フユ~! やっぱりエルリットです! いつもみたいに、だらしない顔してました」
「黙りたまえ君は。生まれついての紳士である僕が、そんな顔をすると思うのかね?」
俺はそう言って、顔を背けた。
男には男にしか分からない夢があるのだ。
「フユ~、目をそらしたです」
小さな火竜が俺に真顔で言った。
「最低じゃな、そなたは」
「はは、勝手に人の心を読まないでもらえますかね?」
血と魂の盟約を結んだからだろう、どうやら俺の心が丸見えのようである。
個人情報の大切さを教えてやりたいが、そうも言ってはいられない。
あのままやり合っていれば、いずれこちらの弱点に気が付かれて負けただろうからな。
俺の姿の変わりように、闘舞台の観客たちから歓声が上がる。
しかも珍しく、高等部の女子生徒達からの歓声が圧倒的に大きい。
「ねえ……あれってエル君?」
「うん、やっぱりそうみたいだよ」
「うそぉ、超カッコ良くない?」
「エル君!! 素敵よ!! 勝ったらお姉さんがキスしてあげる!」
(マジですか!)
少しエロくて綺麗な感じのお姉さんが、俺に手を振っている。
「ちょ! 何あんた抜け駆けしてるのよ!」
「「「「エル君!!!」」」」
人生、モテ期はいつやってくるか分からないものだ。
そして、相変わらず俺のアンチ達も健在である。
黄色い歓声を押し返すように怒号が鳴り響いた。
「おい、あれエルリットかよ!」
「くそぉおおおお!」
「何だよあのイケメン! 爆ぜろ!!」
「リスティ先輩! ぶっ殺してください!!」
「「「「くたばれ!!」」」」
悲しいことだが、誰かに好かれれば別の誰かに嫌われるのが人生だ。
(っていうか、もう慣れたな)
いずれにしても、黙らせようと思うなら勝つしかない。
俺は手に持っている剣を見つめた。
真紅の炎が宿っているかのように、揺らめいた刃を持つ長剣だ。
小さな赤い竜は俺に言う。
「我が宿りし火竜戦士のみが手にすることが出来る剣だ。名を『火竜剣イグニシオン』、地の精霊ドワーフ達が我が炎を用いて鍛えし業物よ。そなたが持っていた剣を媒体にして、この世に具現させたのだ」
どうやら、この剣や鎧は俺の装備を媒体にして、ファルーガがこの世界に具現化したものらしい。
鎧には服に俺が書いていた対物理障壁、脛あてには靴に書いた風の力の文字魔法がそのまま刻まれている。
(にしても火竜剣とか、ヤバいだろ!)
ドワーフが火炎の王の炎で鍛えた業物とか、完全に厨二病全開の武器だ。
エリザベスさんではないが、俺のテンションも上がってきた。
「来るぞ、小僧。いつまでも腑抜けた顔をしておるでない!」
「あ、はい。すみません」
キスしてくれると言ったお姉さんが、こちらに投げキッスをしてるのをつい横目で見ていたのばバレた。
崩れた闘舞台の端まで下がり、俺達の様子を窺っていたリスティとガルオンが、ゆっくりと俺との距離を詰めてくる。
まるで、ひと噛みで喉笛に食らいつける距離を測っているかのようだ。
『リスティ、気を付けろ。とぼけたところはそのままじゃが、奴から感じる力は普通ではない』
『ああ、分かってるさ。……あれを使うよガルオン!』
(ん? あれって、何だ)
リスティの言葉に、俺は手にした剣を構える。
それは、まるで俺と融合したファルーガの魂に応えるかのようにしっくりと手になじんだ。
ガルオンが呻る。
『まさか、あんな小僧に使うとは。殺すつもりか? リスティ』
『ガルオン、気を使ってる余裕なんてありはしないさ。見ただろう? あのガキは手加減して勝てる相手じゃない。あいつは将来間違いなく四大勇者に匹敵する力を持つ相手だ、それも近い将来にね』
ミレティ先生がリスティを見て笑みを浮かべる。
「使う気ですね、昔私と戦った時に使ったあの技を。まだあの頃は獣気だけでしたけど、聖獣が宿った獣気であれを使ったところは見たことがありませんから楽しみです」
(ミレティ先生と戦った時の技? おい、何をする気だ)
リスティが静かに俺に言った。
『聖獣使いになってからは、あまり使わないようにしてたんだけどね。加減が出来ないんだ……力が強すぎてね!!』
リスティがそう叫んだ瞬間、ガルオンは咆哮を放つ。
その衝撃波が大気を揺らしたのと同時に、青い閃光が殆ど全壊しかけた闘舞台を包んだ。
俺の目には青い稲妻のように姿を変えた巨大な狼が、リスティの体を落雷のごとく貫いたかに見えた。
(これは……)
まるでリスティの獣気とガルオンが強大なエネルギー体に変化して、リスティの体に直撃したかのようだ。
凄まじい衝撃音に観客席から悲鳴が上がる。
ミレティ先生が少し距離を取りながら俺に微笑んだ。
「エルリット、貴方はまだ知りませんでしたね。なぜあの子が青い閃光と呼ばれているのかを」
観覧席からハヅキが叫ぶのが聞こえた。
「来るぞエルリット! 『青い閃光のリスティ』が!!」
闘舞台を包む青い光の中で、一際強烈に輝く閃光が見える。
まるで青い雷を全身に纏ったかのように見える獣人の美少女は、一瞬で俺の目の前に距離を詰めた。
(速ええ!!)
鋭い抜き手が何の躊躇もなく、俺の心臓めがけて突き出される。
それを、かろうじて俺が手にした火竜剣イグニシオンが、意思を持っているかのように弾いた。
恐ろしいほどのスピードの攻撃を視覚に捕らえることが出来たのは、ファルーガと融合しているからだろう。
そうじゃなかったら今ので死んでた。
俺に弾かれた反動を利用して、青い雷を纏った少女は旋回する。
空中で、まるでコマのように回転した体から鋭い回し蹴りが放たれた。
ギィイイイン!!
イグニシオンがその鋭い蹴りと交錯する。
リスティの体は青い閃光に包まれており、それが刃から身を守る鎧となっている。
ミレティ先生がリスティを眺めながら口を開いた。
「青い閃光のリスティ。それは強すぎる獣気を極限まで高め、雷のように身にまとっている彼女の姿を見た者がつけた名です。聖獣を宿した獣気、凄まじいものですね。昔よりも遥かに強くなっています」
俺の肩の上で小さな竜と化したファルーガが呻る。
「ほう。膨大な獣気を圧縮し、爆裂させるが如く雷と成す『爆裂雷化』か。青狼族の奥義だな、使える者などそうは生まれてはこぬと聞いたが」
リスティは地面を蹴ると、頭上高くに舞い上がりながら言った。
「流石、火炎の王だね。知っているのかい……でもこれで終わりさ!!」
俺達の頭上の十数メートル先にいるリスティの体が、青い輝きを増していく。
リスティが何をするつもりか分からないが、これは絶対ヤバいやつだ!
小さな赤い竜が俺に叫んだ。
「小僧! 魔力を高めよ!!」
体が熱くなっていく。
ファルーガが、俺に強い魔力を求めているのが分かる。
ここまで来たら負ける気はない! 全力でいくまでだ。
「うぉおおおおおお!!」
俺の叫びに右手の紋章が強烈に輝いた。
「はぁあああああ!!」
同時にリスティの気合を入れる声が上空で響き渡る。
眩い光が収縮したかに見えたその時──。
上空から、稲妻のように幾筋もの狼が俺に向かって放たれた。
それはまるでオオカミの牙を持った雷である。
そしてその中央には、雷狼を従えたリスティの姿がある。
その姿は正に雷の女帝だ。
「喰らいな!! 爆裂雷化、夢幻青狼撃!!」
今の俺でなければ、その姿を捉えることなど出来なかっただろう。
一瞬で焼きつくされていたはずだ。
青い閃光を放つその姿は、幻想的で夢幻青狼撃の名に相応しい。
だが、もしそれで打ち抜かれたら黒焦げになって絶命するだろう。
俺の体から火炎の渦が巻き起こる。
それが俺の体を包みこんで、火竜剣を真紅に輝かせた。
上空から打ちおろされる青い稲妻と、地上から巻き上がる真紅の炎。
それが激突して、崩れかけていた闘舞台は完全に崩壊した。
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