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第七十話 本気モード

 ミレティ先生の右手が振り下ろされた瞬間、俺は素早く後ろに飛んで距離を取った。

 靴に書きこまれた文字魔法が、俺の魔力を帯びて光を放つ。

 左から弧を描く様にこちらに向かってきたリスティの爪をバロ達が受け止めた瞬間、頭の上からガルオンの口がバクンッ! と音を叩て噛みあわされる。

 呑気にあそこに立ってたら、今俺は丸のみされてあのデカい狼の腹の中だろう。


(マジかよ、いきなりヤル気満々じゃねえか。ならこっちも遠慮はいらないよな)


 俺がそこにはもういないことを知ってガルオンがこちらを向いた瞬間、リスティとガルオンを無数の魔法陣が取り囲む。

 俺が作り上げた魔撃の魔法陣である。

 観客席から生徒たちの声が上がった。


「おい! 何だよあの数……100個近くあるぞ!!」


「嘘だろ、あいつどんな魔力をしてやがるんだ!」


 俺の肩でフユが青く輝いている。

 その額には小さな魔法陣が浮かんでいる。


「フユ~! いくですエルリット!」


「ああ、ぶっ放せ! フユ!!」


 リスティは自分をドーム状に取り囲む魔法陣を見て、唇を噛みしめる。

 俺の魔力が一瞬でその全てに充填されるのを目撃したからだろう。

 無数の魔法陣で形成されたそのドームは、青く輝くとミサイルのように一斉に魔撃を放つ。


 ドゴォオオオンン!!


 凄まじい衝撃音が、闘舞台の上に響く。

 俺が作り出した氷の魔撃が激突して、舞台の石畳を砕いていく。

 がれきが舞い上がり、それがおさまると、闘舞台の表面には数十もの氷の柱が突き刺さっているのが見える。

 変わり果てた舞台の姿に、観客が静まり返っている。

 そして、その氷の柱の傍に立つ俺を見ると口々に言った。

 

「おい……何だよこれ?」


「誰だよ、今度はエルリットでも勝てないって言った奴……」


「見たかよあの魔法陣の数、あんな奴に勝てる相手なんていないだろ!」


 ミレティ先生がそれを聞いて笑みを浮かべる。


「いいえ、エルリットの強さはその魔力だけではありません。独自に描かれた術式による発動の速さです。ですが……」


 俺はミレティ先生の傍に立って半壊した闘舞台を眺めていた。

 そして、肩をすくめる。


「やっぱり、駄目ですかね?」


 俺がそうミレティ先生に聞くと、先生は可愛い顔でニッコリと微笑んだ。


「うふふ、エルリット。あれで倒せる程度の相手なら、私に売られた喧嘩を買ったりすると思いますか?」

 

 そりゃあそうだ、四大勇者に喧嘩を売られて買うような相手だからな。

 あれで終わりだとは思わないが、それにしてもダメージぐらいはあるだろう。

 生徒たちがまたざわめいている。

 俺とミレティ先生の視線の先にある氷の柱の山の一角が、ゆっくりと崩れていったからだ。

 次第にガラガラと音を立てて氷の山が崩れ始める。


「嘘だろ……あんなの喰らってまだ動けるのかよ」


「え? 見てあれ! さっきと全然違う……誰なのあれ?」


 女子生徒のその言葉に、俺は視線の先の人物を観察する。

 俺が放った氷の魔撃が作り上げた氷柱の山を崩して、ゆっくりと現れた女。

 確かに先ほどまでのリスティとは違う。


 巨大な狼は形を変えて、盾のようにその女の体を覆っている。

 まるで女が放った闘気が形を変えているかのように。

 あれで俺の魔撃を防いだのだろう。


 女の頬には一筋の赤い切り傷が刻まれている。

 あれだけの数放った魔撃が、女の与えた傷は唯一それだけようである。

 女はその傷に指でふれると、血の付いた指先で美しい唇をなぞった。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「やってくれるじゃねえか……ガキだと思って優しくしてやりゃあ、いい気になりやがって」


(へ?)


 フユがその言葉を聞いて俺の首にしがみついた。


「フユ~怖いです! エルリット!」


 俺の魔撃を盾のように防いでいたガルオンが、狼の姿を取り戻す。

 崩れかけた氷の柱の山の上に立つガルオンの傍で、女は俺達を見下ろしている。

 いや正確に言うと女と言うよりは少女だ。

 見た目の年齢は14歳ぐらいだろうか。

 もう一度頬の傷に触れると、舌打ちをして俺を睨んだ。


「てめえ、このあたしに傷をつけたんだ。只で済むと思うなよ」


(もしかしてこの人……いや間違いない)


 俺はその少女に念のために尋ねた。


「え、えっとですね。一応聞いておきたいんですけど、貴方リスティさんですか?」


「あ? とぼけたこと言いやがって、他に誰に見えるんだ」


 少女は氷の柱の上に立ってこちらを見下ろしている。

 それは、先ほどまでの優しそうな獣人美女じゃない。

 あの魔写真に写っていた、獣人の美少女である。

 つまり、昔のリスティの姿そのものだ。


(どうなってるんだこれ?)


 少女は不機嫌そうにこちらを見る。

 可愛いがコンビニの前で出会ったら、目を合わせてはいけないタイプである。

 俺を睨み付ける勝気な表情の美少女の代わりに、ハヅキが俺に言った。


「だから言っただろう、エルリット。本気モードのリスティはまるで別人だとな」


「いや、別人過ぎるでしょ!」


 戦闘に入ると、少し昔に戻ってヤンチャになるぐらいなら分かる。

 だが、これはそういう次元じゃない。

 ハヅキは首を傾げると俺に言う。


「そうか? 学園中の不良共を束ねてた頃はこれが普通だったからな。言っただろう? 普段のリスティは猫をかぶっているだけだと」


 どう考えても、猫をかぶっているとかそういう問題ではないだろう。

 ミレティ先生がニッコリと笑った。


「うふふ、獣気が高まると獣人族の肉体は一時的に若返りますからね。獣気で体が活性化するからのようですが、リスティのように完全に容姿が変わってしまうのは獣人族でも稀です。あまりに獣気が強すぎて精神にも影響を与えるようですね」


 とんでもないことをさらっと言われても。

 戦う前に教えて欲しいものだ。


「は……ははは。見た目も性格も完全に別人じゃないですか」


 俺は太い氷の柱をまるでチーズでも切断するかのように手刀で切り裂きながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる美少女を見つめた。

 大きくふさふさとした狼耳、整った顔立ちに浮かぶ勝気な表情、獣人族の少女特有のしなやかなスタイル。

 どれをとっても色んな意味で、超一級のケモ耳美少女に相応しい。


 魔写真ではなく実物をみると数倍魅力的である。

 萌え要素満載だが、そんな生易しい相手ではないことが少女を取り巻く強力な力で分かる。

 リスティはガルオンを従えて俺に宣言した。


「エルリット。これから、てめえをぶっ飛ばす。舎弟の分際で、このあたしを傷モノにしたことを後悔しな!」


「あ、あのですね。いつ俺が、リスティさんの舎弟になったんですかね?」


 確かにリスティには教育係にはなってもらったが、姉御になってもらった覚えはない。

 しかも傷モノの使い方が多分間違っている。

 ガルオンが少しすまなさそうに俺に言った。


『すまんのう、小僧。こうなるとワシにも止められんでな、死んでも恨むでないぞ』


『はは、そういうこと真顔で言うのはマジで勘弁してください』


 リアルに命の危機を感じる。

 その時、リスティの姿がブレるように動いた。

 残像をその場所に残すほどのスピードだ。

 バロが叫ぶ。


「エルリット来るぞ! 気を付けろ!!」


 まるで青い光が揺らめくかのように、リスティがこちらに迫ってくる。

『青い閃光のリスティ』という通り名に相応しい姿だ。

 数匹の火トカゲが相手をするが、その攻撃を鮮やかに青く輝く爪ではじき返す。

 リスティは叫んだ。


『ガルオン! 来な!!』


 その言葉に巨大な聖獣も戦いに加わった。

 リスティとガルオンの強烈な爪や牙の攻撃に、火トカゲたちはじりじりと後退する。


(通常の魔法は通じないか……)


 あれだけ撃ちまくって、成果は頬の傷一つだけだったからな。

 かといって、バロたちを使って古代魔法を放つ為にはその準備が必要になる。

 目の前の狼たちは、そんな隙を与えるほど甘くはないだろう。


「エルリット!」


 エリーゼが心配そうな顔で俺を見つめている。

 それを見て俺はマシャリアに負けた時のことを思い出した。

 使い魔たちの守りを突破されて術者を直接狙われれば、俺に勝ち目はないからな。

 バロたちの口から火炎が放たれる。

 それが闘舞台に突き刺さった氷の柱を蒸発させていく。


 リスティは、その火炎を軽々とよけて宙を舞った。

 その鮮やかな身のこなしに思わず見とれてしまう。

 リスティはまるで軽業師のようにバロたちの攻撃をかわしながら、俺の前に音もなく着地をする。

 人と言うよりは、しなやかな獣だ。


(すげえな、バロたちでも追いきれねえのかよ)


 下手をすると速さだけなら、マシャリアよりも上かも知れない。

 リスティは、俺の前で腕を組むと言った。


「女の顔を傷付けたんだ、覚悟は出来てるね!」


 拳を握る美少女を見ながら俺は苦笑いをした。

 どうやら爪で切り裂く前に、グーでワンパンされるようだ。

 まともに喰らったら歯どころか顔ごとどこかに飛んでいきそうだ。

 

「遠慮しますよ、まだ死にたくはないですからね。それに、そろそろこちらの準備も整いましたから」


 俺はそう言って後ろに飛んだ。

 その言葉に、リスティはハッとしたように周りを見た。

 いつの間にか俺達の周りには深い霧が立ち込めている。

 それは白く視界を遮り、互いの姿を隠していく。


「まさか、あの氷の柱は……最初からそれが目的か!」


 闘舞台に突き刺さった氷の柱は、バロたちの火炎で蒸発し水蒸気になった後、残りの氷柱で冷やされて霧になる。

 しかも、俺の魔力の残滓を色濃く残した霧に。

 あいにくこっちも、マシャリアに負けた時のように無策ではない。

 術者が狙われることが分かっているなら、対策をすればいいからな。

 こちらは最初から本気モードだ。

 俺は自分の魔力を含んだ霧に紛れながら、リスティに言った。


「悪いんですがこの勝負、勝たせてもらいますよ」

いつもお読み頂きましてありがとうございます。

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