第六十九話 狼の檻
ランチタイムが終わると、ミレティ先生は俺達を闘舞台に連れていく。
噂になっているのか、闘舞台を眺めることが出来るそれぞれの教室のテラスには、沢山の生徒達が姿を見せている。
ミレティ先生がそれを見て微笑む。
「うふふ、どうやらもう噂になっているようですね。首席卒業者の一人のリスティと現在ランキング急上昇中のエルリットの試合となれば当然でしょうけど」
「ミレティ先生、結構楽しんでませんか?」
俺の言葉にミレティ校長はコクリと頷いた。
「いけませんか? 貴方達の戦いには、私も興味がありますし」
どうやら、学園で試合をすることを勧めたのはそれが理由のようだ。
(たく、ミレティ先生らしいな)
リスティが闘舞台を囲むテラスを眺めながら言った。
「懐かしいわね、この雰囲気。ここなら、ある程度本気でやれそうね」
「ある程度……って。はは、お手柔らかにお願いします」
俺はそう答えると肩をすくめた。
ミロルミオ先輩とハヅキとの試合では、闘舞台がぶっ壊れたって言ってたからな。
聖獣使いのリスティなら尚更だろう。
(まあいいか。もし闘舞台が壊れるようなことになっても、ミレティ先生が錬金術で直すだろうからな)
舞台が近づいた瞬間、リスティの傍に巨大な青い狼が姿を現す。
リスティの相棒の聖獣、青狼王ガルオンである。
生徒達がそれを見てざわついた。
「すげえ! あれが聖獣って奴か!?」
「でけえ……。いくらエルリットが強いからって、今度はいくらなんでも無理だろ。リスティ・フェルーエルって言えば、士官学校史上最強の獣人だろ?」
「つまりあの獣人美女の方が、現在学園ナンバーワンのミロルミオ先輩よりも強いってことか?」
獣人族の中でも聖獣使いというのは、余程限られた存在なのだろう。
確かに、傍にいるガルオンから放たれる力は半端ない。
『悪いが小僧、勝負をする以上手は抜かんぞ』
『ええ、こちらもそのつもりです』
俺がガルオンにそう答えて舞台に足を踏み入れた瞬間、リスティの気配が変わった。
(冒険者ギルドで初めて会った時と一緒だな)
独特の緊張感が辺りを包む。
まるで、狼がいる檻の中に閉じ込められた気分だ。
ミレティ先生は風の上級精霊たちを呼び出すと、空高く舞い上がらせてアナウンスをさせた。
「ただ今から、リスティ・フェルーエルとエルリット・ロイエールスの模擬戦を闘舞台で行います。観覧したい者は自由に見て構いません」
相変わらずミレティ先生は実戦主義である。
実際に自分が魔王と戦ったぐらいだからな、当然と言えば当然かもしれないが。
精霊たちのアナウンスが校内に響き渡ると、試合を観戦するギャラリーがドンドン増えていく。
「結構集まってきましたね」
俺がそう言って肩をすくめると、ハヅキが笑う。
「当然だな。こんな時に授業なんてする奴は馬鹿だ。リスティクラスの獣人の戦いを見られる機会など、そうはないだろうからな」
エリーゼやエリザベスさんは、ハヅキと一緒に闘舞台の傍に作られた観客席で観戦するようだ。
俺とラセアル先輩との試合の時に、国王用に作られた例の特等席である。
「エルリット君、頑張って!」
「エルリット! エリーゼ応援してます!」
エリーゼはそう言って一生懸命俺に手を振っている。
その姿は可愛らしい。
それを見て、一部の男子生徒たちが例のごとく怒声を上げる。
「くそ! エリーゼ様があんなに手を振ってるぜ」
「いっそ、喰われろ!」
「そうだ! そのデカい狼に喰われちまえ!!」
喰われろってお前ら……人ごとだと思いやがって。
(にしても、こりゃあ簡単には負けられないな)
マシャリアに負けた時、俺の頭を抱きしめて泣いていたエリーゼを思い出す。
喰われろとか言ってる奴らのことはどうでもいいが、エリーゼに泣かれるのは結構こたえる。
「そろそろ、見学者も集まったようですね」
ミレティ先生はそう言うと、舞台の中央へと俺達を促した。
審判はもちろんミレティ先生である。
俺達の首には、例のミレティ人形がそれぞれにかけられる。
「うふふ、大丈夫だとは思いますけど、貴方達二人のことですから、その人形が壊れたりするかもしれませんね」
「……一応聞いてもいいですかね。その時はどうなるんです?」
俺の言葉にミレティ先生はニッコリと微笑んだ。
「命の保証はありません」
「あ……はい」
聞くんじゃなかった。
(さて、どうするかな……)
何しろ、闘舞台という檻の中にいる狼は一頭じゃない。
ガルオンとリスティの二頭である。
正確に言えば一人と一頭だが。
しかも、どちらも容易な相手だとは思えない。
リスティはまるでモデルのように真っすぐに立つと、胸の前で手刀を構えている。
武器はないようだが、その右手先には青い光が爪のように伸びている。
まるで、薄い光の刃だ。
獣気ってやつで作り上げたシロモノだろう。
(あれで貫かれでもしたら、本当にヤバそうだな)
バロが俺に警告する。
「エルリット気を付けろよ。まるで獲物を狙っていやがるような眼だぜ」
「ああ、分かってる」
バロたちはすでに、リスティとガルオンを警戒するように火トカゲの姿に変わっている。
フユは俺の肩の上で俺を見ていた。
「フユ~、エルリット」
「心配するな、さっきみたいに俺が魔力で指示を出してやるからさ」
俺の言葉にフユは頷いた。
「エルリット、フユちゃん頑張るです!」
冒険者ギルドで戦ってみて分かったが、フユは実戦向きだ。
俺の魔力を素直に受け入れてくれるから反応速度も速い。
俺は自分の魔力を少しづつ調整する。
腕輪に刻まれたリルルアの術式と自分の魔力を同調させることで、少しでも術の発動のタイムラグを減らしたい。
ギリアムたちとの実戦を経ておかげでかなり腕輪の感覚もつかめたし、リルルアの店でやった微調節で足りない部分を修正していく。
(この試合の前にフユを使い魔に出来たのは運が良かったな。それに御前試合の前に試したいこともあったし)
問題は、試す相手がリスティだってことだな。
相手はかつての首席卒業者で、Sランク最高位のプラチナの称号を持つ冒険者だ。
上手くいかなければ、こっちが瞬殺されるかもしれない。
ミレティ先生が小さな手を振り上げる。
「二人とも準備はいいですか? 始めますよ」
その言葉に俺達は頷いた。
生徒達のざわめきも消えて、沈黙が辺りを支配する。
ミレティ先生の手が振り下ろされたその瞬間。
俺の目の前にリスティの抜き手と、ガルオンの鋭い牙が迫っていた。
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