第六十八話 大図書館の地下に
ハヅキが俺の耳元で囁く。
「気を付けろよエルリット。リスティは今は猫をかぶっているが本気モードの時は、まるで別人だぞ」
「へえ、リスティさんの本気モードとかちょっと見てみたい気もしますね」
リスティは狼耳がピクンと動かすと、コホンと咳払いをした。
「聞こえたわよ、ハヅキ!」
(にしてもこの人が昔、あんな風だったなんて想像もつかないな)
俺はもう一度魔写真を覗き込む。
写真の中では勝気な美少女が俺を睨み付けている。
その時、隣に座っているエリーゼが俺の手を握った。
「エルリット、エリーゼお腹がすきました」
ミレティ先生がそれを聞いて微笑んだ。
「うふふ、さっきからエリーゼが見てますわよ。とにかくお昼を食べてからですね」
エリーゼが少し頬を膨らませている。
「エリーゼ、エルリットとご飯食べたいです」
「そうだな、エリーゼ待たせてごめんな」
エリーゼは俺の言葉に嬉しそうに笑う。
ランチタイムに入って、中庭にも徐々に人が集まり始めている。
リスティとハヅキはそれを見て言った。
「懐かしいなこの光景。リスティ、私達も久しぶりに売店に行ってみるか」
「そうね。エルリット君と士官学校で戦うなら、昼食もここでとりましょうか」
二人はそう言うと、俺達に先にランチを始めるように言い残して売店に向かった。
元士官学校の学生だけあって慣れた様子である。
学生の中には二人を知っている者も多い様子で、少し歩くと生徒達に囲まれて歓声を浴びていた。
(二人とも有名人だな、やっぱり)
ヨハン先輩はそれを見て相変わらず不機嫌そうに言った。
「学園には歴代のミス士官学校の魔写真も飾ってあるからな。売店でも売っている」
「ああ、そういえばヨハン先輩の魔写真とそのケースは売店で買ったんですよね」
俺のその言葉を聞くとヨハン先輩の仏頂面が満面の笑みに変わる。
「馬鹿言うな、僕の魔写真を売店で売ってるものと一緒だと思うなよ。都一の魔写真専門店で買った限定品だぞ! ケースは確かに売店で買ったがこの写真は格が違う。それに何といってもエリザベス先輩のサイン付きだからな!」
「は……はあ」
完全にアイドルのおっかけである。
分からなくもないけどな。
確かにエリザベスさんが芸能人だったら、その美貌だけで爆発的な人気になるだろう。
エリーゼと並んで町を歩いたら大変なことになりそうだ。
その証拠に、例のエリザベスさんファンクラブの女子生徒たちが集まってくる。
「「「エリザベス様、私達もご一緒してよろしいでしょうか?」」」
「ええ、構いませんよ」
順番にエリザベスさんにお辞儀をした後、ヨハンを睨み付けた。
ヨハン先輩とこの女子軍団は犬猿の仲だからな。
「ちょっと。なんであんたがまたエリザベス様の隣にいるのよ!」
「そうよ、どきなさいよ! 図々しい!」
ヨハン先輩は胸を張って答えた。
「黙れ! このヨハン・リートア、エリザベス先輩が士官学校にいらっしゃる間は騎士としてお守りするのだ」
(ナイトとか。何言ってるんだ、この人は)
完全な厨二病である。
女子軍団はそれを聞いてヨハン先輩に噛みついた。
「は? あんたエル君に負けたじゃない! 負け犬にエリザベス様のナイトなんて務まるわけないでしょ、勝ってから恰好つけなさいよ!」
「黙れ! 僕は学園のナンバー5だぞ!!」
俺はそれを聞きながら、一応訂正した。
「ヨハン先輩。この間もいいましたけど、先輩はもう6位ですけどね」
「な! だ、黙れエルリット!!」
現在5位のラセアル先輩の名誉の為にもそこはハッキリとしておかないとな。
女子軍団は俺の言葉に頷いた。
「そうよ! 6位じゃない!」
「何誤魔化そうとしてるのよ!」
「6位はどこか行きなさいよ、6位は!」
(ひでえ……)
あまりといえばあまりな呼び名だが、相手が悪い。
集団の女子には逆らわないことが、学園生活を平穏に送る鉄則である。
「うるさい! 僕は絶対ここから動かないぞ!」
涙目になって思わず魔撃を発動しかけるヨハン先輩の魔法陣を、ミレティ先生が無言で破壊してニッコリと笑う。
「うふふ、楽しくランチが出来ない人は私が相手をしますわよ」
目が笑っていないミレティ先生を見て、ヨハン先輩も女子軍団も途端に大人しくなった。
流石士官学校の校長である。
そしてミレティ先生はローブの中から、可愛らしい弁当箱を取り出す。
こちらも公爵家から同行しているメイドたちが、中庭のテーブルの上に料理を並べていく。
白いテーブルの上に並べられた豪華な公爵家のランチを見て、フユが目を輝かせた。
小さな体でテーブルの上を走り回って、俺達を振り返ってはしゃいでいる。
「フユ~、美味しそうです」
エリーゼはフユの頭を撫でて笑った。
「フユちゃん、何が食べたいですか?」
その言葉にフユがエリーゼを見上げる。
「フユちゃんも、食べていいですか?」
エリーゼは頷くと。
「もちろんです! フユちゃんはエリーゼの妹なんですから」
「フユ~、エリーゼお姉ちゃん大好きです!」
エリーゼの言葉に、フユは嬉しそうに周りを見渡した。
色々な料理が入った弁当箱を、覗き込んでいる姿は愛らしい。
バロたちも好き勝手に弁当を食べ始めた。
フユの瞳の先に、イチゴのようなフルーツを薄切りにしたものが乗ったサラダがある。
その姿を見て、エリーゼはフォークでその赤い果実を刺してフユの前に差し出す。
「はい、フユちゃん」
「フユ~」
フユはその言葉に頬を緩ませて、カプリとそれに噛り付いた。
そして、体を震わせる。
「美味しいです!」
「フユちゃん、可愛いです! エルリットにもあげます」
フユのその姿を見て、今度は隣に座っている俺にそれを差し出した。
俺もカプリとそれに噛り付く。
「美味しいですか、エルリット?」
「ああ、エリーゼ。美味しいよ」
エリーゼは俺と一緒にランチを食べるのを楽しみにしていたのだろう。
今日授業で習ったことを一生懸命俺に話す。
可愛らしく身振り手振りを交えて、教わったことを楽しそうに説明してくれた。
「そうか、エリーゼは偉いな」
「はい、エリーゼ頑張りました!」
そして俺がフユを使い魔にした時の様子を聞きたがったので、話してやると手を叩いて喜んだ。
(やっぱりエリーゼは可愛いよな。素直というか天真爛漫と言うか、こんな妹がいたらほんと言うことないのにな)
俺がそんなことを考えていると、エリーゼがニッコリと笑って言った。
「エルリット、帰りは一緒にキュイちゃんに会いに行ってくれますか?」
「ああ、もちろんさ。ちゃんと迎えにくるから安心しろって」
それを聞くとエリーゼは満足したように、ランチをパクリと頬張った。
その肩に乗っているフユが、エリーゼを真似して小さな木の実を両手で持ってパクリと頬張る。
二人のその姿が可愛らしくて、ヨハン先輩と喧嘩をしていた女子生徒達も和んでいた。
ミレティ先生はそれを見ながら微笑むと口を開く。
「そういえばエルリット、リスティから聞きましたよ。冒険者ギルドに登録して例のファルルアンの秘宝の探索に協力をすると」
先生の言葉に俺は頷いた。
「ええ、午後の試合次第ですけどもし協力できるならとは思っています。大地の錬金術師が使っていた杖ですからね。俺も興味があります」
ミレティ先生はフムフムと俺の話を聞いて答えた。
「そうですか。あれを直せる人間がいるとは思えませんが、もし本物だとしたら行方不明のタイアスにも関係があるのかもしれません。リスティ達にも話したのですが王立大図書館の地下に行ってみなさい。大地の杖の修復の為にタイアスが書き上げた文献があるはずです、何か手掛かりになるかもしれません」
王立の大図書館か。
俺は懐に手を入れると一枚の紙を取り出した。
エリーゼたちを助けた時に名誉王国騎士の地位とは別に国王からもらった許可証だ。
王宮の図書館と都の大図書館で使えるって言ってたからな。
「ふふ、エルリット。ちょっとそれを貸してください」
「はい、ミレティ先生」
俺が許可証をミレティ先生に渡すと先生は羽ペンを取り出すと、その表面にサラサラとサインをしていく。
そして複雑な文様をした術式を描く。
それは一瞬白く輝くと許可証に焼き付いた。
「これで大丈夫です。大図書館にあるタイアスの研究室に入るには特殊な術式が必要になりますから。これで入れるはずです」
どうやら大図書館にはタイアスさんの研究室があるらしい。
三年も行方不明なのだから、今は誰も使っていないのだろうが。
(大地の錬金術師って言われてた人の研究室とか、すげえワクワクするな)
アウェインのゴーレムを見て丁度錬金術の勉強がしたいと思ってたからな。
俺は念のためにミレティ先生に言った。
「研究室にあるものを勝手に見てもいいんですかね。タイアスさんの大切な研究でしょう?」
「そうですね、本当ならタイアスに許可を得た方がいいのでしょうけど、それも出来ませんし。四大勇者の一人として私が許可をします」
ミレティ先生のお墨付きを貰えれば問題ないだろう。
そもそも、俺が見て分かるのかどうかも、実際それを目の当たりにしないと判断がつかないからな。
大図書館に大地の錬金術師の研究室、今回の件が無くても行ってみたい場所だ。
「タイアスのことですからもしかしたら、どこかに研究日記のようなものを残しているかもしれませんね」
ミレティ先生のその言葉に俺は問い返した。
「ミレティ先生はタイアスさんの研究室を調べたことは無いんですか?」
タイアスさんがいなくなってからもう3年経っているわけだし、行方を捜したとしたら調べていてもおかしくないだろう。
俺の言葉にミレティ先生は首を横に振った。
「前にも話しましたけど、タイアスは『少し旅に出る』を置手紙を残して姿を消しました。私はその時、ガレスとマシャリアに相談して、タイアスが戻るまでその研究室は封印して誰の目にも触れぬようにしておこうと決めたのです。ですが今回の事件の捜査に必要であるならばやむをえませんから」
俺はミレティ先生の横顔を見ていた。
(分かる気がするな)
ミレティ先生やマシャリア、そしてじい様はタイアスさんがすぐ戻ってくると思ったのだろう。
結局三年も経ってしまったが、もちろん今でも生きていて必ず帰ってくるのだと。
だからタイアスさんが残したものを、触れずにそのまま残してきたんだな。
俺は、空を眺めているミレティ先生に言った。
「何か分かったら、まずミレティ先生に報告をしますよ。どんな小さなことでも、必ず」
それを聞いてミレティ先生は笑った。
「ふふ、エルリット貴方はやっぱりガレスの孫ですね。そんなところは昔のガレスそっくりです」
売店で買い物を終えたリスティとハヅキが、向こうから歩いてくるのが見える。
それから俺は皆とランチタイムをたっぷりと楽しんだ後、リスティとの試合をすることになった。
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