第六十六話 三人のクイーン
俺はリスティに手を引かれて、ギルドの窓口に歩いていく。
都のギルドだけあって、窓口は複数に分かれていた。
ミレースがにっこりと笑って口を開く。
「私が手続きをしますね。経理係として、エルリット君の商用カードの登録もしたいですから」
そう言って、ミレースは窓口の一つの中に入ると書類を準備し始める。
俺はミレティ先生に貰った士官学校の商用カードを、ミレースに手渡す。
ミレースはそれを受け取ると俺に言った。
「今後の報酬は、このカードの口座に振り込まれるようにしておきますね。エルリット君は、こちらの冒険者登録の申込書の記入をお願いします」
「ええ、ミレースさん分かりました」
俺は書類に指定された必要事項を書き込んでいく。
それを隣で眺めながら、ハヅキが言った。
「エルリット、お前ラティウス公爵様の屋敷にお世話になっているのか?」
どうやらそこらへんの話までは、アウェインから聞かされていないようだ。
俺は俺の傍に立って、にっこりと笑うエリザベスさんを見ながら答える。
「ええ、エリザベスさんは公爵夫人ですし」
ハヅキはエリザベスさんを見ると、ふむと頷いた。
「公爵夫人? お前の母上かと思っていたが、そういえばどこかで見た気がしたのだ」
「ええ、エリザベスさんは、都で俺の母親代わりになってくれている大切な人です」
エリザベスさんが俺の言葉に微笑む。
そして俺を後ろからキュッと抱きしめる。
白薔薇のような良い香りが俺を包んだ。
「ふふ、嬉しいわ。エルリット君にそんな風に紹介してもらえると」
優雅な仕草でハヅキとリスティに歩み寄るエリザベスさんに、二人は一礼した。
そして、エリザベスさんはリスティに話しかける。
「久しぶりねリスティ、元気そうで何よりだわ」
「ふふ、エリザベス先輩こそ。いいえ、今はもうエリザベス様とお呼びしないといけませんね」
どうやら二人は知り合いらしい。
俺はエリザベスさんに尋ねた。
「エリザベスさんは、リスティさんを知ってるんですか?」
「ええ、リスティは士官学校の三年下の後輩よ。私は文官コースで、リスティはミレティ先生の選抜クラスだったから、学校で一緒になることは少なかったのだけれど。ミス士官学校コンテストではよく一緒になったからよく覚えてるわ」
(へえ、ミス士官学校コンテストか。確かにエリザベスさんが歴代グランドクイーンなんだよな)
リスティがちょっと咳払いすると、頬を染めて言った。
「意外かもしれないけれど、エリザベス様が卒業した後は私がクイーンだったのよ」
確かにリスティさんならクイーンの座に相応しいだろう。
整った顔立ちに狼耳、そしてフサフサの尻尾。
それに何といってもスタイルが抜群だ。
男の憧れが詰まった存在である。
「別に意外じゃないですよ? リスティさんはとても綺麗ですし」
「な! ……そ、そうかしら? エルリット君って子供のくせに大胆よね。まだ子供だからいいけれど、そんな風にハッキリと言われると女は勘違いしてしまうわよ。君は可愛い顔をしているし」
こっちは前世と合わせれば30年以上は生きている。
社交辞令ぐらいは言える年齢だが、そもそもリスティが色んな意味で魅力的なのは事実である。
(自分が子供だと、何でも言いやすいんだよな)
大人になると、言えないこともあるのが世の中である。
そんな会話をしていると、ハヅキが自慢げにチラチラと俺を見下ろしている。
「どうしたんですか? ハヅキさん」
「ふふ、私もミス士官学校のクイーンの一人だ」
俺はそう言って、小さな胸を張るハヅキを見る。
「えっと……本当ですか? それ」
「な! 何だその態度は、何故疑う! お、お前また胸を!」
俺はハヅキの胸から目を反らす。
「冗談ですよ。まあ、確かにハヅキさんも生徒達からは人気ありそうですからね」
眼帯に真紅の刀とか年頃の学生たちからしたら、厨二心をくすぐられるだろう。
それに、女性票は圧倒的だろうからな。
「ふふ、そうだ。あまりの人気に私と同じファッションをする生徒まで現れてな」
「……」
これだけ厨二病の塊のようなファッションなら、真似るものが出てもおかしくない。
言ってみればコスプレみたいなものだろう。
それにしても、三人の歴代ミス士官学校が並んでいると流石に壮観である。
しかもそれぞれにタイプが違うからな。
エリザベスさんは歴代ナンバーワンだけあって文句なしの女神級の美女だし、リスティは獣人美女としての魅力。
ハヅキは黙っていれば、凛とした大和撫子風の魅力がある。
フユがガルオンの頭から、ぴょんと俺の肩に乗るとこちらを見た。
「フユちゃんも、クイーンになれるですか?」
「ん? ああ、でもお前は精霊だからな」
エリーゼとお揃いに作ってもらったドレスをヒラヒラとさせて、フユは俺を見上げている。
流石に使い魔は駄目だろう。
そう思っていると、リスティが笑いながらフユの頭を撫でる。
「特別枠だけど使い魔部門もあるわよ。エルリット君にお願いして、出してもらいなさい」
「へえ、あるですね。そんな部門が」
確かに精霊達の使い魔部門とか盛り上がりそうだな。
フユが張り切って俺を見上げている。
「フユ~、エルリット。フユちゃん頑張るです!」
「ああ、コンテストになったらエントリーしてやるよ」
どうせエリーゼも出るだろうからな。
エリザベスさんの娘だから大会の目玉だろう。
ていうか、ぶっちぎりの優勝になりそうだが。
そんな話をしているとミレースが俺に声をかける。
「エルリット君、準備が出来ました。このプレートがエルリット君のSランク、シルバーの証です」
「ありがとうございます、ミレースさん!」
俺は目の前で淡く光る銀製の小さなプレートを見て、テンションが上がった。
いかにも冒険者と言った雰囲気である。
プレートはネックレスの先についていて、首から下げることが出来るようになっている。
手で触れると、白い光が俺の右手の甲に小さな魔法陣を描いた。
とくに問題のない術式なので、俺はそれを受け入れる。
それはすぐに消えると、銀のプレートの光も消えていく。
ミレースがそれを見てニッコリと笑う。
「これでそのプレートは、他の人は使えません」
(なるほど、確かにプレートを奪われて他のギルドで使われたら危ないもんな)
ミレースは俺に商用カードを返すと言った。
「そのプレートとこの商用カードを提示してくれれば、冒険者ギルドから提供された素材で作られた商品は一割引きで買えるはずです。もちろんリルルアさんのお店で説明したように、職人への加工賃は別払いですけど」
ああ、そういえば最高で一割引きになるって言ってたよな。
これもSランクになったおかげだろう。
「それは、ありがたいですね!」
この腕輪が金貨25枚分安くなるのはありがたい。
「ミレースさん、リルルアさんに振り込みお願いしていいですか?」
「ふふ、分かりました。ちょっとカードとペンを貸してくださいね」
俺がプレートと一緒にカードと羽ペンを手渡す、とミレースはサラサラとカードに何かを書いて俺に手渡した。
「はい、終わりました。足りない分はこれから支払いをしてくれれば大丈夫ですよ」
これは便利だ。
一々大金を持ち歩くのは不便だからな。
俺はエリザベスさんを見ると言った。
「それじゃあ士官学校に行きましょうか? もうじきランチタイムですし、エリーゼを待たせたら怒られますからね」
その言葉にリスティが口を挟んだ。
「あら、それなら私も一緒に行こうかしら? 午後からはエルリット君と手合わせをする約束なんだし、久しぶりにミレティ先生にもお会いしたいもの」
その言葉にハヅキも頷く。
「ふむ、リスティ。なら私も一緒に行こう、地竜の杖について一番詳しいのはミレティ先生だろう? 何か役に立つ情報が聞けるかもしれない」
リスティがガルオンを見上げると言う。
『ガルオン、お願いできる?』
リスティの言葉にガルオンは頷くと大きく息を吸った。
『しかたないのう、乗るがいい』
(おい、何だよこれ!?)
一瞬ガルオンの体が風船のように膨らむと、腹の部分が空洞になり人間が乗れる馬車のように変化していく。
フユが驚いたようにまた俺の肩の上で尻餅をついた。
「フユ~、ワンワンの馬車になったです!」
慣れているのだろう、リスティとハヅキは平然とその中に乗り込んだ。
「エリザベス先輩、エルリット君、先に行ってるわね。支部長、地竜の杖の探索の依頼、受けたと騎士団に伝えて下さい」
リスティの言葉にアウェインが頷いた。
「分かったリスティ、伝えておこう」
その瞬間、まさに青い閃光のような勢いでガルオンは駆けていく。
(はえええ!)
巨大な狼は滑らかに、だが物凄い速さで士官学校の方へと消えていく。
さすがプラチナの称号を持つ冒険者だ。
今回のような探索任務が絡んでいる仕事であれば、あの移動力はまさにうってつけだろう。
それに、あれだけのスピードを出しても足音の一つもしなかった。
士官学校に向かったのも、ミレティ先生からの情報収集が目的のようだからな。
(俺もちょっと乗ってみたかったな)
白竜に乗ったときの感激は凄かった、今度一人で来た時に乗せてもらおう。
いくらなんでもエリザベスさんを乗せて、あんなスピードで駆けていくわけにもいかないだろう。
「私達も行きましょうか、エルリット君」
そういって微笑むエリザベスさんの手を握って、俺達も馬車に乗り込むと、士官学校に向かうことにした。
士官学校に到着すると、俺達はエリーゼがいる教室に向かう。
リスティたちの姿が見えないのを見ると、ミレティ先生のところにでも行っているのだろう。
授業が終わると、エリーゼが俺達を見つけて駆けてくる。
天使のようなその姿は、やはりひと際目立っている。
「お母様! エルリット!」
そして俺の手に嵌められた腕輪と、淡く青い光を帯びているフユの姿を見て目を輝かせる。
「あの綺麗な腕輪です! フユちゃん、使い魔になれたんですね?」
「フユ~、なれたです!」
フユは嬉しそうにエリーゼの肩に飛び乗った。
エリーゼはツインテールになっているフユの頭を撫でる。
「おそろいですね、フユちゃん」
「フユ~、フユちゃんエリーゼお姉ちゃんみたいになりたいです!」
使い魔の契約をした時に、フユは今朝のエリーゼの姿を思い浮かべたのだろう。
髪形が変わったのはそのせいに違いない。
フユにとってエリーゼは憧れのお姉ちゃんなのだろう。
(俺のことは弟扱いなのにな。どこが違うんだ……)
エリーゼは、俺の首にかかっている銀色の小さなプレートがついた首飾りを見て首を傾げた。
「エルリット、それは何ですか?」
「ん? ああこれは冒険者のプレートさ、エリーゼ」
冒険者と聞いてもどうやらピンと来ないようで、エリーゼはまた首を傾げた。
俺と違ってエリーゼはお嬢様だからな。
ランチをとるために士官学校の中庭のテラスに向かうと、すでに場所取りをしている人影が見える。
(何してるんだあの人……)
ヨハン先輩である。
俺達が、いいや正確に言えばエリザベスさんが自分に向かって歩いてくるのを見て、満面の笑みを浮かべて立ち上がると、自分が座っていた席をエリザベスさんに譲る。
「エリザベス先輩! ささ、どうぞ席を温めておきました」
「……何してるんですか、ヨハン先輩」
恐らく午前中の授業が終わってすぐ、ここにやってきたのだろう。
何だかエリザベスさんが穢れそうなので、俺はさりげなくその席に座る。
何しに学校に来てるんだこの人は。
ヨハン先輩は俺を見ると。
「ああ、エルリット。いたのかお前も」
どうやら俺のことは眼中に無かったようだ。
「そういえばさっき、ミレティ先生のところに客が来ていたぞ」
「ええ、ハヅキさんとリスティさんですよね?」
俺の言葉にヨハン先輩は大きく頷いた。
「ハヅキ先輩はともかく……もう一人は例の聖獣使いだろう?」
(ん? リスティさんのことか。 何だか含みがある言い方だな)
俺は気になってヨハン先輩に尋ねた。
「……例のってどういうことですか?」
ヨハン先輩は俺を見ると、吐き捨てるように言った。
「知らないのかよ。有名だぜあの聖獣使い、士官学校の学生の時代にミレティ先生に本気で喧嘩を売ったんだ。どの面下げて先生に会いに来たのか知らないが、僕は気に入らないね」
(喧嘩を売るってリスティさんが? ハヅキさんなら分からなくもないけどな)
俺はリスティの意外な過去を知って、思わず校舎の方角を眺めていた。
いつもお読み頂きまして、ありがとうございます。




