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第五十三話 ミレースからの提案

ご閲覧頂きましてありがとうございます!

「フユ~」

 

 フユが俺の白い商用カードを抱いて、俺の膝の上で楽しそうに足をパタパタしている。

 ラセアルを見舞った後、俺とエリザベスさんとフユは、馬車でリルルアの店に向かっていた。

 昨日見たあの腕輪を買う為だ。


 エリーゼは授業があるので学校だが、ランチタイムには合流する予定である。

 エリーゼには密かに護衛はついてはいるが、学園にいる間はミレティ先生が守ってくれるから安心だ。

 そもそもが風のミレティのテリトリーの中であの人に喧嘩を売るなんて、命知らずでなければやりはしないだろう。

 少なくても俺ならごめんだ。

 それよりも、差し当たっての問題はこいつである。

 王妃から貰った真っ赤な薔薇を頭にさして、俺のカードを自分の物のように抱いているフユを俺は眺める。


「なあフユ、そのカードは俺のだぞ? そろそろ返してくれよ」


 俺の言葉にフユは俺を見上げる。


「フユちゃんのほうが沢山お金を貰ったです。フユちゃんのカードです」


 まあ、そうとも言えなくもないが……。

 エリザベスさんがクスクスと笑うと、お昼の弁当などが入っている収納ボックスのような場所から綺麗な器を取り出す。

 そこからはとてもいい香りがした。

 フユはエリザベスさんを見上げて、その器を手で触っている。


「フユ~、いい匂いがするです」


 エリザベスさんは、フユの頭を撫でるとその蓋を開けた。

 すると、可愛い花の形をしたクッキーのようなものが入っているのが見える。


「ふふ、お昼のお弁当と一緒に食べようと思ったのだけれど。フユちゃんに一つあげようかしら?」


「フユ~、美味しそうです!」


 エリザベスさんの言葉に、フユはコクンと頷いた。

 

「もしフユちゃんがそのカードをエルリット君にあげるなら、フユちゃんの為に可愛いお洋服も買ってあげるわ」


「本当ですか! フユ~」


 フユは自分が大事に抱いている白いカードと、綺麗な器に入ったお菓子を交互に眺めている。

 そしてエリザベスさんを見つめた。

 エリザベスさんがにっこりと微笑むと、フユは嬉しそうに俺にカードを差し出した。


「エルリットにあげるです。フユちゃんはお金になんか興味ないです!」


(嘘つけ、さっきまで興味津々だっただろうが)


 しかしさすが一児の母である。

 子供の弱みを知り尽くしている。

 エリザベスさんが、手のひらで小さくお菓子を砕いてフユに食べさせた。

 フユが頭の白い薔薇の花びらを開いて、頬を緩めている。


「美味しいです! フユちゃん、エリーゼお姉ちゃんのお母様にも忠誠を誓うです!」


 安い忠誠である。

 俺も人のことは言えないが、こいつは買収するのは簡単そうだ。


「ふふ、エリザベスでいいんですよ、フユちゃん」


 フユは首を傾げてエリザベスさんを見つめると。


「フユちゃんエリーゼお姉ちゃんの妹です。エリザベスお母様って呼ぶです!」


「あら! 嬉しいわ。よろしくね、フユ」


 そう言って頭を撫でるエリザベスさんの手のひらの上で、フユはご機嫌な様子でお菓子を食べている。

 そうこうしている内に、馬車はリルルアさんの店の前に到着した。

 

 俺達が馬車を降りると、店の中から見えたのだろうかリルルアが店から出てきた。

 となりにはウサ耳お姉さん、ミレースの姿も見える。

 

(あれ、ミレースさんも来てたんだな)


 朝早くから何かあったのだろうか?

 リルルアとミレースは馬車まで俺達を迎えに来るとお辞儀をする。


「公爵夫人よくいらしてくださいました。エルリットもよく来たね」


 リルルアはそう言うとフユの頭を撫でる。


「ふふ、あんたも来たのかいフユ。随分とまた可愛らしくしてもらったんだね」


 フユはリルルアの前でクルリと回って見せる。


「フユちゃん、お姫様になったです!」


 それを聞いてリルルアは優しく微笑んでフユの頬をつつく。

 きっとリルカはには、よくそうしていたのだろう。


「エリザベス様、エルリット君、フユちゃん、おはようございます!」


 俺達に挨拶をしながらミレースは、お姫様バージョンのフユを激写……いや激写生していた。

 俺は一瞬、突っ込みをいれたほうがいいのか迷ったがスルーした。

 もうこれはこの人の本能に近いのだろう。

 俺はミレースさんに尋ねる。


「どうしたんですか、ミレースさん。仕事はいいんですか?」


 ミレースは冒険者ギルドの『出来るOL』らしいからな。

 昨日、リルルアに引き抜かれそうになって焦っていたアウェインのことを、俺は思い出した。

 ミレースは耳を可愛らしくピコピコとすると答える。


「ええ、支部長から今日エルリット君があの腕輪を買いに来るだろうから、その前にリルルアさんと値引きの話をしておいてくれって」


「へえ、そうなんですね」


 これは期待できそうだ。

 ギルドハウスの件が片が付いたから、少しは安くなるだろう。

 元々の値段がが金貨500枚だから、安くなったとしてもまだ俺の手持ちでは足りないだろうが、今俺も金貨150枚を持ってるからな。

 懐が温かいと余裕も出てくるというものだ。

 頭金を払って、後は月々の支払いで何とかなるのか交渉してみよう。


(ギルドで経理をしてるミレースさんがいてくれて、助かったな)


 昨日の様子では、アウェインはミレースを信頼して仕事を任せているようだ。

 なら交渉相手としては最適だろう。


「公爵夫人、とにかくお入り下さい。エルリットもね」


 リルルアの言葉に従って、俺達は魔法道具店にお邪魔することにした。

 昨日も見たが、まるで高級宝石店のようにショーケースが並べられて、その中には見事な魔道具が陳列されている。

 フユは俺の肩からそのケースの上に飛び乗ると、嬉しそうに走っていく。

 そして、昨日の腕輪の上に来ると中を覗き込んだ。


「エルリット! 早く来るです!」


「おい、お前は少しは大人しくしろ」


 全く昨日あんなことがあったのに、こいつときたらマイペースである。


(まあいいか。そのほうがこいつらしいよな)


 俺もフユの後を追って例の腕輪のところに行くと、値札の場所に『売約済み』という札が下げられている。

 リルルアが俺の肩に手を置いて言う。


「アウェインがね、あんた以外には売るなってさ。ギルドにとっての恩人だからね」


 そう言った後、ミレースに声をかける。


「ミレース。冒険者ギルドとしては、さっき話をした金額でいいんだね?」


「ええ、リルルアさん。もしギルドハウスを移転する必要があったなら、値引き額の二倍以上は出費があったはずですから」


 へえ、どれぐらい安くなったんだろう。

 リルルアが俺を見て言った。


「金貨300枚でいいってさ。結構安くなっただろ、エルリット。これだけの吸魔石をつかった魔道具は、最近ちょっと見ないからね破格の値段だよ」


「いいんですか!? 金貨200枚も安くして貰って!!」


 ミレースが頷いた。


「ええ、ほかにギルドハウス用意することを考えれば安いものです。レティアース様のお屋敷のようにいい条件の場所で、あれだけ大きな建物となると、今より家賃が月に金貨2枚は高くなりますし、改装費用も金貨200枚はしますから。また家主に返すときに改装し直すことを考えると金貨400枚、それに移転費用や差額分の家賃の年間費用も考えると、金貨200枚分値引きしてもこちらとしては助かりますから」


 ミレースはそのざっとした見積もりを、素早く書いて俺に渡してくれた。

 そこには細かい価格の計算が書いてある。

 絵だけではなく、やっぱり仕事も出来るうさ耳お姉さんらしい。

 俺はミレースに白いカードを見せる。


「実はですね、こちらも金貨150枚は都合がつきまして。残りの半額は金貨10枚ずつ月払いにしてもらうことは出来ますか?」


 ミレースはそれを聞いてにっこりと笑う。


「ええ、問題はありません。これだけ大きな買い物ですからね、会計はリルルアさんにして下さい。金貨300枚の内の金貨50枚はリルルアさんへの支払いになりますから。ギルドとしては、素材である吸魔石と腕輪に使っているミスリルの素材代、金貨250枚を後日リルルアさんから頂くことになります」


 リルルアさんが俺に言った。


「じゃあ後で会計しようかね」


「ありがとうございます。残りは必ず払いますから」


 どうやらあの腕輪は手に入りそうだ。

 ローゼさんの許可も得たし、早いとこフユを使い魔にしてやらないとな。


 しかし残りは金貨150枚か。

 元の世界で言えば1500万円分だ、幸い名誉王国騎士の給料があるから一年三か月ぐらいで返せそうだが。

 俺がそんなことを考えていると、ミレースが俺の顔を覗き込んでいる。


「どうしたんですか、ミレースさん?」


「ふふ、残りのお金のことで実はちょっと提案があるんです」


 俺はミレースさんに尋ねた。


「提案って何ですか? ミレースさん」


 ミレースは首を傾げる俺を見ながら答えた。


「エルリット君、貴方、冒険者ギルドに登録してみませんか?」

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