第五十二話 100枚の金貨
「まず試合に勝利したエルリットには金貨50枚、そして破れはしましたが良く戦ったとラセアルには金貨20枚を陛下はご褒美として下さいました。もう二人の商用カードには払い込まれていますよ」
「ご、50枚って……」
(おい、金貨50枚って、元の世界で言えば大体500万ぐらいの価値だぞ。いくらなんでも貰い過ぎだろ!?)
確かに国王の褒美だからケチケチした額じゃないとは思ったが、それにしてもやばい金額だ。
「いいですかね、そんなに貰って?」
「ええ、国王陛下は二人の戦いぶりにとても満足されたようです」
ファルルアンはでかい国だからな。
その国王にとってみたら大した額ではないのかもしれないが、ざっと俺の給料5か月分である。
(しかし、500万とかマジでか)
それにしても士官学校の試合にポンと500万褒美を出すとかさすが王様である。
フユが俺の顔を覗き込む。
「フユ~。エルリットが、まただらしない顔をしてるです」
「ば、馬鹿な、何を言うのかねフユ! 金ではない、名誉が大事なのだ。僕は王国の名誉騎士だよ君」
フユの目が俺をジッと見つめている。
「フユ~」
やめなさい、そんな疑わしげな顔をするのは。
ラセアルが呆れたように俺に言った。
「何が名誉だ、それは僕がさっき言った言葉だろうが。本当に呆れた奴だなお前は」
そんなラセアルを横目で見ながら、ミレティが俺にそっと耳打ちをする。
「マシャリアの婚約問題も絡んでましたからね、もしあそこでエルリットが負けたら大変なことになってましたし」
ああ……確かにな。
あのじじい、よりにもよってマシャリアの婚約問題を俺に丸投げしやがったからな。
そういう意味では俺はきっちり仕事をこなしたわけだ。
(構うことはないか、くれるっていうんだから貰っておこう)
「それから、二人には国王陛下からのお手紙も届いていますよ」
そう言ってミレティは俺とラセアルに手紙を渡した。
それを、見てラセアルは感激をしている様子だ。
「まさか、国王陛下から直接お言葉を頂けるとは。家宝に致します」
そう言って、王宮の方角へと頭を下げている。
もちろん俺はあんなキュイキュイ鳴くじいさんの手紙を家宝にするつもりはないが、開けて手紙を読んでみる。
『エルリット・ロイエールスよ、見事な戦いぶりじゃった。流石ガレスの孫である。余はここに金貨50枚を授ける。名誉王国騎士としてのそなたの働きを、今後も期待しておるぞ。 国王エドワーズ・ファルルアン』
どうやら金貨50枚という額は間違いがなさそうだ。
ミレティが俺に一本の羽ペンを渡す。
「エルリットの商用カードと対となるように魔法がかけられたペンです。取引にはこれが必要になりますから両方無くさないようにして下さいね」
やべえ、500万なんて大金貰うのは初めてだ。
早速確認してみたいんだが、どうやったらいいのか分からない。
「ちみに商用カードってどうやって使うんですかね。例えば買い物とかしたいときはどうしたらいいんです? 俺このカードが初めてなもので」
貴族の子供たちは自分用のカードを持ってる奴も多いそうだが、あいにくうちのじい様の教育方針にはそぐわなかったらしい。
エリザベスさんが俺に説明してくれる。
「エルリット君、そのカードに相手の名前や買い物をしたい店の名前を書いて入金とサインすれば、書いた金額が相手の口座に入金されるますわよ」
例のファルルアン王家と商人ギルドが共同で運営している銀行の口座に入金されるんだろう。
しかし、これは便利だ。
ジャラジャラと現金を持ち歩くのは不便だからな。
エリザベスさんの言葉にミレティが頷く。
「士官学校に入学すると、皆口座が与えられますからね。新入生の貴方にはまだカードは渡していませんでしたけど、丁度良かったですわ」
そうしないと遠方から来ている貴族の子供は、実家と金のやり取りを出来ないからな。
待て待て、まずは本当に口座に金があるかを確認しなくては。
「ちなみに今、どれぐらいお金が入っているのかを見るにはどうしたらいいんですか?」
俺がエリザベスさんにカードとペンを渡すと、エリザベスさんは俺に説明してくれる。
「簡単ですわ。カードにこうやって残高確認と書けば……」
(ん?)
どうしたのだろう、エリザベスさんが首を傾げている。
「おかしいですわね。エルリット君の口座に金貨150枚分の金額が入っていますけれど?」
金貨150枚? それって大体1500万円ぐらいですよね。
大金に縁が無かった俺にとってはちょっとした富豪レベルの大金である。
俺はエリザベスさんに尋ねる。
「どういうことですか?」
エリザベスさんがカードに何かを書いている。
「今、入金の相手を調べていますわ」
そんなこともこのカードで確認ができるんだな。
しかし誰だ金貨100枚分の金を入金した相手は?
ミレティ先生がこともなげにエリザベスさんに答えた。
「ああ、それでしたら昨晩ディアナシア王妃陛下から連絡がありました。何でも、エルリットの大事な家族に迷惑をかけたお詫びだと。エルリットに王妃陛下から手紙も届いていますよ」
(どういうことだ?)
俺の目の前にミレティ先生から真紅の薔薇が描かれた封筒が差し出される。
その中に入っている手紙を読むと。
『エルリット・ロイエールスよ、三日後の御前試合楽しみにしておるぞ。それからの、わらわの騎士がそなたの精霊に迷惑をかけたと聞いた故、詫びの金を送ることにした。金貨100枚では命の対価にしては安すぎると思うのじゃが許してたもれ。この金はわらわに忠誠を誓う可愛いフユに与えたものじゃ。エルリットの物ではない故、返金するのであればフユからでなければ受け取らぬぞえ。 第一王妃 ディアナシア・ファルルアン』
王妃からの手紙も意外とフランクである。
フユがそれを聞いて嬉しそうに手紙の上に乗って、封筒の真紅の薔薇の紋章を手で触る。
「フユ~! 薔薇の女王様からのお手紙です! フユちゃんにプレゼントをくれたです!!」
「フユちゃん凄いです! エルリットよりも一杯貰いました!」
エリーゼも一緒に喜んでいる。
フユにとってはディアナシア王妃は、すっかり薔薇の女王様扱いになっているようだ。
「フユ~、フユちゃんの方が、沢山もらったですか?」
金額の大きさなんてフユにはよく分からないのだろう。
エリーゼも一生懸命指を折って考えている。
俺よりも沢山だってことは分かっても、どれぐらいかはゆっくり考えないと分からない様子だ。
ローゼさんがそれをみてにっこりと笑う。
「あらあら、フユったら良かったわね」
(いやいや……ちょっと待て。プレゼントなんていうレベルじゃないだろ、金貨100枚だぞ!)
俺より多いじゃねえかよ……いやそこじゃない!
問題は王妃からの金だってことだ。
俺を王妃派にしようとする目的の金なら断るしかない。
俺はフユに尋ねる。
「あ、あのなフユ。その金は返そうな、大体金貨100枚なんて貰い過ぎだろ?」
「どうしてですか? フユちゃんが薔薇の女王様から貰ったです。フユちゃんの方が沢山貰ったからって、嫉妬は見苦しいです!」
(このやろう……にわか成金め)
フユはそう言って、頭の赤い薔薇を俺に見せびらかす。
「エルリットも欲しいなら、薔薇の女王様に忠誠を誓うです!」
こいつは、もはや完全に王妃の忠実な僕である。
エリザベスさんが困ったように苦笑した。
「考えましたわね王妃陛下も、エルリット君ではなくてフユちゃんにお金を送るなんて」
ミレティ先生はふふっと笑って俺に言った。
「ふふ。構いませんよ貰っておきなさい、エルリット」
「ミレティ先生、でもそういう訳には」
俺が王妃からの手紙を持って渋い顔をしていると、ミレティ先生が手を差し出した。
「心配なら、その手紙は私が預かりましょう。何かがあった時にはこの『風のミレティ』が金貨100枚の件、確かに王妃陛下からフユへの贈り物だと証言いたしますわ」
「本当ですか先生!」
四大勇者で士官学校の校長のミレティの言葉なら誰も疑わないだろう。
ミレティが口を開く。
「それに、王妃陛下がその気なら貴方へとはっきり手紙に書いてよこすはずです。エルリット貴方、何か王妃陛下に頼まれませんでしたか? その謝礼という意味なら、王妃陛下がこんな回りくどい真似をされるのも分かります」
ミレティが俺をジッと見ている。
「つまり、この手紙は貴方への配慮ですよ。このお金を使って貴方を縛るつもりはないと。ただ金額分の働きはしてもらうということです」
頼まれたって、王妃から俺が?
(……ああ、もしかして)
御前試合で勝ち抜いたときのエルークとの余興試合のことか?
王宮の御前試合、しかも多くの貴族たちが見守る中であいつに一矢報いてみせろと。
あいつに恥をかかせて、四大勇者への就任をさせないつもりなのだろう。
その為に必要なら好きに使えってことか。
ミロルミオ先輩が保険なのか、俺が保険なのかは分からないがな。
ミレティ先生が俺の顔を覗き込んで言った。
「何かまずいことを頼まれたのですか? それならばこのお金は返すべきですか、どうします?」
別にまずいことではないが。
(どうするかな。エルークが四大勇者になるのは俺も賛成はできないが、そもそもミロルミオ先輩に勝てるかどうかも分からないし、ロイジェル先輩だっているからな。後で揉めるのも面倒だ)
だが……。
「フユちゃん可愛いお洋服がもっと欲しいです! エルリット、一緒に買いにいくです!」
こいつにこの金を返せなんて説得する方が、もっと面倒なことは間違いない。
(こうなったら毒を食らわば皿までだな)
そもそもこの金を返すというのはつまり、王妃と組むつもりは一切ないと宣言をするようなものだ。
王妃派に入るつもりはないが、エルークと王妃を同時に敵に回すのはどう考えても俺には荷が重い。
ならとりあえず組めるところは、ディアナシア王妃と組んでみるか。
どうせやるべきことは何も変わらない、御前試合で勝ち抜いてエルークが四大勇者になるのを阻止すればいいだけだ。
こちらの目的と同じだからな。
しかし、そうと決まればこの金は有効活用させてもらわないとな。
「おいフユ、その金はあの腕輪に使うんだろ?」
フユも欲しがってたから、丁度いいだろう。
俺の言葉にフユは膨れて、白いカードをキュッと抱きしめている。
「フユ~、何言ってるですか、エルリット! フユちゃんへのプレゼントに、フユちゃんのお金を使うですか!」
いつの間にあの腕輪がフユへのプレゼントになったんだ。
ああ、持ちなれない大金を持つと人間も精霊もあさましくなっていけない。
俺は反省を込めて溜め息をつきながらそう思った。
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