第四十話 ミレースの手帳
「悔しくないのですか、マシャリア? ギルバートにあんなことを言われて」
どうやらエリザベスさんは、ギルバートさんの言葉にすっかり涙目になったマシャリアを慰めている様子だ。
エリザベスさんが差し出したハンカチで、グシュッと鼻をかむマシャリアを見てミレースは目を輝かせて激写、いや激写生している。
「ああ、あの凛々しいレティアース伯爵様が。 乙女心ですわ! 分かります!!」
じい様とマシャリアのファンだからなミレースは。
ミレティ先生が敏腕芸能リポーターなら、こちらは芸能カメラマンのようである。
「私は騎士だ、昔から剣と魔法の修練に明け暮れていた。女らしいこともしてみるのだが、上手くいかない。魔王を倒しに行ったあの時だって、ガレスは私が作った弁当は食べずに、ミレティが作ったものばかりバクバクと! 私だって頑張って作ったのだ!!」
マシャリアはその時を思い出したのか、また瞳をうるっとさせる。
美しい女騎士のその姿は可愛らしい。
おいジジイ……
そこは気を使って食べてやれよ。
いや、もしかしてよっぽどやばいのか? マシャリアが作った料理の味が。
(そもそも、弁当を持って魔王を倒しに行くとか、リアル過ぎて嫌だな)
聞きたくない裏話である。
冒険活劇にはロマンが必要なのだ。
エリザベスさんは、マシャリアの話に女性として共感しているようだ。
二人とも、砕けた口調になっている。
その当面の敵は、俺の前でようやく回復したギルバートさんである。
エリザベスさんは、コホンと咳ばらいをしてギルバートさんを一瞥する。
「いいでしょう! 我が家には一流の料理人達が大勢います。それに、私も花嫁修業として料理は一から学びましたわ。マシャリア、貴方がエルリット君に剣を教えてくれるなら、私がそのお礼として貴方の料理の腕を一流にしてあげますわ! 約束します!」
「何! 公爵夫人! それは本当か!?」
マシャリアがエリザベスさんの手をギュッと握りしめる。
(大丈夫なのかよ? エリザベスさん、そんなこと言って)
相手は伯爵だ、料理人から教わったことぐらいはあるだろう。
それで、ギルバートさんが言うような実力だとすると、もはやセンスの問題だろう。
嫌な予感がしたが、俺は口を挟むほど命知らずではない。
「ふふ、プライベートではエリザベスと呼んでくれていいですわ。これからは一緒に暮らすのですから遠慮はいりません、友人として助け合いましょう」
「そ、そうだな! エリザベス様、いやエリザベス! 頼りにしているぞ!」
エリザベスさんは微笑むと頷いた。
「うふふ、実を言うと私は貴方のファンですのよ。ロイエールス伯爵様と貴方の姿を絵本の挿絵で見て、子供心に憧れたものです」
ファルルアン社交界の華のエリザベスさんと、氷の魔剣士マシャリアか。
敵に回したら、政治的にも肉体的にも抹殺されかねない最強タッグである。
まだグスンとしゃくりあげているマシャリアの様子を眺めながら、俺は念のために確認した。
「あの、お取込み中すみませんが、つまり冒険者ギルドの件は解決したと思っていいんですか?」
そもそも、それが目的でやって来たんだからな。
あの腕輪が買えるかどうかも、そこにかかっている。
言葉には出さないが、アウェインさんがやきもきしているのがその表情で伝わってきた。
ここらで、はっきりとしておいた方がいいだろう。
マシャリアはエリザベスさんにハンカチを返すと、少しバツが悪そうに咳ばらいをした。
「無論だ。アウェインすまなかったな、余計な心配をかけた。あの話は無かったことにしてくれ」
アウェインが、その言葉を聞いてマシャリアに頭を下げる。
「ありがとうございます、レティアース伯爵! エルリット君! 感謝するぞ!!」
ミレースも嬉しそうに両手を胸の前で合わせて、可憐な笑顔を見せた。
「やりましたね、アウェインさん! ありがとうございます、レティアース様! エルリット君!」
先ほどから、騒がしいからだろう。
俺の肩に、ふわふわとついてきている空気のベッドの上で寝ていたフユが目を覚ます。
どうやら、自分がなぜこんなところにいるのか分からない様子である。
半開きの目で俺達を見つめて頬を膨らました。
「フユ~、うるさいです。フユちゃん眠れないです」
小さな指先で目をこすって、ぼんやりとした瞳で体を起こす。
俺はフユのベッドの空気を圧縮していた魔力を解放して、俺の肩にフユを座らせた。
徐々に目が覚めてきたのだろう、リルルアの店でのことを思い出したようだ。
目の前にいるマシャリアを見て、フユは立ち上がって元気よく俺に言った。
「マシャリアです! フユ~、エルリット! 腕輪のこと話すです!!」
俺は肩をすくめると言った。
「安心しろ、フユ。もうそのことなら解決したからな。買えることになったぞ、あの腕輪!」
何十か月かのローンにはなるだろうが、アウェインが約束してくれたからな。
とりあえずリルルアさんには取り置きはしてもらってるので、明日にでも買いに行こう。
「ほんとですか! エルリット!」
「ああ、明日ローゼさんに許可を貰ったら使い魔の契約をしようぜ!」
解決はしたものの、フユと契約をする前に母親であるローゼさんには挨拶しておかないといけないだろう。
それを聞いてフユは頭の白薔薇を大きく開いて、嬉しそうにはしゃいだ。
「フユ~、なれるですか? フユちゃんエルリットの使い魔になれるんですか!?」
その可愛らしい姿にエリーゼが目を輝かせて頭を撫でている。
そして、フユは少し偉そうに胸を張ると言う。
「良くやったです、エルリット! フユちゃんが出るまでもなかったです!」
生意気なフユの姿を見て、俺達は笑った。
まあこいつが寝ていてくれたおかげで、話がスムーズにすんだと言えなくもないな。
そういう意味では、フユのおかげでもある。
マシャリアが、少し考える様に腕を組むとエリザベスさんに言う。
「今日はミレティもラセアルの側を離れられぬだろうからな。明日の夕方から公爵家に世話になろうと思うが、構わないだろうか? エリザベス」
「ええ、もちろんですわマシャリア。主人にも伝えて部屋を用意しておきますわ」
エリーゼも嬉しそうに俺の手を握っている。
「みんな一緒です!」
俺が家を出て行かないことが決まったからだろう。
寝ていたので状況が分からないフユは、首を傾げて白狼たちに尋ねる。
「エルリットのお家に、マシャリアと白狼のおばちゃん達も来るですか?」
白狼たちは頷いて俺の周りに集まってくる。
「「「「「「おば! フユ! さっきもいいましたけれど、お姉さまでしょう」」」」」」
「フユ~、フユちゃんお母様から嘘は言わないように言われてるです」
(こいつだけは怖い者知らずだな)
白狼たちは溜め息をついて、俺にお辞儀をする。
「どうやら、一緒に暮らすことになりそうですわね」
「エルリット、よろしくお願いしますわね」
「後で私たちの好物を教えますわ」
「ふふふ、王宮ですっかり舌が肥えてしまって」
「本当は心配していたんですのよ。使用人が集まるまではマシャリアの料理を食べることになるんじゃないかと」
「公爵家なら安心ですわね」
どうやら、白狼達もマシャリアの料理を試食させられた口らしい。
上級精霊達は結構グルメだからな、バロ達も結構食にはうるさい。
そもそも俺の魔力があれば別に食事何ていらないと思うんだが、そこらへんの事情は今度聞いてみよう。
マシャリアが、改めてアウェインに冒険者ギルドの件で心配をかけたと詫びを伝えている。
そして、側に立つミレースの頭を撫でた。
「お前にも心配をかけたらしいな、確か……」
「あ、あの。ミレース・セアーンと申します! わ、私前からロイエールス伯爵とレティアース様の大ファンなんです!」
そう言うと、ミレースは手にしている手帳を差し出して顔を真っ赤にしながら深々と頭を下げた。
「あの! 図々しいって分かってますけど……もしレティアース様が宜しければサインを頂けませんか? 一生大事にします!」
俺はマシャリアに肩をすくめてみせる。
王宮に入ったりマシャリアに直接会えるなんてミレースにとっては滅多にない出来事だろうからな。
余程のファンなんだろう、すっかり緊張してウサ耳と差し出した手が震えている。
(そういえば、白竜で士官学校に舞い降りた時も、女子生徒からはギルバートさんより歓声が大きかったからな)
マシャリアは頷くと、ミレースから手帳とペンを受け取った。
「いいだろうミレース、心配をかけた詫びだと思えば安いものだ」
「ありがとうございます!!」
乙女モードじゃない時のこの人の姿は、やはり絵になる。
ミレースは思わず小さく溜め息とつきながら、マシャリアの横顔をうっとりと見つめている。
一方でマシャリアは慣れているのだろう、サラサラとミレースの手帳にサインをした。
そこにはマシャリアのサインと、その横にミレースへと書いてある。
マリャリアは手帳を見ながら、ミレースに尋ねる。
「ん? これは私とエリザベスだな。ミレース、お前は絵を描くのか。大したものだ、これはあの短い間に描いたのか?」
「は、はい!」
サインしたミレースの手帳には、先ほどのエリザベスさんとマシャリアの姿が美しく描かれているのだろう。
マシャリアはペラペラとミレースの手帳をめくり始める。
エリーゼやフユ、そして俺を描いたスケッチを見てマシャリアは感心しながらページをめくっていく。
「ほう、どれも良く描けている。とても素人が描いたものには見えないな、本職の絵描きでも中々こうはいくまい」
次々と手帳をめくっていくマシャリアはふとあるページで手を止める。
「これは……」
ミレースはマシャリアが見ている絵を眺めながら言う。
「その絵は昨日、冒険者ギルドにきた方を描いたんです。手にされた杖がとても珍しい物で思わずスケッチしたんですけど、どうかされましたか? レティアース様」
マシャリアの瞳が王国の騎士のそれに変わっていくのを見て、ミレースは不安そうにその美貌を見上げている。
俺はマシャリアに尋ねた。
「どうしたんですか? マシャリアさん」
「いや、気のせいか……それにしてもよく似ている」
そんなマシャリアの様子を見て、俺も後ろからミレースの手帳をのぞき込んだ。
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