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第三十六話 四人目の勇者

「待てよ……レティアース伯爵。どこかで聞いたことがあるなその名前」

 

 俺はそう言いながら、記憶を手繰るように首を捻った。


 最近聞いた覚えがある名前だ、どこで聞いたのだろう。

 そんな俺の様子を見て、ミレースは先ほどの羽ペンを取り出すと、サラサラとペン先を走らせる。


「私も冒険者ギルドに立ち寄られた時、何度か見ただけなんですけど。とても素敵で、私が小さい頃絵本の挿絵で見たままの方でした」


(絵本、どういうことだ?)


 フユがミレースの頭の上から、彼女が描いてる絵をのぞき込んでいる。

 そして、大きく頭の花を開いて俺を見た。


「フユ~、エルリット! マシャリアです!」


 俺は思わずポンと手を打った。

 そう言えば、マシャリアにラセアルが告白するときに思いっきりフルネームで呼んでたよな。

『敬愛する師であり誰よりも美しいお方! マシャリア・レティアース様です!!』とか……。

 大胆発言過ぎて、すっかり忘れていた。


「ああ、マシャリアさんか。レディ伯とかレティアース伯爵だなんて言うから、誰のことだか分からなかったぜ」


 俺達や士官学校の学生とは違って、二人にとっては家主だからそう呼ぶのが当たり前なんだろうが、どうもレティアース伯爵なんてピンとこない。


(ていうか、伯爵だったのかよマシャリアさん。すげえな!)


 まあ、四大勇者の一人だからな、当然と言えば当然なのかもしれないが。

 ミレースは、ピョンと自分が描いた絵に飛び降りてきたフユを、手のひらに乗せると頷いた。


「そうです、レティアース伯爵様! 炎の槍の勇者のロイエールス伯爵様と、氷の魔剣士と呼ばれたレティアース伯爵様!! お二人が槍と剣を構えて、一緒に魔王に立ち向かうあの絵本の挿絵。子供達みんなの憧れです!!」


 あの頑固ジジイが憧れとか、世も末である。

 ミレースが即興で描いて、俺達に示した絵の中には二人の人物が描かれている。

 まるで氷の女神のような美しい女エルフ。

 そして……


「あのですね……マシャリアさんは分かるんですけど。側にいるこの超絶イケメンな騎士は誰なんですかねぇ」


(予想はつくが、美化されすぎだろ、これ)


「えっと、ロイエールス伯爵様です。私の初恋の方なんです! 魔王を倒した時のことが描かれた絵本を見て、炎の槍の勇者様に恋をする女の子って多いと思うんです。ごめんなさい、お二人が描かれている絵が大好きなので、つい二人とも描いちゃいました!」


 エリザベスさんがそれに食いついた。

 美しい手を胸の前で組んで、遠い目をしている。


「分かりますわ! わたくしも、絵本の中のロイエールス伯爵様に恋をしたものです」


 ラティウス公爵が見たら、また焼きもちを焼くだろう。

 そして、リルルアまでうっとりとしている。


「あたしもそうだったね。炎の槍の勇者! 小さい頃は憧れたものさ、こんな方のお嫁さんになりたいってね」


「「けっ!!!」」


 俺とアウェインは思わず悪態をついた。

 まさに男の敵である。


「気が合いますな、アウェインさん」


「うむ、そうだなエルリット君」


 男の絆が生まれる瞬間とは意外なところに転がっているものだ。

 リルルアがからかうようにアウェインに言った。


「やだね、アウェイン。焼いてるのかい? 子供の頃の話さ」


「ば! 馬鹿!! 誰が焼きもちなんか!!」


 俺はイチャつく元夫婦を横目で見ながら、咳ばらいをした。

 これ以上イチャラブされる前に、早いところ話を本題に戻そう。


「それでギルドホールの件ですけど。急に何でマシャリアさんが、そんなことを言い出したのかは分かっているんですか?」


 確かにマシャリアなら王宮に立派な部屋もあるし、基本は国王の側にいるから屋敷を誰かに貸していても不思議はない。

 手入れをする手間も省けそうだから、貸しているのだろう。

 マシャリアさんは独り身のはずだ、じい様ラブだからな。

 でかい屋敷が急に必要に理由もないはずである。

 突然冒険者ギルドに出て行けというのが不思議だ。

 アウェインが、お手上げだというように首を振っている。


「一昨日、王宮に呼ばれて伯爵さまから急にそう切り出されてな、理由は答えてくれなかった。俺も困ってるんだが、どうしてもと仰られるなら出ていくしかないだろう。なにしろ相手は四大勇者の一人だからな」


(一昨日か、確かにそれは急な話だな)


 ミレースが不思議そうに俺の顔を見る。


「あの……さっきからレティアース伯爵様のことマシャリアさんて呼んでるみたいですけど。もしかしてお親しいんですか?」


 リルルアがミレースの言葉を聞いて笑った。


「ああ、ミレースはまだ知らなかったね。こちらはあのラティウス公爵様の奥様でエリザベス様とご令嬢のエリーゼ様。そしてこの小さいのはエルリット・ロイエールス、あの炎の槍の勇者様の孫だよ」


 小さいのは余計である。

 ミレースは、驚いた様子で耳をピンと伸ばしている。


「ええ!! 待ってくださいリルルアさん!! あ、あの、大変失礼しました!! 私、知らなくて!!」


 慌てて俺達に何度も頭を下げるミレースに、エリザベスさんは微笑んでいる。

 ミレースは、俺の顔をじっとのぞき込む。


「夢みたいです! あのロイエールス伯爵様のお孫様に会えるなんて!! 確かに伯爵様をお子様にしたらエルリット様みたいになりそうですよね!! でも、ちょっと凛々しさが足りないような……」


「は……ははは。悪かったですね」


 余計なお世話である。

 俺は、アウェインとミレースに言った。


「良かったら、俺からマシャリアさんに聞いてみましょうか? 何かほかにいい解決方法があるかもしれないし」


 ミレースの耳がまたピコンと立った。


「本当ですか!!」


 アウェインも俺を見た。


「本当かエルリット君! そうしてくれるなら助かる!! もし解決してくれたら、あの腕輪もっと安く売るぜ! もちろん何回払いでも結構だ。ファルルアン冒険者ギルドの支部長として約束する」


 思わぬ話になってきた。

 別に交換条件を出すつもりはなかったが、もしあの腕輪が安く手に入るなら俺にとっても嬉しい話だ。

 もちろん、マシャリアに事情を聴いてみないと何とも言えないが、やってみる価値はあるだろう。


「それは助かります。俺も、やっぱりあの腕輪が欲しいですからね」


 どうせ買うならやっぱりいいものが欲しいからな。

 フユが、俺を見て小さな手を伸ばしている。

 俺はミレースからフユを受け取った。


「フユ~、腕輪買えるですか?」


「ああ、フユ。上手くマシャリアを説得出来たらな」


 それを聞いてフユは、嬉しそうにミレースの手のひらの上で胸を張る。


「任せるです! エルリットとフユちゃんはマシャリアのお友達です、フユ~」


「友達と言うか、俺は弟子だけどな」


 フユにとっては、俺もマシャリアも友達みたいなものなのだろう。

 リルルアが俺の肩を叩いて言った。


「もしかしたら何とかなるかもしれないね。エルリットは、ミレティ様やマシャリア様が認めた『後継者候補』の一人だからね」


 後継者候補?

 ああ、そう言えば店に入るときリルルアがそんなことを言っていたな。


「そう言えば、その後継者候補って何ですか?」


「ミレティ様から聞いてないのかい?」


 そう言うと、リルルアは店の奥の白い机の引き出しを開けて、一枚の魔写真を持ってくる。

 そこには、四人の男女が映っていた。

 中央に二人、クールで美しい女エルフ、そして赤毛のイケメン騎士。


(これは、マシャリアさんとじい様だな。隣にいるのは……)


 エメラルドグリーンに輝く髪の色っぽい美女、俺は学園にあったミレティ先生の彫像を思い出した。

 おそらくこれはミレティ先生の以前の姿だろう。魔王と戦って呪いを受ける前だな。

 そして、最後の一人は眼鏡をかけた学者風の男性だ。

 見るからにインテリっぽい。

 リルルアは写真を大事そうにケースにしまう。


「魔王を倒しに行く時の、四大勇者の姿を魔道具に彫ってくれっていう依頼は多くてね。貴重な写真をミレティ様から借りてるんだよ」


 つまり、この四人目の男も四大勇者の一人か?

 俺はその学者風の男を指さして言った。


「この人ってもしかして?」


 リルルアさんが、俺の言葉に頷いた。


「ああ、タイアス・シアーム様。大地の錬金術師と呼ばれたお方だよ」

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