第三十四話 天然のウサ耳
俺は腕輪が入っていたケースの値札を2度見、いや3度見するとリルルアに尋ねた。
「これ、間違ってませんかね?」
リルルアは、俺が値札を見ているのに気が付いて腰に手をあてる。
モデルのような体系なので、そのポーズはさまになっている。
「やっぱりちょっと安すぎかね? それだけの吸魔石を使った封魔具なら、金貨600枚でも高くはないからね」
アウェインもリルルアの言葉に頷いた。
「今年一の大きさと質だったからな、お買い得だぜそいつは。訳ありでギルドの支部に急な資金が必要でな、早く買い手が付くように金貨500枚まで下げてリルルアの店に並べて貰ってるんだ」
「は……ははは。そうなんですか?」
その言葉通り値札には金貨500枚と書かれている。
(まじかよ、これでも安いのか)
確かに立派で美しい魔石である。
それに、超が付くほどの一流魔道具師の細工料もあるだろう。
だがしかし、金貨500枚と言えば元の世界の金額で言えば約5000万円近い代物である。
ちょっとした豪邸が立つ値段だ。
名誉王国騎士の俺の月給で言うと、五十か月分である。
「掘り出し物だと思うけどね。これだけの吸魔石は中々手に入らないからね、魔力が強い魔道士なら喉から手が出るほど欲しいからさ。そもそも、魔力が弱い人間ならもっと小さい物でも事が足りるからね」
なるほど、それはそうだろう。
魔力が強い魔道士ほどいい魔道具を欲しがるのは、理解できる。
封じる魔力が増えれば、使い魔の力も格段に増すだろうからな。
「フユ~! エルリット、フユちゃんこれがいいです!!」
フユはすっかりその腕輪が気に入ったのだろう、頭の白薔薇を大きく咲かせてはしゃいでいる。
その姿を見てリルルアは、目を細めた。
だが、こっちはそうはいかない。大人には大人の懐事情があるのである。
「リルルアさん、と、とりあえず他にも見せてもらえませんか? 水属性の吸魔石がついた魔道具を」
俺は、とりあえず他にも候補になる魔道具を見せてもらうことにした。
◇
「小さくなりました……」
「キュイ……」
エリーゼは、机の上に置かれた『それ』を見てそう言った。
キュイも大きな目で小さなそれを覗き込んでいる。
「フユ~」
フユは、机の上に座り込んで頭の白薔薇をすっかりしぼませてしょんぼりしている。
その前に置かれているのは、小指の爪程のサイズの石がはめ込まれた指輪である。
リルルアは、ふぅと溜め息をついて言った。
「困ったね、金貨30枚が予算だとするとせいぜいこの指輪が精一杯なんだよ。そんな顔をしないでおくれ」
今後三か月間での分割払いは、もうリルルアに了解を得ている。
リルルアは、フユの頭を撫でながらそう言った。
どこかリルカの面影があるフユのしょんぼりした姿は、こたえるようだ。
「もう少し何とかならないのかい? あんた、あの四大勇者のロイエールス伯爵の孫なんだろ」
「え……ええ。そう言われましても俺は、じい様の五番目の息子の息子なんで」
言っておくが、俺はケチで言ってるわけじゃない。
この小さな石がはめ込まれた指輪だって、金貨30枚もするんだからな。
「見てみろよ、フユ。この指輪だって結構綺麗だぜ!」
そうは言ってみたものの、流石にフユの側にあるさっきの腕輪に比べたら見劣りをすることこの上ない。
フユは、大きな瞳で俺を見つめて頬を膨らませる。
「騙されないです、エルリット! フユちゃんへの愛情が足りないです! 実家に帰らせて頂くです、フユ~」
「おい、何処でそんな言葉を覚えたんだ、お前は」
まったく、ローゼさんや白狼達はいつもどんな話をフユの側で話しているのだろう。
精霊達の世界にも、お昼のメロドラマがあるのだろうか?
しかし、ちょっと待て。金貨30枚と言えば、俺の給料の三か月分である。
文句を言われる金額ではない。
フユのその姿を見て、エリーゼが先ほどの大きな魔石がはめ込まれた腕輪を俺の前に置いた。
「エルリット、こっちのほうが綺麗です!」
エリーゼの頬も可愛らしく膨らんでいる、フユをしょんぼりさせた俺に抗議しているのだろう。
それを聞いてフユは、頭の白薔薇をぱあっと広げてエリーゼの言葉に頷いた。
小さな掌で大きな吸魔石を触って、嬉しそうにこちらを見上げる。
「フユ~、綺麗です! この腕輪からエルリットの愛を感じるです!」
この際、愛は横に置いておこう。
そもそも愛の前には、現実が立ちふさがるものなのだ。
確かにこの指輪と腕輪では封じられる魔力が桁違いだ、それはすでに試してある。
どうせ買うならいいものが欲しい、厨二病の俺にとってもあの腕輪は充分すぎるほど魅力的だからな。
フユが腕輪の上に乗って俺を見つめている。
その時、美しい人影が俺達の視界を優雅に横切った。
エリザベスさんである。
「構いませんわ、リルルアさん。この腕輪を頂きます」
エリザベスさんはフユの頭を撫でてその腕輪を手に取ると、リルルアの前に進み出た。
腕輪を持っていない方の手には、プラチナ色に輝く一枚のカードが見える。
「ありがとうございます公爵夫人。王族専用の商用カードですね、それでは少しお借りします」
商用カードと言うのは、元の世界で言えばクレジットカードのような物だ。
大貴族や商人たちは大抵持っており、取引などに使われる特殊な魔法のかけられたカードである。
大金を持ち運ばなくても、大きな取引が出来る便利な代物だ。
ファルルアン王家と商人ギルドが、共同で運営している銀行のような組織が発行している。
金を集めて運用するっていうのは、商売の基本だから銀行が出来るのは当然だろう。
白金に輝くカードは、王族の証である。
「ちょ! エリザベスさん!! 待って下さい、そんな大金出して貰う訳にはいかないですよ!」
ただでさえお世話になっている上に、こんな大金を出して貰うわけにはいかない。
大体、仕えるべき王家の人達にこんな大金を出して貰ったなんてことがジジイの耳にでも入ったら、串刺しにされかねないからな。
エリザベスさんは、にっこりと微笑むと言った。
「遠慮することは無いのよエルリット君。言ったはずよ、都にいる間はエルリット君は私の息子同然だって。それに、エリーゼと婚約したら本当に息子になるんですもの」
フユが、エリザベスさんの手のひらの上で胸を張る。
「フユ~、聞いたですか! 遠慮はいらないです、エルリット!!」
「いやいや、お前は少しは遠慮することを覚えろ」
俺は、エリザベスさんの申し出を丁重に断った。
エリザベスさんは、少し残念そうな顔をしたが分かってくれたようだ。
俺のことを息子のように思ってくれるのは嬉しいが、まだ正式な婚約者でもない俺がそこまで甘えるわけにはいかない。
エリーゼとフユが、ますます頬を膨らませて俺を見ている。
こうなったら、俺にも男としての意地がある。
俺は、リルルアにダメ元で聞いてみた。
「リルルアさん、毎月金貨10枚ずつの五十回払いとか出来ますかね?」
リルルアは、俺を見ると肩をすくめたてフユの頭を撫でる。
「あたしの手間賃の部分はそれでも構わないんだけどね、売れたら吸魔石の代金は仕入れ先の冒険者ギルドに支払うことになってるからね。どうなんだいアウェイン?」
「フユ~」
無精ひげの伊達男は、ジッと自分を見つめる可愛い精霊花の瞳に少したじろいだ。
フユを見ると娘を思い出すのだろう。
「経理係のミレースに一応聞いてみてやるよ。ただ、あいつはがめついからな、それにさっきも言っただろう? 今ちょっとな、ギルドに金が必要なんだ」
そう言えば、さっきもそんなことを言っていたな。
その時、俺たちの後ろから声がした。
「がめついって! 酷いです、支部長!!」
その声に俺たちが振り返ると、店の扉を開けて立っている女性が居た。
小柄で可愛らしい顔立ちで、白いワンピースが良く似合っている。
年齢は16、17ぐらいだろうか。
「私が誰のせいでがめつくなったと思ってるんですか! 支部長がお金にだらしないからじゃないですか!」
「お! おいミレース、お前何しに来たんだ!?」
アウェインは、少女の剣幕にタジタジになりながら聞いた。
「何って、どうせ支部長がまたリルルアさんに叩きだされると思って、代わりにギルドが依頼した魔道具を取りにきたんじゃないですか! って、変ですね……どうして支部長がお店の中にいるんですか? それにこの方たちは?」
少女はそこまでまくしたてて、ふと俺たちの存在に気が付くと頬を染めて頭を下げる。
(獣人族か、この人)
ファルルアン王国では、獣人族は珍しい。
しかも、犬系の獣人や猫系の獣人ならまだしも目の前の少女にはそれとも違う特徴がはっきりと見て取れる。
一瞬、作り物にみえるようなそれを俺を眺めていた。
「あの、それって本物ですか?」
「え?」
思わず間抜けな質問をした俺に、少女は首を傾げた。
ミレースの柔らかそうな綺麗な銀髪の中から顔を出しているのは、紛れもない天然のウサ耳だった。
いつもご覧下さいましてありがとうございます、雪華慧太です!
この度、著作の『召喚軍師のデスゲーム 異世界で、ヒロイン王女を無視して女騎士にキスした俺は!』が発売されました。これも応援して下さる皆様のおかげです、本当にありがとうございます! ぜひ、お手に取ってご覧いただければ幸いです。今後とも宜しくお願い致します。




