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第三十三話 リルルアの魔道具

(これは……)


 入り口の通路を抜けてリルルアの店に入ると、そこは魔道具店というよりはまるで宝石店の中と言った感じである。

 白く広い店内には、ガラスケースが並んでいた。

 その中には、魔道具が納められている。

 魔道士用の杖はもちろん、宝石をはめ込まれた指輪や腕輪、そして女性用の魔道具だろうか銀製のティアラ。

 他にもカードの様な魔道具など、色々な物が陳列されている。


 店の奥には広いスペースがあり、白いテーブルが置かれている。

 テーブルの上には、写真立てに入った魔写真が飾られていた。

 魔犬の背に乗って無邪気に笑う少女と、その頬を両側から挟むように顔を寄せて微笑むリルルアとアウェインの姿が映っている。

 おそらくこれがリルカだろう。

 そう言えば、どこかフユに似ている。


 アウェインは、静かに手を合わせている。

 左右の指を組んで、まるで祈りを捧げるような姿だ。

 それを見てリルルアは、ふっと柔らかい笑顔を浮かべる。


「リルカ、あんたの大好きなパパが来てくれたよ。あんたの笑顔が、思い出がつまったこの家から逃げ出した馬鹿なパパだけど、許してやっておくれ」


 娘を亡くした時、アウェインは幸せな思い出が溢れたこの家にいることが耐えられなかったのだろう。

 そして、リルルアは娘のそばから逃げ出した夫が許せなかったに違いない。

 離婚の原因はその辺りなのだろう。

 リルルアは、店の魔道具を眺めているエリザベスさんとエリーゼを見て首を傾げた。


「そう言えば、あの二人は誰だい? ミレティ様からは炎の槍の勇者の孫が来るとは聞いてたけど、精霊花のお嬢ちゃん以外に連れがいるとは聞いてなかったからね。あんたの母親と妹かい? どこかで見たことがある気がするんだけど、気のせいかね……」


 さっきは、夫婦喧嘩でヒートアップしてたから気に留めなかったのだろう。

 妹か……残念ながらエリーゼの中では、妹と言うよりはお姉ちゃんである。

 俺は、二人のことをリルルア達に紹介した。


「えっとですね、こちらは、俺がお世話になってるラティウス公爵の奥方のエリザベスさんと娘さんのエリーゼです」


 エリザベスさんが、美しい笑顔でにっこりと笑う。

 それを見てアウェインとリルルアが固まった。


「ラティウス公爵って、あの国王陛下の甥御様のか!」


「ば、馬鹿! あんた、何でそれを早く言わないんだい! 失礼しました公爵夫人!」


 二人ともそう言って、エリザベスさんに深々とお辞儀をする。

 近くで顔は見たことが無いにしても、遠巻きに眺めたことぐらいはあるのだろう。

 王族の中でもエリザベスさんやエリーゼは、有名人だからな。

 アウェインの顔は、青ざめている。


(ああ……そうか。この人、悪気は無いとはいえ、さっき俺達を盾にしたからな)


 王族相手にそんなことをしたら相手次第では、ただではすまないだろう。

 それに気が付いたのか、リルルアが必死になってエリザベスさんに言った。


「お許し下さい公爵夫人! うちの旦那は馬鹿なんです、いつも後先考えずに行動して! どうか許してやって下さい! あたしが悪いんです、この人を追い返したりしたから……」


「余計なことを言うなリルルア! お前は関係ない、もう夫婦でも何でもないんだからな。公爵夫人、こいつは、関係ありません俺が悪いんです」


 エリザベスさんは、静かにリルカの写真に手を合わせると二人に微笑んだ。


「気にしてませんわ。何かあったとしてもエリーゼや私の事は、エルリット君が守ってくれると信じてましたから。それにお二人とも本当は仲がいいんですね。この写真を見れば分かりますわ」


 そう言って、俺にニッコリと笑う。

 さすが、エリザベスさんである。

 確かに俺ももし二人に手を出す気配があったら使い魔を出していただろうからな。

 エリザベスさんが少し涙ぐんでいるのは、同じ娘を持つ者として二人の気持ちが痛いほど分かるからだろう。

 三匹の魔犬達が、リルルアとアウェインの側に座ってふぅと溜め息をつく。


「リルルア様もアウェイン様も、意地を張るのはそろそろやめてくれませんかね」


「いざとなったら、自分のことよりも相手のことのほうが大事なんじゃないですか、やっぱり」


「犬も食わない夫婦喧嘩に、毎回付き合わされる俺達の身にもなって下さいよ」


 魔犬達の言葉に元夫婦は、顔を見合わせる。

 リルルアは、少し頬を染めてアウェインに話しかける。


「か、勘違いするんじゃないよアウェイン! 言葉のあやだからね、元旦那って言いたかったんだ、あたしは」


「お……おう。分かってるぜ、そんなこと」


 俺は、軽く咳ばらいをする。

 夫婦喧嘩に付き合わされた上に、元夫婦がイチャつくところまで見せらては堪らない。

 その時、エリーゼの声が店の中に響いた。

 エリーゼは店の中の魔道具が気になるらしく、先ほどから幾つかのショーケースを覗いている。


「エルリット! 綺麗です!」


「キュイ!!」


 エリーゼは、キュイを抱いたまま嬉しそうに笑っている。

 俺は側まで歩いていくと、エリーゼが指さすケースの中に入っているモノを見た。

 それは銀製の腕輪で、小さな卵ぐらいはあろうかという大きな青い宝石がはめ込まられていた。

 フユは、キュイの頭の上に乗ってエリーゼが見ている腕輪を覗き込んでいる。


「フユ~、大きいです! フユちゃんが映ってます!」


 確かに、そこにはフユの姿が映り込んでいる。

 元々可愛らしい三頭身のフユの体が、宝石の球面で広がって見える。

 それを見てフユは、頬を膨らませる。


「どうしたですか! フユちゃん、急に太ったです! フユ~」

 

 フユにとっては不思議なのだろう。

 それを聞いて、エリーゼの肩に座っていたバロがゲラゲラと笑う。


「見てみろよ、まん丸だぜお前!」


「フユ~! 黙るです!」


 バロの顔にフユの鞭がさく裂した。


「いでぇええ!! 何しやがるこのガキ!!」


 全く、学ばない奴である。

 フユは、俺の肩に飛び乗ってバロに舌を出す。

 エリーゼはそれを見てクスクスと笑うと、自分もその宝石を覗き込んでフユに言った。


「見てください、エリーゼもフユちゃんと一緒です!」


「エリーゼお姉ちゃんも太ったです!! 仲良しです、フユ~」


 となりに映るエリーゼの姿を見て、フユは嬉しそうに笑っている。

 二人のその姿は、微笑ましい。


(それにしてもこいつは……)


 腕輪に施された細工は、ただの細工ではない。

 高度な術式である、古代言語を幾つか組み合わせたものだ。

 この腕輪を見ただけでも、リルルアが超が付くほどの一流魔道具師だと分かる。


「変わった術式ですね、古代言語が何種類か使われている。 魔力の流れの制御と同調の為の術式ですかね? これは」


 俺の言葉を聞いて、リルルアが目を丸くする。


「あんた、これが読めるのかい? ……ミレティ先生から特別な子だとは聞いてたけど、驚いたね」


 まあ、俺に読めない言語は無いからな。

 ただし、複雑な術式の構成は分からない部分が多い。

 さすが天才魔道具師と呼ばれる人間が作った物である。

 リルルアは、改めて俺を見つめると言った。


「あんたも気が付いてるだろ? あたしの使い魔のことは」


 俺は頷いた。

 リルルアの側に従順な姿勢で座っている三匹の魔犬の属性は、それぞれ違う。


(つまりはこれが、ミレティ先生が言ってた『別の方法』ってやつか)


 リルルアは、自分の髪に付いている三色の宝石を手にして俺に見せる。

 良く見ると、宝石自体が髪に結ばれている訳ではない。

 それぞれの宝石には銀製の金具がつけられており、そこに髪が結ばれているのだ。

 そして、その金具には先ほどの腕輪と同じ術式が描かれていた。


「完全な属性分魔術が出来る魔道士は数えるほどしかいない。ミレティ先生みたいな天才は、そうはいないからね。だから魔力の器を作ってやるのさ、自分の体の外にね」


 リルルアは、三匹の使い魔の頭を撫でながら続けた。


「あたしが、こいつらと契約をする為に使っているのは、魔道具を使った属性分魔術。属性封魔術とも呼ばれているね」


「属性封魔術ですか?」


 美しい魔道具師は、先ほどエリーゼ達が見ていた腕輪をショーケースから取り出すと俺に差し出した。


「試してみな。言葉よりもその方が、良く理解できるだろうからね」


「いいんですか?」


 俺は、促されるままにその腕輪を右手に付けてみる。


「おお! こいつは……」


 猛烈な勢いで自分の魔力が、吸われていくのが分かる。

 それに伴って青い宝石が、美しい紋様を描きながら輝き始める。


「すげえ!!」


 俺は思わず唸った。

 自分の体の中の魔力とこの宝石の中にある魔力が、同調しているのが分かる。


「その宝石は吸魔石って呼ばれるものでね、魔力を吸って輝くんだ。腕輪に描いた術式は、石に流れ込む魔力の制御とそれを自分の魔力と同調させる為ものだよ」


 自分の魔力の一部が魔石の中に封じられているのが、腕輪を通じてはっきりと感じられる。


「凄いですエルリット! 綺麗です!!」


「キュキュイ!!」


 エリーゼが、俺の手に嵌められた腕輪を見て目を輝かせている。

 フユは、小さな手で吸魔石に触ってはしゃいでいる。


「フユ~、綺麗です。気持ちいいです」


 リルルアがフユの頭を撫でながら言った。


「その石は水属性に特化した吸魔石だからね。表面に触れただけでも、氷の精霊花のこの子にとっては気持ちがいいはずさ」


「なるほど、これは便利ですね。こうやって分離した自分の魔力で、別の使い魔を契約するってことですね?」


 リルルアは頷く。


「ミレティ先生が使う完璧な属性分魔術には敵わないけどね。吸魔石に封じることが出来る魔力は限られているし、幾ら高度な術式を描いたとしても魔道具を発動させる必要がある分、召喚にも時間がかかる」


 確かに俺の腕輪に吸われる魔力が徐々に減ってきている。

 おそらく、封じることが出来る魔力の量はその石によって決まっているのだろう。

  

「蓄えられる魔力の量をいかに増やすことが出来るか、そして発動速度をどれだけ上げることが出来るか、それが魔道具師の腕の見せ所だね」


 アウェインが、リルルアの方を見て自慢気に口を挟む。


「リルルアは最高の魔道具師だからな。冒険者ギルドで使う魔道具を作ってもらう代わりに質の高い魔道具の素材が手に入れば優先して納めることにしているんだぜ。冒険者達にとっても、自分が手にいれた素材が高値の魔道具になった方が実入りが大きくなるからな」


「な、何だよあんた。 最高の魔道具師なんてさ、褒めても何も出ないよ!」


 アウェインの褒め言葉にリルルアはまた頬を染めている。

 今まで喧嘩をしていた反動なのだろうか、ことあるごとにさりげなくイチャラブ光線を出す二人を俺は華麗にスルーした。

 フユが、嬉しそうに頭の薔薇を広げて俺を見ている。


「これでフユちゃん、エルリットの使い魔になれるですか? フユ~」


「ああ、ちょっと待ってろよフユ。リルルアさんこの魔道具って幾らなんですか?」


 さすがに、買いもしないで勝手に使い魔の契約に使うわけにはいかないからな。

 こう見えても俺は、王国の名誉騎士で月に金貨10枚もらえる身分だ。

 金貨10枚と言えば元の世界では100万円ほどの大金である。

 足りなければローンが組めるか頼んでみよう。

 俺は、そんな事を考えながらこの腕輪が入っていたショーケースに貼られた値札を見る。


(おい……うそだろ!!)


 次の瞬間、俺はそこに書かれていた値段に完全にドン引きをしていた。

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