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第三十話 白い薔薇の少女

 静まり返った闘舞台のテラスから、小さな拍手が鳴り響く。

 それは、まるでさざ波のように広がっていった。


「おい、嘘だろ」


「つええ……四貴公子のラセアル先輩に勝ちやがった」


「すげえぞ! あいつ、ほんとにすげえ!!」


 女子生徒たちからは、ラセアルに歓声が上がる。


「ラセアル様! 素敵!!」


「愛する人の為にあそこまで戦えまして? 凄いですわ、涙が出ました!」


「「「断然わたくし達、ラセアル様の恋を応援しますわ!!」」」



『うむう!! 見たかアルサ! あの少年の強さを!! これでオリマカの実は安泰だ!!』


『もう貴方は黙っていてください! エルリット君、素敵よ!!』


 白竜の夫婦は相変わらずである。


「エルリット! かっこいいです!!」


「素敵だわ、エルリット君!」


 エリーゼとエリザベスさんがこちらに向かって手を振っている。

 キュイも興奮したように翼を広げている。


「キュキュイ!!」


 国王も立ち上がる。


「うむ、見事である。二人とも見事であったぞ!!」


 その言葉に生徒たちは、さらに大きな歓声を上げた。

 マシャリアは国王に一礼すると、テラスから華麗に闘舞台に身を翻す。

 そして、ラセアルに駆け寄った。


「しっかりしろラセアル!」


 やはり、元とはいえ一番弟子の事は心配なのだろう、ラセアルを抱き上げて片膝を付く。

 そして、ラセアルの規則正しい鼓動が感じられると安心したように息を吐いた。

 女神の様に美しいエルフの騎士は、自分の為に戦った弟子のエルフの髪を優しく撫でている。

 その姿があまりにも絵になるので、一部の女子生徒たちがキャーキャーと大騒ぎである。


「素敵ですわ!」


「ラセアル様を抱き上げるマシャリア様の姿『ラセアル、そこまで私を愛してくれていたのか!』『この僕に先生以外の誰を愛することが出来るでしょうか? この命が今まさに燃え尽きようとも、先生への愛は永遠です!!』」


「「「きゃぁああ素敵ですわぁあ!! ラセアル様どうか安らかに」」」


(おい……ラセアル先輩。あんた、死んだことにされてるぞ)


 美しい物語には、悲しい犠牲がつきものだからな。

 これを題材にした同人誌とか作られそうな勢いである。

 一方で、ミレティ校長はマシャリアの側に立って二人を覗き込んでいる。


「うふふ、どうなんですマシャリア。生徒たちはすっかり盛り上がってますけど?」


 さすが、恋愛レポーターミレティである。

 さっそく噂の二人に密着取材をしている、まあ一人は気を失っているんだが。

 マシャリアはミレティを少し睨むと、軽く咳払いをして言った。


「馬鹿を言うな、ラセアルは私の弟子だ。弟のように思うことがあるとしても、そのようなよこしまな感情を抱くはずがない」


 口ではそう言いながらも心配そうにラセアルを抱く姿は、やはり先ほどのラセアルの姿が少しはマシャリアの心にも響いたのかもしれない。

 ふむふむとミレティ校長は頷くと言った。


「なるほど、じゃあガレスはよこしまな感情の対象なんですね。ちなみに、いつもどんな事を考えてるんです?」


「なっ!! そ、それは!!」


(おい、一体どんな事考えてるんだマシャリアさん……)


 マシャリアが何を想像したのかは分からないが、美しく長い耳まで真っ赤に染まっている。

 ラセアルが起きていたら、また嫉妬の炎が燃え上がっていただろう。

 白狼たちも、ラセアルを囲んで心配そうに眺めている。


「全く無茶な子ですわ。こんなになるまで戦うなんて」


「よっぽど、マシャリアの事が好きですのね。気が付きませんでしたわ!」


「意外でしたわね、いつもマシャリアに酷い仕打ちを受けてるのに」


「確かに愛の鞭というには、厳しすぎますものねマシャリアの鞭は」


「「もしかして、打たれるのが好きなのかしら。今度、ギルバートの代わりにガブッといってみます?」」


(……普段どんな扱い受けてるんだ、ラセアル先輩は)



 俺が少しラセアルを不憫に思ったその時である。


「フユ~! お母様とラセアルが負けたです!」


(ん?)


 ふと気が付くと、ラセアルとマシャリアの隣に立って頬を膨らませている小さな少女が居る。

 サイズ的には、小人姿の時のバロたちと同じぐらいだろうか。

 大きな白い薔薇の髪飾りをした、青い髪の人形の様な幼い少女である。

 マシュマロみたいに白くて少しぽっちゃりとしている。

 3頭身の体は、人形みたいで可愛らしい。


(なんだこの子は、精霊か?)


 その周りには、さっきの精霊花のミニチュアのような氷の薔薇のツルが数本這っている。

 ラセアルを心配そうに見ていた瞳が俺を見上げた、そして。


「フユ~、お母様の仇です! 喰らうです!!」


 少女は、そう言って小さな薔薇の鞭で俺を攻撃してきた。


「お、おい!! なんだよお前!?」


「フユちゃんです!!」


 まるで妖精のような少女の攻撃をかわしながら、俺はひょいとその子を手の上に乗せる。

 さっきまで威勢が良かった少女は、俺の掌の上で尻もちをついた。


「こ、殺すですか!? フユちゃんを殺すんですか! マシャリア、助けてです!!」


 大騒ぎをする小さな少女を見て、マシャリアは叱るように言った。


「フユ! いつも言っているだろう? 勝手に母親についてくるなと」


「フユちゃん悪くないです! 試合の邪魔ならないよう隠れてました。フユちゃん、お母様の応援したかっただけです……」


 美しい女エルフに怒られて、フユはしょんぼりと下を向いている。

 俺はマシャリアに尋ねる。


「マシャリアさんの知り合いですかこの子?」


 マシャリアはフウとため息をついて俺に言った。


「この子は、ラセアルの使い魔の精霊花の娘だ。いつも注意をするのだが、勝手についてくることがあってな」


「え? 精霊花なんですかこの子」


 マシャリアは俺の言葉に頷く。


「ああ、精霊花でも上位の種だからなラセアルの使い魔は。人の姿を取る事も出来る、もちろんこの子の母親のローゼもな」


 ローゼというのか、ラセアルの使い魔は。

 ラセアルの魔力が枯渇したので姿を消しているが、使い魔ではないフユはそのまま取り残されたのだろう。

 まあバロたちも普段は火トカゲでも、小人姿にもなれるからな。

 同じようなものだろう。


「へえ、可愛いものですね」


 良く見ると、白い大きな薔薇が咲いた大きな頭が可愛らしい。

 俺がそう言って頭を撫でると、フユは固まっている。

 そして、俺の顔をじっと見つめた。


「マシャリア! フユちゃん可愛いって言われました! フユ~!」


 マシャリアは、俺を見て赤い顔をしているフユを眺めている。

 そして、改めて俺を見ると暫く何かを考えた後で悪戯っぽく笑う。


「良かったなフユ。これからはエルリットに遊んでもらえ。もしかすると、使い魔にしてくれるかもしれないぞ」


「ほんとですか! フユちゃん使い魔になれるですか!?」


 白狼たちがヒソヒソと話をしている。


「厄介払いしようとしてますわね、マシャリアったら」


「間違いないですわ。ラセアルと修行していると、いつも遊んで欲しがりますからねフユは」


「ローゼもまだ目が離せないのでしょう、付いてくるのを邪険には出来ないんですわ」


「最近は、母親と同じように誰かの使い魔になりたがってますものね。まだ早いと何度言い聞かせても」


「エルリットなら良いんじゃなくて? ローゼも、自分とラセアルを負かす程の相手なら安心でしょうし」


「それがいいですわ。フユのお守りは大変ですもの。この間なんて、せっかく毛づくろいした毛並みをひっぱられましたわ!」


 マシャリアと6匹の狼は一斉に俺を見つめる。


(おい、そんな厄介者を押し付けるのはやめろ)


「は……はは、遠慮しておきますよ。そもそも、俺にはもう使い魔いますし」


「フユ~! どうしてですか? フユちゃん役に立ちます! きっと、お母様みたいに強くなるです!!」


(まあ確かに、母親のあの強さを考えるとそんな気もするな、だが)


「いや、さすがにこいつらとの付き合いも長いし、使い魔を変えるのはどうかと」


 新たに使い魔と契約するためには、魔力で強く結びついている今の使い魔との契約を解除しなければならない。

 バロたちが、小人姿になってフユを取り囲む。


「生意気だぜ、ガキのくせに」


「へっ、俺たちとエルリットは、熱いきずなで繋がっているんだぜ!」


 いつこいつらと熱いきずなで結ばれたのかは分からないんだが、まあいいだろう。


「「「「「そうだぜ消えろよ、このガキ!!」」」」」


 俺の使い魔に囲まれて、フユは涙目になっている。


「イジメるですか! フユちゃんをいじめるんですか!! エルリット助けてです!」


 フユが可愛らしく大きな瞳で、俺に救いを求める。

 その姿は愛くるしい。


「おい、お前らやめとけよ可哀想だろ」


 流石に、こんな子供にそこまで言ったら可哀想である。

 俺はフユの頭を撫でながらバロたちにそう言った。

 フユは小さな胸を大きく張って、嬉しそうに笑う。


「聞いたですか! エルリットはお前達よりフユちゃんの事が大事です、フユちゃんに惚れてるです!」


(おい! 誰が惚れてるんだ?)


 白狼たちが溜め息をつく。


「全くフユったら」


「どこからそんな言葉を覚えてくるのかしら? この子」


「「「「耳年魔なんだから、ほんとに」」」」


(いや、多分あんたらからだと思うぞ)


 フユの目の前で、マシャリアとガレスの恋愛話とか普通にしてそうだからな。

 大きな白い薔薇の花を重そうに揺らして、フユは薔薇の鞭を放った。


「喰らうです! フユちゃんとエルリットの邪魔をする奴は倒すです!!」


 ビシッ!!


 気持ちいい程の音を立てて、小人姿のバロたちの顔に氷の鞭が命中した。

 すっかり涙目になっていたフユが、いきなり攻撃してくるとは思わなかったのだろう。


「「「「「「「いてぇええ!! このガキもう許さねえ!!!」」」」」」」


「助けてです! エルリット!!」


 フユが俺の首にしっかりとしがみついた。

 全くバロたちだけでも騒がしいのに、勘弁してほしいものである。

 ミレティ先生が俺に向かって微笑んでいる。


「うふふ、可愛らしい精霊花に好かれたようですねエルリット。方法はありますわよ、その子も使い魔にする方法が」


 俺はミレティ先生を見て尋ねる。


「本当ですか、ミレティ先生?」


 ミレティは、うふふと笑いながら頷いた。

 フユを使い魔にするかどうかは別として、もしあるのならば聞いておいて損は無い。

 これから先、ラセアルよりも強い連中と対戦するわけだからな。

 まだ騒いでいるフユとバロたちを尻目に、俺はミレティ校長の言葉に耳を傾ける事にした。

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