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第二十八話 氷の薔薇

「キュキュ?」


 ラセアルの爆弾発言にザワザワしている会場の雰囲気に、キュイが大きな頭を傾げてエリーゼを見つめる。

 エリーゼはその頭を撫でながら言った。


「婚約です、奥さんになってずっと一緒です」


 俺の方を見て、嬉しそうに笑っている。

 エリーゼにとって、婚約とはそんなイメージなんだろう。


「キュイ!」


 嬉しそうなエリーゼを見て、キュイも翼をパタパタさせている。


「ふむふむ、なるほど。ラセアルはマシャリアが好きだったんですね、ちなみにどのあたりが好きなんです?」


 ラセアルの言葉にマシャリアが凍り付いているその間に、まるで風の様に現れたのは可愛らしいエメラルドグリーンの髪をした少女だ。

 そう、言わずと知れた噂好き、ミレティ校長である。

 さっきまでやぐらの上で精霊たちを指揮していたのに、恐ろしい程の素早さだ。

 まるで芸能リポーターの様な友人の姿を、マシャリアは睨みつける。


「何をしているミレティ……」


「うふふ、こんな大スクープですもの一言でも聞き逃すのはおしいと思って。ほら続けてください!」


(ほら続けて下さいって、あんた)


 マシャリアは軽く咳ばらいをして、ラセアルの事を叱りつける。


「いい加減にしろ、ラセアル! 陛下の前だぞ、変な冗談はやめろ!!」


 ラセアルはマシャリアには返事をせずに、国王を見つめて言った。


「先ほど、陛下はお許し下さいました。そうでございますね?」


「ぐぬ……」


 国王が思わず言葉を飲み込む。


(エリーゼでなければ、良かろうなんて言うからだ)


 言葉のあやとは言え、大勢の生徒の前で一国の王が婚約の許可を出したようなものだからな。

 そう易々と反故にしては、国王としての沽券にかかわるだろう。

 女子生徒たちが大歓声を上げる。


「聞きました?」


「ええ、聞きましたわ!!」


「ああ、なんてロマンチックなの! 愛する女性の為に、陛下の前で名誉を賭けて戦うなんて!!」


「『エルリット・ロイエールス! 君には先生は渡さない! 君が先生を愛しているのなら僕と戦え!!』『何を言うラセアル、先生を愛しているのはこの僕だ。君に渡すわけにはいかない!』美しいエルフの師をめぐる弟子たちの愛憎劇! やはり噂は本当でしたわ!!」


 そう言って、一斉に俺を見つめる。

 昨日の女子軍団がすっかり噂をばらまいたのだろう。


(なんでこうなるんだ……)


 確かに昨日のランチタイムに、ラセアルは俺に剣を向けていたからな。

 あの姿は、学校中の注目を浴びていたはずだ。

 マシャリアは国王の前に膝をつくと言った。


「陛下、お取消し下さい。ラセアルは後で私が厳しく叱りつけておきます!」


 国王は整ったあごひげを触りながら、考え込むように言った。


「ふむ、しかしのう。よく考えてみれば、余の前で四大勇者のそなたに堂々と愛を告白するなど大した若者ではないか。そなたもガレスにフラれたことは忘れて、そろそろ新しい……」


(おいジジイ、死にたいのか?)


 会場が急速に冷気に包まれていく。

 恐ろしい程の魔力が、マシャリアから放出されていた。


「ふ、フッたのは私です! ガレスではありません!!」


「そ! そう言えば、そうであった気もするのぉ!!」


 涙目になってるマシャリアは、相変わらず可愛らしい。

 ほとんど条件反射なのだろう、例の白狼たちが召喚されている。


「どうします? まさか陛下にガブって訳にはいかないでしょ」


「そうですわね、どうしましょうか」


「仕方ないですわね、代わりに後でギルバートをガブッとしておきましょう」


「「「そうですわね、それがいいですわ」」」


 ギルバートさんも、とんだとばっちりである。

 どうやら、マシャリアが俺のじい様にフラれた事実は、国王も知っているらしい。

 過去に何があったのかは分からないが、意外と大事だったのかもしれない。


 そもそもマシャリア程の美人なら、結婚を申し込みたい男は行列を作るほどいるだろう。

 女神級の美貌を持つ女エルフとか、男のロマンだからな。


(まあでも、ただの美女じゃないからな)


 何しろ相手は四大勇者の一人だ、普通の男なら尻ごみをしてしまうだろう。

 そういう意味では、国王が言った通りラセアルは大したものである。


 マシャリアが奥さんとか、一生尻に敷かれるのは確実だ。

 夫婦喧嘩なんてしようもんなら命がいくつあっても足りないだろう。

 国王は俺とマシャリアに手招きをして耳打ちした。


「エルリットよ、お前が勝てば何の問題もなかろう? そなたは名誉王国騎士である、今こそ余の為に存分に働くのじゃ」


「は……はぁ」


 何が今こそだ。

 このジジイ、責任を俺に丸投げしやがった。

 国王のくせに汚い野郎だ。


「どうじゃマシャリア。そなた、エルリットを名誉王国騎士に推挙した時に言っておったではないか、まだ未熟なところはあるが、いずれ四大勇者を超える男になるかも知れぬと。ならば、心配はいるまい?」


「そ、それは」


(へえ、マシャリアは意外とかってくれてるんだな俺の事)


 まあ、俺がじい様の孫だっていう事が大きいのだろうがな。

 これ以上国王に何を言っても無駄と悟ったのか、マシャリアが俺の肩に手を置く。

 そして、うるっとした瞳で俺を見る。


「負けるなよエルリット! 負けたら私が承知しないからな!!」


「あ……はい。やるだけはやってみます」


 その言葉にマシャリアは、ギュッと俺の手を握った。

 そして、その手にまたレーザービームの様な視線が注がれる。


「マシャリア様! そいつから離れて下さい!! エルリット・ロイエールス、いつまで先生の手を握っているつもりだ! 正々堂々と僕と勝負をしろ!」


 握ったのは俺ではないんだが、そんな理屈はもう通じる様子ではない。

 ラセアルの嫉妬の炎は、最高潮に燃え上がっている様である。


(ああ、もう好きにしてくれ……)


 人間、最後は諦めが肝心である。


「うむ、それではミレティよ。試合の準備を始めるがよい」


「うふふ、分かりましたわ陛下。それではこちらへ」



 国王の号令で、試合の準備が始まった。

 生徒たちは闘舞台の側から教室に戻り、そのテラスから舞台を眺める。

 舞台のすぐ脇に大勢の生徒が居たら、流石に思い切っては戦えないからな。

 国王やエリーゼたちも移動して、王族専用に作られた教室の豪華なテラスからこちらを見ている。


「キュキュ? キュキュ!!」


 キュイはエリーゼの腕の中で、興奮したようにキョロキョロと辺りを見渡している。

 テラスからの眺めが気に入ったのか、満足そうに鳴いた。


「キュイ!」


「エルリット! エリーゼ応援してます!」


「エルリット君、頑張って!」


 エリザベスさんとエリーゼは、こちらに手を振っている。

 一方で白竜の夫婦は闘舞台の脇にいるが、6頭の白狼たちがしっかりと守っているので問題は無い。


『貴方! なに目を開けたまま寝てるんですか! 聞こえてますのよ、大きないびきが! ほら、エルリット君の試合が始まりますわ! 一緒に応援しますわよ』


 さっきからずっと変な低音の唸り声が聞こえてはいたが、あれはラセルのいびきか。


『ふがぁあ!? うむ!! そうか! 良く分からんが、少年よ頑張るのだぞ!!』


 相変わらずこの人、いやこの竜は適当である。

 闘舞台には俺とラセアル、そして審判であるミレティが立っている。


「いいですね、手加減は不要です。万が一の時はその人形が止めてくれますから」


「「わかりました」」


 わざわざミレティに言われなくても、ラセアルはそのつもりだろう。

 先ほどから感じる魔力は尋常ではない。

 むしろ、人形ごと俺をぶっ殺す勢いである。


(こいつは……こりゃあ、こっちも本気でかからないとやばいな)


 ミレティは国王に合図をする。

 すると、国王は立ち上がって宣言した。


「それでは、始めよ! 互いに己の力を存分に振るうがよい!!」


「「はっ!!」」


 その瞬間、ラセアルが作り出した無数の魔法陣が俺を取り囲むように現れて瞬時に魔力が充填される。


(速いな。同じ属性だけだからとは言え、ヨハン先輩よりもかなり速い)


 現れた魔法陣の数は24、属性は水の上位属性氷だ。

 そして、特筆するべきはその魔法陣の大きさだろう。

 魔力の量はヨハン先輩の魔撃とほぼ変わらない、だがその魔法陣のサイズは一回り小さい。

 つまり、それだけ魔力の密度を濃縮している訳だ。


(高度な術式だな。かなりオリジナルに書き換えられたものらしいが)


 相手の術式を見極めるのも勝負の内だ。

 さすがに四貴公子を名乗るだけあって、厄介な相手である。

 生徒たちから大歓声が起きた。


「きますわ! ラセアル様の『氷の薔薇のレクイエム』が!!」


「まじかよ、いきなりあれを使うのか。死ぬぜあの新入生!!」


「でもエル君も強いわよ、あのヨハン先輩に勝ってるんだし」


「ああ、普通じゃなかったぜ。あの強さはな!」


「だけどよ、今度の相手は四貴公子だぜ! 一体どうなるんだよこの勝負!?」


「「「来るぞ!!」」」


『氷の薔薇のレクイエム』どうやら厨二病すぎるその名前が、ラセアルの必殺技らしい。

 俺を取り囲む魔法陣が一斉に銀に輝くと鋭い氷の槍のような魔撃を放つ。


(これは!?)


 轟音が闘舞台に響くと、一瞬にして周囲は冷気に包まれていった。


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