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第二十五話 エリーゼの飛竜

「キュイ! キュイ!!」


 俺はその声に、こほんと咳ばらいをしながらマシャリアと話していた。


「ところで、相談なんですがマシャリアさん。ラセアル先輩は、四貴公子とか言うヤバそうな連中の一人なんですが、必殺技とか持ってるんですかね? 知っているなら、ぜひお伺いしたいと」


 ミレティ先生からは教えてもらえなかったが、マシャリアほどラセアルに詳しい人はいないだろう。

 情報収集も立派な戦略の一つである。

 昔から敵を知り己を知れば百戦危うからずと言うからな。


「キュィイイ!」


 その鳴き声に、マシャリアも咳ばらいをしながら俺に答える。


「知っているが、教えられないな。お前もラセアルも私の大切な弟子だからな、お前だけが有利になるような事は出来ない」


「キュィイ?」


 俺は大きく咳ばらいをした。

 まあ、ラセアル先輩の情報を引き出せなかったのは諦めるとしよう。

 問題は、俺たちの前でキュイキュイと言ってエリーゼに頭を撫でられている奴の事だ。


「どうじゃ似ておるじゃろう? キュイ、キュイ!」


「可愛いです! 大伯父様、とってもキュイちゃんの真似が上手です!」


 エリーゼの言葉に、国王が満面の笑みを浮かべる。


「ワシの大事なエリーゼが、いつまで経ってもやって来んので心配して調べさせてみれば、飛竜の厩舎にいると聞いてのう」


 丁度、ラセアル先輩の怒りの原因が分かった後だろうか。

 国王がマシャリアの部下の護衛騎士やら、お連れの者達をずらっと引き連れてここにやって来た。

 王宮を訪ねたにも関わらず、一向に自分の所に来ないエリーゼを従者たちに探させてここを突き止めたらしい。

 先ほどからキュイキュイ言ってるのは、半分以上がこのジジイである。


 お付きの者に立派なソファーを運ばせて、どっかりと座っている。

 飛竜の厩舎自体が立派なの建物ではあるのだが、さすがに違和感が半端ではない。

 大きなソファーなので、その隣にはキュイを抱いたエリーゼとエリザベスさんが座っている。


 キュイは自分の真似をするジジイ……いや国王を大きな瞳で見ている。

 翼をパタパタと動かして首を傾げる。


「キュイ?」


 それを見て、国王も首を傾げて真似をする。


「キュイ?」


「可愛いです!」


 エリーゼはそう言って、キュイと国王の頭を撫でる。


(キュイが可愛いのは間違いないが、ジジイの方はな……)


 声に出して言うと命の保証が無いので俺は黙ってそう思ったが、周りの人間の表情を見ると俺と同意見のようである。

 まあ、エリーゼにとっては可愛いお爺ちゃんみたいなものなのだろう。

 国王はデレデレの笑顔だからな、エリーゼの前ではいつも。


 かつては自ら剣を取り戦場を駆けまわった偉大な王らしいのだが、この姿からはその片鱗も見えてこない。

 マシャリアも俺も、咳払いをしたくなるというものだ。


「今朝がた届いたつがいの白竜の巣に卵があったとは聞いておったが、もうヒナがかえるとはのう」


 少し真顔に戻った国王の言葉に、マシャリアが頷く。


「貴重な白竜ですから、私も気にかけて様子を見ていたところ、つい先ほど卵が。エリーゼ様も、大変気に入っておられます」


 マシャリアの言葉に、エリーゼはにっこりと笑う。

 そして、もぞもぞ動いているキュイを抱きしめて言った。


「エリーゼ、キュイちゃんのこと大好きです!」


 そう言って頬を寄せるエリーゼに、キュイは嬉しそうに鳴き声を上げた。


「キュキュイ!!」


「可愛いのう、どうじゃマシャリア。この白竜の子を、エリーゼの飛竜とするのは? もう名も付けてしまったようだしの」


 国王の言葉にマシャリアは頷くと。


「よろしいのではないでしょうか。エリーゼ様が可愛がって下されば、良い飛竜となるでしょう」


 俺は側にいるギルバートさんに聞いた。


「いいんですか? 王国や騎士団の貴重な竜を、エリーゼの飛竜にしてしまって」


「ええ、良くあるんですよ。もちろん貴重な生き物ですから、あくまでも名目上ですけどね。王国の所有ではありますが、ここに来て世話をしたり、名前をつけたりすることが出来ます。王族や貴族にとっては名誉ですからね、陛下から飛竜の命名権が与えられると言うのは」


 マシャリアも頷いた。


「年に一度行われる、飛竜を使ったレースにも参加が出来るぞ。お気に入りの騎士を指名して、乗せることが出来る。近隣の友好国からも飛竜乗りが参加するからな。優勝すれば、大変な名誉だし賞金も出る」


「なるほど、それは面白そうですね」


 飛竜自体はあくまでも王国のものだが、命名権や育成、そしてレースに名目上の馬主ならぬ竜主として出られるような感じだろう。

 話を聞いていると、結構な額の賞金が出そうである。

 だいぶ元気に鳴いたせいだろうか、キュイはエリーゼに抱かれてウトウトし始めている。


(まあ、まだ先の話だなこれは)


 一方で、白竜の夫婦は国王の名のもとに管理されるらしい。

 そのせいもあるだろう、マシャリアから白竜夫婦が望むことをそれとなく聞かれたので、アルサさんに確認して食後のデザートを注文したばかりだ。

 ヤシの実ぐらいのサイズの白い木の実で、飛竜の好物の一つらしい


『まあ! おいしいわ、このオリマカの実!! こんなに沢山、森では中々手に入らないもの』


『うむ、しかも新鮮だ。どうだ、捕らえられて良かったではないか、アルサ』


ラセルの言葉に、微笑みながらアルサは答えた。


『ふふふ、そうね、貴方が頼りにならない事も役に立つことがあるのね』


『……』


 自ら墓穴を掘っていくスタイルである。


『それに比べてエルリット君は頼りになるわ! レサ鳥のお肉も美味しかったし、このオリマカの実もエルリット君のおかげですもの。ふふふ、これからもいつでも遊びに来てねエルリット君! 大歓迎よ!!』


 アルサのその言葉に、ラセルが俺を恨めしそうに睨んでいる。


『……少年よ、どうかなこれから空の散歩でも? いいものだぞ、大空は』


『は……ははは。またの機会にしておきます』


 疑うわけではないが、大空で振り落とされてはたまらない。

 まあ、そうは言いながらも二頭は、時々見つめ合って嬉しそうにデザートを食べている。

 中々の熱々ぶりである。

 子供も生まれたばかりだからな。

 エリーゼがキュイを抱いたまま、俺に向かって歩いてくる。


「エルリット、キュイちゃん寝ちゃいました」


 静かに寝息を立てているキュイを俺は受け取ると、アルサの元に連れて行った。

 アルサは優しく胸元でキュイを抱いて、敷いてある干し草の上で頭を寄せる。

 それを見て、エリーゼは国王の元に駆け寄った。


「大伯父様、エリーゼ可愛がります。キュイちゃんの事、一杯一杯可愛がります!」


「おお、そうか、そうか。大事にするのじゃぞ」


 こうして、キュイがエリーゼの飛竜になったところで、国王のお付きの者の一人が言った。


「エリーゼ様も士官学校に入られましたので、そろそろ良い相手を探されて婚約ですな陛下」


 立派な身なりを見ると大臣の一人だろう、関心が無いのであまり覚えてないが確か国務大臣だった記憶がある。


 国王はそれを聞いて、苦虫を噛みつぶしたような顔になる。


「ぐぬう! 許さぬぞ。いつも言っておるはずじゃ、エリーゼの相手は『四大勇者』を超える様な男でなくてはワシは許さん!!」


(だから、いねえからそんな奴。これは許す気ねえだろ最初から)


 すかさず、先ほどの大臣が口を挟む。


「陛下もご存じでございましょう、今の士官学校には優れた英才が多い事を。特に四貴公子と呼ばれるミレティ様の愛弟子たち、将来四大勇者に比肩する人物になるやもしれませんぞ? その中からエリーゼ様の婚約者候補を選ばれるのはいかがで御座いましょう」


「うむ……確かに優れた者が多いと聞いているが」


 それを聞いて、エリザベスさんが微笑みながら言った。


「陛下いかがですか、エリーゼの大切な相手です。わたくしも、その四貴公子という方々の戦いぶりを見てみたいですわ。ご存知ですか? ここにいるエルリット君が丁度明日、四貴公子の一人と試合をするんですのよ。今日は5位の生徒に勝って今はエルリット君が5位、一緒に試合を観戦されてその四貴公子の方々の実力を見極めると言うのはいかがでしょう?」


 すると、すかさず先ほどの大臣が驚いたように俺を見る。


「何と! 新入学生にして士官学校のランキング5位ですと!? その真紅の赤毛といい、これはまさしく炎の神童ガレス・ロイエールスの生まれ変わり!」


(いや、うちのジジイ死んでねえから)


 ガキの頃から天才だったとママンから聞いてはいたが、色々と異名のあるジジイである。

 そろそろ俺は気が付いた、これは全部エリザベスさんの作戦だろう。

 さすが、ファルルアン社交界の華である。

 そのファンは大臣たちの中にまでいるようだ。

 そうでなければ、この大臣がこれほど俺を推してくる理由が分からないからな。

 それにしても、いつの間に打ち合わせをしたのだろう。


(そういえば、国王がキュイキュイ言ってる時に、エリザベスさんがあの大臣と何か話してたな)


 確かに、国王の前で俺が四貴公子を倒したとなれば、一気にエリーゼとの婚約話もしやすくなるだろう。

 エリザベスさんは美しい顔でにっこりと微笑む。


(うむ……この人に逆らったら俺、抹殺されるかもしれん)


「よかろう、明日は大きな国事もない。ミレティに取り急ぎ連絡を入れ、明日ワシが士官学校の試合を観戦する手配をせよ!」


「はっ! 陛下の御意のままに!!」


 先ほどの大臣が、急いでその場を離れていく。

 明日、国王が士官学校の試合を観戦する準備を、これから始めるのだろう。

 だが、相手はマシャリアとミレティの弟子であるラセアルだ、そう簡単には勝たせてくれないだろう。


(まあ、やるしかねえな)


 俺は軽くため息を付きながら、明日の戦いに思いを巡らせていた。

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