第二十四話 竜言語
「エリザベス様、エリーゼ様それにエルリットも、丁度いい、見てみろこの子を」
マシャリアは、微笑みながらこちらに歩いてくる。
その腕に抱かれているのは、真っ白で可愛らしい飛竜の赤ん坊である。
好奇心旺盛な大きな黒い瞳が、じっとこちらを見つめている。
大きさは子犬ぐらいで、まだ小さい翼がパタパタと動く姿が愛らしい。
「パタパタしてます! 可愛いです! 赤ちゃんです!!」
「触ってごらんになりますか? エリーゼ様」
マシャリアのその言葉に、エリーゼはエリザベスさんを見つめる。
エリザベスさんはにっこりと笑って頷いた。
エリーゼはゆっくりと飛竜の赤ん坊の頭に手を伸ばすと、優しく撫でた。
「キュウイ! キュイ!!」
優しく頭を撫でられて飛竜の赤ん坊は、くすぐったそうに鳴き声を上げる。
それを見て、エリーゼの顔は嬉しそうに輝いた。
「可愛いです!!」
「キュキュ!」
飛竜の赤ちゃんは、翼をパタパタさせている。
喜んでいるんだろう、目を閉じて気持ちよさそうにエリーゼに撫でられている。
(これは可愛いな、もし地球にこんな生き物がいたら大人気だなきっと)
大きな頭とデフォルメされたような体が、まるでぬいぐるみのようである。
親竜と同じ真っ白な鱗が、愛らしさを増している。
「この飛竜って白いですよね。普通の飛竜なんですか?」
それに、普通の飛竜よりも一回り大きい気がする。
俺がマシャリアにそう尋ねると、美しいエルフは白い竜の赤ん坊をエリーゼに抱かせながら言った。
「白竜だな、飛竜の一種だが知能が高い。めったに捕らえることが出来ない貴重な飛竜だ」
「そうなんですか、なるほど」
エリーゼは腕に抱いた飛竜の赤ちゃんがもぞもぞ動くのを見て、嬉しそうに俺に笑った。
俺が頭を撫でると、大きな瞳でこちらを見て人懐っこく鳴き声を上げる。
「キュイィイ!」
「可愛いです! キュイちゃんです!」
どうやら、エリーゼはもう名前を付けたようだ。
その時である、どこからともなく声が聞こえた
『さすが我が息子、見てみろアルサ。あっという間に人気者ではないか!』
『ええ、そうね貴方。可愛すぎるのも罪ね、まるで天使だわ』
(何だ……今変な声が聞こえたぞ?)
俺は辺りを見渡した。
今ここにいるのは、俺達5人だけだ。
『それにしても、貴方が頼りないから。人間に捕まった時はどうなる事かと思ったわよ、ラセル』
『まあ、そう言うなアルサ。意外といいところではないか。森よりもずっと住みやすい。逆らわねば、この首輪も邪魔にはならんしな』
俺は声が聞こえた方を振り向いた。
そこには見つめ合う仲の良さそうな、つがいの白い飛竜がいる。
(……いやいや……疲れてるんだ俺は、そんなはずがあるかよ)
『ねえ、貴方。私、レサ鳥のお肉が食べたいわ。あの子にも柔らかく噛んで食べさせてあげないと』
『うむ、かと言って人間に竜言語は通じぬだろうし。妻と息子に望む物も与えてやれんとは、情けない事よ』
その幻聴を聞きながら、俺は白いオスの竜と目が合った。
『ん? あの人間の少年、こちらをじっと眺めているぞ、まさか、私たちの言っている事が分かるのか?』
『まさか、白竜の言葉が分かる人間なんていませんわよ貴方。 ……あら、確かに見てますわね。ねえぼうや、貴方私たちの言っている事が分かるの?』
そうか、俺がこの世界に来る時に、女神がくれたあの力のせいだ。
この世界の全ての言語を理解できる力
古代文字で書かれた魔道書も、そのおかげで当たり前のように読めたからな。
しかし、普通の飛竜が言語を持つほど高度な知能を持っているなんて、聞いたことが無い。
だが、マシャリアが白竜は知能が高いと言っていたからな。
(こうなったら、乗りかかった船だ!)
美しい容貌のメスの白竜に、俺は答える。
『え、ええ一応分かります。レサ鳥の肉ですね、頼んでみます』
『まあ!! 本当に!? 嬉しいわ!!』
嬉しそうにメスの白竜は言った。
俺は、まるで頭の中に翻訳機があるように浮かんでくる竜言語を、スラスラと口にした。
近くにいたギルバートさんが、不思議そうに俺を見つめる。
「どうしたんだいエルリット君? 変な声を出して」
変な声か……
はたから見たらそうだろうな。
「あのですね、おかしな奴だと思われるかもしれませんが、あちらの方がレサ鳥の肉を食べたいそうです」
今度はマシャリアさんがいぶかし気な顔で俺を見つめる。
「誰がだ? レサ鳥の料理が食べたいのなら、王宮で頼めばよかろう?」
「えっとですね。実はあちらの婦人に頼まれまして」
俺が指を指す先には、澄ました顔のメスの白竜がいる。
マシャリアは俺を睨む。
「エルリット! お前私をからかっているのか!? あの白竜がそう言ったとでも言うのか?」
「悪ふざけはいけませんよ、エルリット君」
ギルバートさんにまで怒られた。
俺はため息をつくと、つがいの白竜に近寄ると言った。
「えっとですね、今からこの白竜たちにお願いして翼で俺の頭を撫でてもらいます。そしたら、信じてくれますよね?」
ギルバートさんが呆れたように笑った。
「いくら君の言う事でも信じられないね。そんな事が出来たら、飛竜乗りの訓練なんていらないよ。飛竜と息を合わせるのが、一番の苦労なんだから」
俺は白竜の夫婦に言った。
『すみませんけど、俺の頭を翼で撫でてくれませんかね。あそこでニヤついてる騎士に、見せてやりたいんで』
『うむ、そんな事でいいのなら』
『ええ、構わないわ、人間のぼうや』
白竜の夫妻は大きく翼を広げると、その先で俺の頭を撫でた。
「まさか?」
「何! 馬鹿な!!」
ギルバートさんとマシャリアが、驚いたように声を上げる。
エリザベスさんも目を丸くしている。
エリーゼだけが俺を見つめて、頬を膨らませた。
「ずるいです、エルリットだけ! エリーゼもキュイちゃんと、お話ししたいです!」
マシャリアが命じて運ばせたレサ鳥の肉が二人……いや二頭の前に並べられると、まずは奥さんのアルサがそれを良く噛んでキュイに与える。
さて、お味はどうなのだろうか。
「キュゥイイイ!」
良かった、どうやら気に入ったようだ。
口移しで母親から食べさせてもらって、キュイは嬉しそうに小さな翼をパタパタとさせる。
エリーゼはそれを見て、エリザベスさんに抱きつく。
「可愛いです、キュイちゃん。お母さんに甘えてます」
エリザベスさんも、エリーゼを優しく抱きしめる。
エリーゼが言うように、キュイは母親のアルサに鼻を寄せて甘えている。
父親であるラセルが、俺に首を伸ばして言った。
『礼を言うぞ少年。もし空を飛びたい時は私に言ってくれ』
『ええ、マシャリアさんにもお願いして今度ぜひ』
白竜と会話をする俺の事を見ながら、ギルバートさんは天を仰いだ。
「ふぅ、エルリット君。もう、君には驚かないことにするよ」
マシャリアは俺の顔を見つめると、腕を組みながら大きく頷いて言った。
「さすがわたしの一番の弟子だ、エルリット」
マシャリアの弟子である事と白竜と話せることは全く別の話だが、まあそれはいいとしよう。
……いや待てよ。
今、何かおかしな事を言った気がする。
「あ、あのですねマシャリアさん。今、俺のこと一番の弟子とか言わなかったですか?」
「ああ、言ったがそれがどうした?」
思い出した、そもそも俺が今日ここに来た目的を。
(原因はこの人か! でも、何で俺が一番の弟子になっているんだ!?)
「えっとですね、マシャリアさんの一番の弟子はラセアル先輩じゃないんですか? そう聞いたんですけど」
マシャリアは、俺を見ると首を傾げた。
「ラセアルに会ったのか? そう言えばあいつ、今日この白竜を連れてきた後どうしても急いで士官学校に行く用事があるというから、そのまま飛竜を使わせてやったのだが」
「その時にどんな会話をしたんですか、ラセアル先輩と? そもそも、さっきも言いましたけど、何で俺が一番の弟子になってるんですか?」
嫌な予感しかしない。
マシャリアは俺のジトッとした視線を気にする風もなく言った。
「そうだな、まずはあいつを褒めてやった、白竜を捕らえるとはさすが私の弟子だと。そうしたらラセアルが嬉しそうに言ったな『いつものように一番の弟子だと言って下さらないのですか?』と」
俺は黙って続きを聞いた。
「それで、私は言ったのだ。一番大事な弟子は他に出来たので、お前は二番目に大事な弟子になったと」
(お、おい……何を言ってるんだあんた)
ギルバートさんも、マシャリアの言葉を聞いて呆然としている。
そして言った。
「マシャリア様、それ、直接ラセアル君に言ったんですか?」
「ああ、言ったぞ、大事な弟子に嘘はつけぬからな。だ……だってほら、エルリットは、ガ、ガレスが私に預けたのだぞ。エルリットだってそう言ったではないか! だ、だから私にとっては一番大切な特別な弟子なのだと、ラセアルにも正直に話しただけだ。あいつなら分かってくれる、私にとっては弟のようなものだからな」
俺もギルバートさんも、完全にドン引きしている。
じい様ラブにも程がある。
じい様の名前を出すときの、マシャリアさんのモジモジぶりは可愛らしいのだがな。
ギルバートさんが俺の肩に手を置いて、同情を込めて俺を見つめた。
「覚悟を決めたまえエルリット君。僕がラセアル君なら、君に決闘を申し込むなこれは」
俺は力なく頷いた。
「は……ははは、安心して下さいギルバートさん。もうとっくに申し込まれてます」
どうやら明日の勝負は激しいものになりそうだ。
俺はキュイキュイと鳴く可愛い白竜の赤ん坊を見つめながら、ため息をついた。
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