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第二十三話 一人目の貴公子

「えっとですね、どなたか存じませんが、何でそんなに怒ってるんですか?」


 とりあえず、俺はそう聞いてみた。

 悪いがこいつには会ったこともない、恨まれる筋合いはない……はずである。

 エリーゼとの事があるだけに、確信は出来ないが。


「くっ! とぼけるのか!!」


(いや、とぼけるのかも何も心当たりがねえよ)


 エルフの美少年はそう言って唇をかんだ。

 周りを見ると、女子生徒がキャイキャイと騒いでいる。


「見て! 四貴公子のお一人のラセアル様よ!!」


「きっとエリーゼ様の事ですわ! 密かに心を寄せるエリーゼ様を、エルリット君に取られると聞いて決闘に来たんですわ」


「そうですわ! 公爵家令嬢をめぐる男の闘い!!」


「「「ああ、何てロマンチックなの!!」」」


 やっぱり四貴公子の一人か。

 さっきのミレティ校長の話と、士官学校の制服を考えればそうだと思ってはいたが。


 それにしても、エリーゼと俺の婚約の話を聞いてっていうのは少しおかしい気がする。

 四貴公子とやらが飛竜狩りに行ったのは3日前だ、俺とエリーゼの婚約の話を知ってるはずがない。


 3日前は俺でさえ知らなかったんだからな。

 まあ、今そんな事を考えても仕方ない、とりあえず目の前に突き付けられている剣をどうにかするのが先決だ。

 どうしてもって言うなら相手をしないことも無いが、せっかくのランチタイムが台無しである。


(さすがに、こんなところで決闘なんて誰か止めてくれるだろ)


 エリザベスさんは、俺に向かってにっこりと微笑んでいる。

 さすが歴代ミス士官学校グランドクイーン、こんな時でも余裕の笑みである。


「あら、楽しみだわ。今度はエルリット君が戦う姿が見られるのね!」


 なるほど、どうやら誰も止めてくれる人はいないようだ。

 その時、むぐむぐと俺の側から声がした。


「お待ちなさい! むぐ! エルリット飲み物を下さい!」


(ああ、この人がいたな)


 ラセアルが俺に剣を突き付けるのを見ても、目の前にある饅頭をあむあむと食べ続けているので、止める気が無いものだと思ったいたんだがそうでもないらしい。

 ミレティ校長が俺から受け取った飲み物を飲みながら、ちょこんと椅子を降りてラセアルに言った。


「剣をお引きなさいラセアル。慌てなくても明日、貴方とエルリットは戦ってもらう予定です、とりあえず今日はその飛竜を返してきなさい、陛下と騎士団の大切な飛竜ですからね」


 その言葉に、ラセアルはミレティに向かってお辞儀をしながら答えた。


「ご安心下さいミレティ先生。飛竜狩りから先ほど戻り、捕らえた飛竜を引き渡した後、マシャリア様に少しの間騎士団の飛竜をお借りするお許しは頂きました。ですが、ミレティ先生がこいつとの勝負をお約束頂けると言うのであれば、ここは引きましょう」


 飛竜狩りというぐらいだから、自分たちも飛竜に乗って出かけたのだろう。

 3日ぶりに王都に戻ったのであればゆっくりしたいだろうに、王宮から一直線にここに飛んできた訳だ。

 よっぽどの理由があるのだろうが、俺には全く心当たりがない。


 ラセアルは俺を睨みつけると剣をしまう。

 そう言えば、その鮮やかな仕草はどこかマシャリアを彷彿とさせる。

 長身で中性的な美貌もあいまって、まるで某歌劇団の男役のような雰囲気だ。


「いいか、エルリット・ロイエールス! 僕は認めない! マシャリア様の一番大切な弟子は僕だ、お前なんかじゃない! 明日必ず決着をつけてやる、首を洗って待ってろ!!」


「は……はぁ」


 一体、何でここでマシャリアが出てくるのだろう?

 その言葉に呆然とする俺たちを残して、ラセアルは飛竜に乗ると空高く舞い上がって去っていった。

 例の女子軍団がヒソヒソ話をしている。


「聞きました!? 今のラセアル様のセリフ!」


「聞きましたわ! あの美しき氷の魔剣士、マシャリア様をめぐる争い!!」


「『あの人の一番大切な弟子は僕だ!』 『いいや! 先生はお前には渡さない!!』」


「「「美しきエルフの女騎士をめぐる、弟子たちの愛憎劇!!」」」


(おい、お前ら! 勝手に怪しげなメロドラマを創作をするな!!)


 ミレティがあむあむと残りの饅頭を食べながら、俺を見つめた。


「そうなんですか、エルリット?」


「は……ははは。そんな訳ありませんよ。マシャリアさんの弟子なんて言っても、俺の剣の腕なんて知れてますし。そもそも、つい最近ですよ? 俺が剣の弟子になったのは。大体、あいつは何なんですか?」


 校長はごっくんと饅頭を飲み込むと、満足そうに微笑みながら言った。


「あの子は、ラセアル・マレンシエ。マレンシエ伯爵家の嫡男です。エルフ族という事もあって、伯爵が息子のラセアルを子供の頃からマシャリアに頼み込んで弟子入りさせたんですよ。泣き言も言わずに努力をする子だと、マシャリアもとても可愛がってます」


 まさに貴公子の名にふさわしい身分である。

 それに、あのマシャリアが可愛がるって事はよっぽどだ。


(やばそうな相手だな)


 しかし、何で俺の事をあんな風に目の敵にしているのかが分からない。



「お前、自分がマシャリア様の一番弟子だとか言いふらしたんじゃないのか。あいつ、マシャリア様の事になると、人が変わるからな」


 いつの間にか、ミレティ校長の後ろにヨハン先輩が戻ってきている。

 先輩は校長にエリザベスさんの隣の席を奪われて、少し恨めしそうな顔をしていた。

 俺はヨハン先輩に答える。


「そんな事しませんよ。相手は四大勇者ですからね」


 許可も得ずあのマシャリアの一番弟子だなんて名乗るほど、俺は命知らずではない。

 白狼たちに『ガブッ!!』っとされるのは、ギルバートさんだけで充分である。

 

「それより、ヨハン先輩何なんですか? その首にかけているものは」


「ふっ、うらやましいか。僕の宝物だ」


 ヨハン先輩は首にストラップのようなひもをかけており、その先にはエリザベスさんのサイン入りの『魔写真』の入ったケース下がっている。

 売店の魔写真コーナーで売ってるケースを、早速買ってきたのだろう。

 落ち込んでもただでは起きない男だ。

 それを見て、エリザベスさんはにっこりと微笑むとヨハン先輩に言った。


「あら宝物だなんて、可愛いのねヨハン君。嬉しいわ、そんなに大事にしてくれて」


「と、当然です!!」


 そう言って敬礼するヨハン先輩の顔は、可愛いと言われて半分とろけかけている。

 しかし、あれだけ女子軍団に罵倒されても帰って来るとは打たれ強い奴だ。

 使い魔でこんがり焼いても、エリザベスさんの声援があれば不死鳥のように立ち上がってきそうである。


(エリザベスさんがもしいたら、あの三十二魔撃は発動してたかもしれないな。ある意味恐ろしい奴だ)


 俺は少しあきれ顔で、ヨハン先輩を見ていた。

 すると、ヨハン先輩は軽く咳払いをして真顔になると言った。


「あいつは強いぞ、エルリット。でもな、お前はこのヨハン・リートアに勝ったんだからな! いい試合をしろよ! あっさり負けたりなんかしたら、承知しないぞ!!」


「ええ、どうなるか分かりませんけど、頑張りますよ」


 意外とツンデレである。

 まあ、基本は熱血漢のヨハン先輩を俺は嫌いではない。


 あのエルフの少年の事については、今日学校が終わったら王宮に寄ってマシャリアに聞いてみよう。

 何か分かるかもしれない。

 そんな事を考えていると午後の授業が始まる合図の予鈴が鳴ったので、俺たちは小さなランチパーティを解散したのである。





 さて午後の授業も終わり、教室を出て校舎の入口に着くと、先に授業が終わったエリーゼがエリザベスさんや俺の護衛騎士たちと一緒に待っている。


「エルリットです!」


 嬉しそうに俺に抱きつくエリーゼと一緒に馬車に乗り込むと、俺たちは王宮に向かった。

 あの後、マシャリアに誤解を解いて貰うと言ったところ、エリザベスさんも賛成してくれたからな。

 王宮に着くと、ギルバートさんが迎えてくれる。

 さっそくマシャリアの事を聞いてみた。


「ああ、マシャリア様なら今、飛竜の厩舎にいるはずだよ。今朝届いた飛竜が珍しい飛竜でね、エルリット君も見てみるかい?」


「いいんですか?」


 厨二病の俺としては、飛竜を側で見られるなんてワクワクする。

 さっきは、すぐに飛んで行ってしまったからな。

 しかも、ギルバートさんが言うには珍しい飛竜らしい。


「構わないよ、従属の首輪はもうつけてあるからね。エリザベス様とエリーゼ様も宜しければご一緒に。危険はございませんので」


 その言葉に、エリザベスさんはにっこりと頷いた。

 俺はギルバートさんに尋ねた


「何ですか、その従属の首輪というのは?」


 俺の言葉にギルバートさんは歩きながら答える。


「飛竜を従わせるための首輪だよ。特殊な魔法がかかっているんだ、飛竜狩りの時にはそれをまず捕らえる飛竜の首にかけるんだよ」


 なるほど、考えてみたら小型とはいえ相手はドラゴンだからな。

 普通に捕らえようとしたら、お互い無傷では済まないだろう。

 エリーゼはエリザベスさんの後ろに隠れて、少し不安そうに言う。


「飛竜さっき見ました! 大きいです!」


 ラセアルが乗ってきた騎士団の飛竜を、ランチタイムに見たからな。

 ギルバートさんが笑いながら言った。


「大丈夫ですよエリーゼ様、大人しいものです。白くて美しい飛竜ですよ、それにつがいなんです」


 白い飛竜か、それは綺麗だろうな。

 普通の飛竜は、ラセアルが乗っていたのと同じように深いグリーンの鱗だからな。

 エリーゼは不思議そうにギルバートさんを見ると、エリザベスさんに聞いた。


「何ですか? つがいって」


 エリザベスさんは、優しくエリーゼの髪を撫でながら答える。


「夫婦って事よ。お父様と母様のように仲良しなのよ」


 ラティウス公爵が完全に尻に敷かれているが、言っている事は間違っていない。

 それを聞いて、エリーゼは嬉しそうに微笑むと俺の手を握った。


「エルリットとエリーゼも仲良しです! 白い飛竜、エリーゼも見に行きます!」


 婚約の件を知らないギルバートさんは、微笑ましい目でエリーゼを見ている。

 おままごとか何かと思っているのだろう。


「エリーゼ様は、すっかりエルリット君がお気に入りですね」


「奥さんで、お姉ちゃんです!」


 俺たちは、ギルバートさんの案内で飛竜の厩舎に向かった。

 しばらく歩いて王宮を抜けると、王国の聖騎士団の宿舎が見えてくる。

 さらに少し歩くと、立派な白い建物が見えて来た。


「あそこです、飛竜の厩舎は」


 希少な生き物だけに、大事にされているようだ。

 そして、ギルバートさんはいたずらっぽく笑った。


「実はもう一つ特別な事があるんですよ。さっき殻の中でだいぶ動いてましたから、もしかすると今頃は……」


(ん? 殻の中で動いてた?)


 飛竜の厩舎の入口の扉を、ギルバートさんが開ける。

 入口近くの場所に、白く美しい2頭の飛竜がいる。

 ギルバートさんが言っていた飛竜だろう。

 だが、俺たちの目をくぎ付けにしたのは、飛竜の近くに立っているマシャリアが腕に抱く生き物だ。


「キュイ?」


 その生き物はそう鳴いて、大きな瞳で不思議そうにこちらを見て首を傾げていた。

 エリーゼが目を輝かせて、それを見つめている。


「何なんですかあの子! 可愛いです!!」

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