第二十二話 ランチタイム
「まあ! 私も見たかったわ、エルリット君のその姿!」
そう言って俺に微笑んでいるのは、エリザベスさんである。
今は昼休みで、ここは学園の中庭にあるランチスペースだ。
立派な椅子とテーブルが置かれた、豪華なオープンカフェのような雰囲気である。
エリザベスさんは昼食に合わせて、家からお弁当を持ってきてくれたのだ。
まあ、公爵家の料理人が作ったものだから、お弁当と言うにはあまりに洒落ているのだが。
食堂には売店もあるので、外で食べている生徒も多い。
「凄かったですエルリット! エリーゼ一生懸命応援しました!!」
嬉しそうに微笑むエリーゼは、やっぱり可愛らしい。
周りには、何故か沢山の女子生徒がいる。
どうやら、エリザベスさんのファンらしい。
「エリザベス様! 今日のお召し物とても素敵です! 私ずっとファンだったんです!!」
「ちょっと何抜け駆けしてるのよ! 私もファンでした!!」
「「「憧れの、歴代ミス士官学校グランドクイーンにお会いできるなんて!!」」」
俺はモグモグとお弁当を食べながら、キラキラと光る女学生たちの視線を眺めていた。
(凄えな。やっぱり只者じゃねえわ、エリザベスさんは)
男子生徒は、遠巻きにこちらを見ている。
こんな時、男はシャイなものだ。
問題はちゃっかりと、エリザベスさんの隣の席に座っている野郎だ。
俺は取りあえず聞いてみた。
「あのですね、ヨハン先輩は何でここにいるんですか? もしかして、さっきの戦いで俺との熱い友情を感じたとかですかね?」
ヨハン先輩はあっさりと言った。
「馬鹿かお前は。何で僕がお前にそんなもの感じないといけないんだよ、気持ち悪い。言っとくが次は僕が勝つからな!」
(……こいつ、やっぱり使い魔でこんがりと焼いてやれば良かったな)
それにしても、意外と切り替えの速い奴である、まあいいか落ち込まれても面倒だ。
ヨハン先輩は試合の後、暫くは魔力切れでぐったりしてたんだが、昼休みの時間にエリザベスさんが俺を迎えに来るとなぜか飛び起きた。
先輩は軽く咳ばらいをして、ポケットから一枚の『魔写真』を取り出す。
魔写真とは魔法のかかった写真で、短い動画のように微笑んだり手を振ったりする。
言ってみれば、少しだけ動く有名人のブロマイド写真みたいなものだな。
エリザベスさんは、それを見て嬉しそうに笑った。
「まあ、懐かしいわ! 私のミス士官学校の時の魔写真ね!」
エリザベスさんの笑顔に、ヨハン先輩は真っ赤な顔になっている。
「ぼ、僕はエリザベス先輩の大ファンなんです! まるで清楚な月の女神のようなその瞳、そして白薔薇の様な気品!! 歴代ミス士官学校グランドクイーンにして、ファルルアン社交界の華!!」
歯の浮くようなセリフも、相手がエリザベスさんだとそうは感じないのが不思議だ。
「あら! 嬉しいわ、貴方のお名前は何ていうの?」
エリザベスさんのその言葉に、ヨハン先輩は椅子から立ち上がると直立不動の姿勢で名乗った。
「ヨハン・リートアと申します! エリザベス先輩」
そう言って、ヨハン先輩はビシッと敬礼をした。
エリザベスさんは手慣れた風に羽ペンを取り出すと、『魔写真』にサインをしてヨハン先輩に渡す。
「これでいいかしら? ヨハン君」
「か! 家宝にします!!」
どうやら、ヨハン先輩がやたらラティウス公爵に噛みついていたのはこれが原因なのだろう。
感激をしているヨハン先輩を横目に見て、女子軍団が文句を言い始める。
「何よあんた! 厚かましい!!」
「大体さっき、あんたエルリット君に負けてたじゃない!」
「「「そうよ、図々しいのよ!!」」」
そのあまりの言い分に、ヨハン先輩はぶち切れた。
「何だと! 僕を誰だと思ってる!! 士官学校ランキング5位のヨハン・リートアだぞ!!」
俺はモグモグとまたランチを食べていたが、一応突っ込むべきところは突っ込んでみた。
「あの……悪いんですけどヨハン先輩。俺が5位なんで、先輩は6位じゃないかと?」
「なっ! お前!!」
俺の言葉に、女子軍団はみんな頷いた。
「そうよ! 6位じゃない!!」
「6位のくせに生意気なのよ!!」
「「「消えなさいよ、この負け犬!!」」」
ヨハン先輩がうぐっと涙目になっている。
「うぁああああああああ!!!」
そう叫んで先輩は走り去った。
俺に負けた時よりも、はるかに精神的ダメージが深そうだ。
エリーゼは去っていくヨハン先輩を不思議そうに眺めると、デザートのイチゴみたいな果物をぱくりと食べた。
「おいしいです! エルリットにもあげます!」
嬉しそうに笑って、その果物を俺の口の側に持ってくる。
それを俺もぱくりと食べた。
「おいしいですか、エルリット?」
「ああ、おいしいよエリーゼ」
エリーゼは、俺がごくんとそれを飲み込む顔を見てにっこりと笑う。
その光景を見て、エリザベスさんファンクラブの面々はきゃあきゃあと騒いでいる。
「可愛すぎますエリーゼ様、まるで小さな奥様ですわね」
「エリザベス様、いつ発表されるんですか? エリーゼ様とエルリット君の婚約は!!」
「「「ぜひ、お祝いしたいですわ私達も!!」」」
エリザベスさんはにっこりと笑うと
「そうですわね、エルリット君が一番になって、爵位が貰える目途が付いたら陛下にお許しを頂こうと思ってますのよ」
すると、エリザベスさんファンクラブの面々が大きく目を見開いた。
「まあ! 士官学校の『四貴公子』に勝つおつもりなんですか!?」
おそらく今日いなかった4人の事だろう。
背景に薔薇を背負ってそうな連中だな、名前だけ聞くと。
せっかくなので俺は女子生徒たちに、そいつらの事を聞いてみることにした。
「どんな連中なんですか、その『四貴公子』とか言うのは?」
俺がそう尋ねると、すぐ近くから可愛らしい声がした。
「うふふ、わたくしがお答えしましょう」
走り去ったヨハン先輩の席に、いつの間に現れたのかちょこんとミレティ校長が座っている。
噂話が大好物なだけあって、何の違和感もなく話に入ってくるのがさすがである。
エリザベスさんは、笑顔でミレティ校長に話しかける。
「あら、ミレティ先生! そうですわ、お土産があるんですのよ、先生に」
エリザベスさんはそう言うと、華やかな紙の箱を校長の前に置いた。
ミレティ校長の可愛らしい顔がパッと輝く。
「エリザベス! 貴方は本当に昔から気が利く良い子ですね!!」
箱の中には、綺麗な包み紙に入った例の饅頭のようなお菓子が山積みされている。
さすがエリザベスさん、校長の好物は押さえてあるようだ。
さっそくミレティ校長はあむあむとそれを食べながらご機嫌な顔で言った。
「エルリット、飲み物お願い出来ます?」
俺はさっと飲み物を差し出した。
そしてついでに聞く。
「あの、さっきの事ですけど……」
ミレティは、不思議そうに俺の顔を見る。
「さっきのって、何でしたっけ?」
どうやらミレティ校長の中では、四貴公子とかいう奴らよりも饅頭の方がはるかに優先順位が高いらしい。
俺は軽く咳ばらいをして言った。
「あのですね、『四貴公子』って奴等の事です。そもそも、今日いなかったのは何でなんですか?」
「ああ、そうでしたね。忘れてました」
ごくんと飲み物で饅頭を流し込むと、ミレティ校長は言った。
「実はあの子たち、3日前から数人の王国騎士たちと一緒に出掛けてるんです。ちょっとした実戦も兼ねて」
(ほう、士官学校の学生なのに、もう実戦に出てるのは凄いな。そう言えば、ロダル教頭がそんな事を言ってたか)
特別選抜コースの生徒は場合によっては、実戦に駆り出される事もあるなんて言ってた気がする。
「実戦って何しに行ったんですか、まさか戦争って訳でもないでしょう?」
「ええ、陛下に献上する飛竜を狩りに出かけたんですよ。最近、西のレバス峡谷に良い飛竜が出るって噂でしたから。でも、そろそろ帰って来ているはずですよ、昨日良い飛竜が手に入ったと知らせがありましたから」
飛竜と言うのは比較的小型の竜で、飼いならして移動の手段に使うドラゴンだ。
貴重な存在で、その数は限られてる。
例えば今、俺の視線の先に飛んでいるようなヤツだ……
(うそだろ、おい!!)
どう見ても飛竜にしか見えない生き物が、一直線に士官学校の中庭に向かって飛んでくる。
噂をすれば何とやらにも程があるだろう。
「あら? あれは、騎士団の」
ミレティが、呑気な声で空を見上げた。
見事に操縦されたグライダーのようにその飛竜は中庭に舞い降りると、高く一声鳴いて大人しく地面に伏せた。
飛竜の背中から、一人の少年が地面に降り立つ。
背が高い中性的な美少年である。
(ん? エルフかこいつ)
その耳はマシャリと同じように長い。
着ている服を見ると、どうやら士官学校の生徒らしい。
少年はつかつかとこちらに歩いて来て、ミレティ校長に一礼する。
そして言った。
「ミレティ先生……どいつですかエルリット・ロイエールスとか言う奴は! 今すぐこの僕がぶっ飛ばしてやります!!」
どうやら、ゆっくり昼飯も食えないらしい。
ミレティ先生が微笑みながらこっちを指さした瞬間、俺はそいつに剣を突き付けられていた。
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