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第二十一話 魔撃の射手

 ヨハンの体から湧き上がる猛烈な魔力に、3つの校舎から思わず声が上がる。


「すげえ魔力だ、さすがヨハン先輩!」


「終わりだぜ、あの新入生!」


「出るぞヨハン先輩の『四魔撃』が!!」


「「「吹っ飛ばせ!!」」」


『四魔撃』とかいう厨二病な名前は横に置いておいたとしても、これは中々やばいヤツだ。

 おそろしい程の魔力がヨハンから湧き上がると、それは一瞬にして魔法として発動する。

 強い魔力によって空中に具現化した魔法陣、術式としての発動速度も悪くない。

 四つの魔法陣に、一瞬にして発動に必要な魔力が充填されるのを感じた。


(さすが、ミレティ校長の教え子だな、通常の魔法なら詠唱など必要なしか)


 しかも、その魔法陣から感じる属性が全て違う。


(四魔撃か、なるほど上手く言ったものだな、器用な野郎だ)


 当然ながら、同じ系統の魔法を四発撃つのとは必要な技量が全く違う。


「くらえ!!」


 ヨハンの叫びと共に、魔法陣が同時に発動した。


 正面から、まるでドリルのように回転しながら細長い氷と岩のやいばが迫って来る。

 それを避けようと横に逃げれば、右なら横薙ぎする風の刃に両断され、左なら炎の剣に刺し貫かれるだろう。

 相手に逃げ道を作るほど、甘い相手ではなさそうだ。


(こりゃあ、並みの魔法使いなら打つ手なしだな)


 逃げずに留まったとして、一つか二つの属性攻撃を防御する事が出来たとしても残りの魔撃にやられることになるだろう。


「「「うぉおおおおおおお!!!」」」


 物凄い轟音と、巻き上がる粉塵に歓声があがる。

 プスプスと煙が上がり一瞬で水蒸気になった氷の槍が、霧状の煙を立ち昇らせた。

 魔撃と呼ぶだけはあって、魔力が凝縮されたその威力は凄まじい。

 直撃すれば骨も残らないだろう。

 校舎からまた歓声が上がった。


「凄ぇええええ!! 瞬殺だぜ!!」


「見たかよ! 四属性攻撃を、ほとんど同時に叩き込んだぜ」


「当たり前だろ。あんなガキ相手になるはずないだろ」


「本当に死んだんじゃないか、あいつ?」


「「「ざまあみろ!!」」」


 清々しい程のアウェイ感は、もう受け入れるしかないだろう。

 王族の教室に作られたテラスから、悲鳴が聞こえた。


「エルリット! エルリット!!」


 エリーゼが、まるでテラスから落ちそうな勢いで闘舞台へと身を乗り出している。

 俺は慌てて風魔法でエリーゼの体をテラスの内側に戻す。


「あう……エルリット。エルリットです!!」


 エリーゼの顔がまたパッと明るくなる。

 俺はその頃、最初に立っていた場所から10mほど離れた場所にいた。

 この試合の審判である、ミレティのすぐ隣である。

 俺は腕を組みながら、ミレティ校長に話しかけていた。


「聞いてもいいですかミレティ先生、あいつ何位なんですか? 普通に強いんですけど」


「うふふ、そうでしょう? 自慢の弟子ですからヨハンは。ランキングは5位です、ちなみにあんなものじゃないですよヨハンの本気は」


 俺のそのセリフに、ミレティは誇らしげに小さな胸を張った。


「ほう、彼が……すると後4人ほど上に?」


 俺がそう言うと、ミレティは笑顔で頷いた。


「ふふ、今日はとある事情でここにはいませんけどね。彼よりも強いですよ、その4人は」


 どうやら、教室にあった空席に本来座るべき連中だろう。


「なるほど、ところで相談なんですが先にその連中の必殺技とか教えてもらえませんかね? 『四魔撃』みたいにやばい名前が付いてる技を持ってそうじゃないですか、そいつらも」


「うふふ、駄目です」



 3つの校舎のテラスにいる生徒たちが固まっている。

 静まり返った会場に、さざ波のようなどよめきが起きていく。


「何だよ……何であいつあんなところにいるんだよ」


「見えたか? あいつが動いたの」


「見えるわけねえだろ! 見えたらこんなに驚いてねえよ」


「でもなんだかムカつくよな。あの態度」


「「「確かに!!」」」


 もはや、何をやってもムカつかれるので、気にならなくなってきた。

 ヨハンが俺を睨んでいる。

 そして、低い声で静かに言った。


「どうやってかわした?」


 俺は思わず身構えた、目の前の少年の目の色が変わっていく。

 この雰囲気、さっきまでとは違う。

 身にまとっている魔力の量が桁違いだ。


(なるほどな、ミレティ先生が言うように。さっきのはまだ本気じゃなかったわけだ)


「一応詫びておいてやる、あれを避ける程度の力がある事は認めてやるよ。でも、これで終わりだ!!」


 ヨハンがそう叫んだ瞬間、物凄い数の魔法陣が現れる。

 その数は、軽く10を超えている。

 校舎から歓声が上がる。


「うそだろ! ランキング上位者以外に使うのなんて見たことないぜ」


「ああ、ヨハン先輩本気で殺す気かよあいつの事」


「「「見ろ! 『十六魔撃』が来るぞ!!」」」


 魔法陣に、恐ろしいスピードで魔力が充填される。

 四つの属性の魔法がそれぞれ四つづつ、合わせて十六の魔法陣から俺に向かって魔法のやいばが飛んでくる。


「おい! 何でミレティ先生止めないんだよ」


「本当に死んじまうぞあの新入生!!」


 生徒たちの目が大きく見開かれる。


「「「なっ!!」」」


 俺の周りに瞬時に魔法陣が現れる、まるで迫りくる魔撃を迎撃するミサイルを放つ砲台のように。

 その砲門の数は同じく十六。

 一瞬にして魔力が満ちて発動するとヨハンの魔撃のすべてを撃ち落した。

 物凄い爆音が闘舞台に響き渡る。


 まあ、確かにそこらの魔法使いなら打つ手なしだろう、だが俺の魔法の才能は魔王級だ。


「馬鹿な!!」


 朦々と立ち昇る煙と水蒸気の中で、ヨハンは声を上げて俺を見つめている。

 その唇は震えていた。


「撃ち落したのか……さっきも!」


 最初の四魔撃を撃ち落したのは俺の作った魔撃だ、直撃する寸前に撃ち落して爆発の瞬間文字魔法の書かれた靴で移動した訳だ。


「出来るはずがない! 嘘だ! そんなスピードで術式を発動させられる訳が無い!!」


 ヨハンの顔が青ざめて、後ろによろめきながら下がる。

 ミレティがそれを見て静かに言った。


「勝負ありです、いいですねヨハン?」


 ミレティがヨハンを見つめた。

 ブロンドの少年は唇を噛んで首を振る。


「嫌だ! まだ負けてない!! 僕は『風の魔女ミレティ』の弟子だ! こんな奴に負けるものか!!」


 その瞬間、ヨハンの魔力が限界まで高まる。

 一瞬にして、三十二個の魔法陣がヨハンの周りに作られる。


(まじかよ、もうとっくに、限界超えてるはずだぞ)


 ドーム状に作られた魔法陣が、俺を狙っている。

 さすがに、これが一斉に発動するとなると厄介だ。


「うぉおおおおおおおお!!」


 吠えるようにヨハンは叫んだ。

 まるで、魂から魔力を絞り出すような気力を感じる。


 だが、先に発動したのは俺の魔撃だ。

 魔力を使い果たして棒立ちのヨハンを仕留めるのには、一撃あれば十分だ。

 俺が作った炎の刃がヨハンの体を貫く。


「そこまでです!!」


 ミレティ校長の声がそう宣言すると、ヨハンの目の前で小さなミレティが手を広げて俺の魔撃をはじき返した。

 例のミレティ人形である。

 ヨハンの名札についていたものだ。

 高位の魔女は、色んな小道具を使いこなすと聞いたがこれもその一つだろう。


 ヨハンが描いた三十二個の魔法陣は消えている。

 とっくに目の前の少年の魔力は枯渇していたのだ、そのすべてに魔力の充填など出来るはずもない。


 ブロンドの少年は、すでに俺の目の前で完全に気を失っていた。

 俺は崩れ落ちるその体を抱きとめると、静かに闘舞台に寝かせた。


(……大した野郎だぜ。すげえ気迫だった)


 ミレティは静かにヨハンに歩み寄ると、しゃがんでその髪を撫でた。


「馬鹿な子ですね、意地を張って。ヨハン、貴方は本当に馬鹿な子です、でも私の自慢の弟子ですよ」





 静まり返っていた教室テラスから静かに拍手が響いていく。


「すげえ……」


「あいつ、ヨハン先輩に勝ちやがったぞ!」


「凄げえぞ、見たかよあの魔撃を全部撃ち落しやがった!!」


「それに見ろよ、結構いい奴だぞあいつ!!」


 いつの間にかアウェイ感が無くなっている。

 そうさ、試合が終わればすべてノーサイドだ。

 エリーゼがこっちに向かって手を振っている。


「エルリット! 凄くかっこよかったです!!」


 俺もエリーゼに手を振る。


(ん、なんだ?)


 どうやら、エリーゼだけではなく中等部、高等部のお姉さんたちが俺に手を振っているようだ。


「ねえみんな、あの子可愛くない? エルリット君! 素敵だったわよ!!」


「「「エル君!! こっち見て!!」」」


 さすがランキング戦である、勝つと男として箔が付くようだ。

 これがモテ期と言うやつか?


「くそっ! 何が結構いい奴だぞだよ! やっぱりムカつく奴じゃねえかよ!!」


「何がエル君だよ! てめえ! ニヤニヤしてんじゃねえよ!!」


「「「ムカつくんだよ!!」」」

 

 どうやら、やっぱりこちらはノーサイドではないようだ。

 ミレティ先生はにっこりと笑って俺に話しかける。


「流石に速いですね。貴方の強さの秘密は使い魔だけじゃない、その魔力と術式の発動速度です」


 俺は首を傾げた、あんまり意識はしたことが無いんだが。

 まあ確かに今回は使い魔たちは温存した、まだ上に相手がいると分かってる以上手の内はなるべく見せないのが当然だからな。

 でも、もしあの三十二魔撃が発動してたら使わざる得なかっただろう。

 四大勇者以外にこれだけ強い奴がいるって分かっただけでも、今回は収穫だと言える。


「校長室で、ロダル相手に使い魔を召喚した時に驚きました。わたくしとほとんど変わらない速さでしたから」


 あの時は、ただの女の子で校長だと思わなかったからな。

 しっかりと冷静に観察されてたわけだ。


「一応、自分の魔力に合わせて三種類の古代言語を混ぜて術式を作ってるからですかね?」


 魔法はまるで指紋のように個人差がある。

 いわゆる、魔法紋と呼ばれるものだ。

 その差に合わせて術式を書き換えてやるだけで、その発動速度は僅かならがではあるが変わって来るからな。

 七年間、じい様の書庫に籠っている時にその手の本は読み漁って研究済みだ。


「うちのじい様の書庫に『三大古代言語による高度術式の最適化』だの『魔法紋に合わせた術式の高速化論』とか言う本が腐るほどあったんで、全部読んで片っ端から実験してみたんですよ、暇だったんで」


 厨二病の俺にとっては、結構楽しい実験だったけどな。

 いかに自分の魔力が伝導しやすい魔法陣を描くか、それは魔法使いにとっては永遠の研究課題である。

 実戦では一瞬の差が命を分けるだろうからな。

 ミレティ校長はあきれたように俺を見つめた。


「貴方当たり前みたいな口ぶりで、物凄いこと言ってますよ。やっぱり貴方は面白い子です。うふふ、一度本気で貴方と戦いたくなってきました」


「は……ははは。遠慮しておきますよ」


 俺は願い下げだ。

 マシャリアと戦ってみて十分理解したからな、今の俺ではまだ四大勇者には勝てないことが。

 だが、いつかは勝てる日が来るかもしれない。

 その自信が出来たらやってみたいな。


 まあとりあえず、これで俺はランキング5位になった訳だ。

 残りは4人か。

 5位でこれなら、油断は出来ないだろう。





 闘舞台の隅でリーナは笑っていた。

 ポニーテールの髪が風に揺れている。


「どう思いますエルーク様。あのエルリット君、やっぱり邪魔になると思いますか?」


 だが、話し相手はどこにもいない。

 ただリーナの影だけが、地面に浮かんでいる。

 少女の問いに、その『影』が答えた。


「お前なら勝てるかあの小僧に?」


 リーナは影の方は見ずに答える。


「冗談はやめて下さい、ヨハンでも負けたんですよ。私はランキング六位ですから『この姿のまま』じゃ勝てません」


 口ではそう言っているが、少女の目は怪しげな光を帯びてエルリットを見つめている。

 影は揺らめきながら言った。

 まるで笑っているようだ。


「まあいい、今はそっとしておけ。あの小僧にはいずれ役に立ってもらうことになるかもしれん」


 リーナは自分の『影』がただの影に戻ったことを確認すると何も無かったかのように、にこやかに笑っていた。

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