第一話 女神の憂鬱
目の前の金髪美人は、何やら難しい顔をしている。
俺は美貴を庇ってトラックに跳ねられた後、気が付いたらここにいた。
白く美しい光に満ちた大きな部屋だ。
「何で助けるのよ!」
「はあ?」
ちなみにこの会話はもう3度目である。
「あのね、普通あれだけ嫌われてたら助けないでしょ? 何で助けるの! 予定が狂ったじゃない!!」
「は、はあ……でも兄妹ですし」
「は!? あんた馬鹿なの!!」
ちなみに、この人は自称女神である。
女神がこんな事を言うようじゃあ世も末だ。
「とにかく、あんたは死ぬはずじゃなかったの! どうしてくれるのよ私のキャリアに傷が付くでしょ!! 私は来年は1級神を目指してるんだから!!」
「はあ……」
ここに来て俺の台詞は殆ど「はあ」だ。
どうやら、神様の世界も色々大変らしい。
目の前の金髪美女は、イラついた様子で爪を噛む。
「予定に無い魂が天国に行くなんて、大問題になるわよ。何よいつもは意気地の無いオタクの癖に、最後はかっこつけて!」
意気地の無いオタク……美人に言われると真実でも辛い事があるものだ。
「いいわ、あんたもう一度人生やり直しなさい! ばれない様に後で書類は作っておくから」
俺はふと美貴の事が心配になった。
「あの……美貴は大丈夫なんですか? 代わりに、これから死ぬとかないですよね」
「無いわよ! あの子の分はさっき書類を改ざんしたから。いまさら殺せないでしょ! それこそ降格されるわよ私が!」
ある意味、この人がやり手(悪い意味で)で良かった。
「さあ行くわよ、元の世界にって訳には行かないけど。あんたを転生させてあげる」
「ちょ! ちょ! ちょっと待って下さいよ!!」
異論を挟んだ俺を女神が睨む。
「何よ!?」
「だって天国に行くはずだったのに、訳の分からない世界に行きなさいってちょっと納得出来ない気がして……」
「何言ってるのよ! オタクの癖に贅沢言わないで!!」
オタクに人権はないのか……これはさすがに切れてもいいだろう。
俺は大声で叫んだ。
「誰かぁああ!! 他の神様ぁああ!! この女神様が俺の事無理やり……」
そこまで言ったところで、目の前の金髪美女は俺の口を塞ぐと涙目になった。
「分かった……分かったわよ……何をして欲しいのよ一体」
「まず、俺が転生する世界の事を教えてください」
当然の要求だ、まずそれが分からないと話にならない。
女神は俺を睨んで言った。
「アルースインという世界よ。あんたが今までいた世界と違って、魔法とか魔物とか魔王とか色々居るわね」
(おい! 天国の代わりに送り出すには物騒すぎるだろ!)
俺がジト目で見ていることに気が付いて、女神はため息を付く。
「分かったわ、魔法の才能を魔王並みにしてあげる。それでいいでしょ魔王よ魔王、もちろん努力しないと才能は開花しないけど」
「才能があっても、成長する前に死んだら?」
「知らないわよそんなこと……分かったから大声出さない! 大きな貴族の家に生まれればそんな心配ないでしょ、ハンサムな貴公子にしてあげるわよ。これで満足でしょ!」
(意外と押せば出てくるもんだな、もう一押してみるか)
「新しい妹とかって駄目ですか? ほら今度は俺、お兄ちゃん大好きって言ってもらえるような男になりたいんですよ!」
「知らないわよ!! そんなの新しい両親に頼みなさいよ! 毎晩ギシアンしてってね!!」
(ギシアンてあんた……)
女神も少し言い過ぎたと思ったのか、軽く咳払いをして俺の額に指を当てる。
「これはおまけ、向こうに行っても言葉が分からないと困るでしょ。これでアルースインの全ての言語を理解できるわ」
「ありがとうございます!」
瓢箪から駒とはよく言ったものだ。
「さあもう行きなさい!」
女神の体が白く輝き出す。
「あ、あの。頑張って1級神になって下さいね! 応援してます!」
何をどう応援するのか全く自分でも分からないが。
最後に俺がそう社交辞令を言うと、女神は俺の額を指先でぱちんと叩いて少し笑った。
その瞬間、目の前が白くなり俺は完全に意識を失っていた。
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