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第十七話 校長室の中で

 テストの後、俺は士官学校の校長室にいた。


 目の前に白髪のじいさんがふんぞり返って座っている。

 校長の椅子にふんぞり返っているぐらいだから、この学校の校長なのだろう。

 俺と俺をここに連れてきた中年の試験官は、そのじいさんの前に立っている。


 アンティークばりの彫刻が施された机の上には白い皿があり、その上には饅頭に似た菓子が積み上げられていた。

 そして、そばにある湯飲みの様な入れ物には飲み物が入っている。

 意外と偉そうな見た目とは違って、茶菓子が好きな気のいいじいさんなのかもしれない、などと思っていたらやはりそうではなかった。


「何を言っておる!! 7歳の新入学生を、高等部の特別選抜コースに入れろだと? 馬鹿も休み休み言わんか!!」


 ド迫力である。

 士官学校の校長らしく、まるで軍人のようにガタイがいいじいさんだ。

 身長190cm体重は100kgは越えそうな、筋肉隆々の巨漢である。

 俺を連れてきた試験官係の教師が、震え上がっているのが見えた。


「高等部のしかも特別選抜コースの生徒ともなれば、時として正規軍と共に国王陛下の為に戦場に立たねばならん! 戦場でこのようなガキのお守りをしている暇があるか!!」


 自分の学校の生徒をガキ呼ばわりするのはどうかと思うが、まあしかし言っている事はもっともだ。

 なにせ、俺は今日入学したばかりだからな。


 士官学校は初等部、中等部、高等部に分かれている。

 満年齢で言えば初等部は7歳~9歳、中等部は10歳から12歳、高等部は13歳~15歳である。

 基本はそうなのだが、才能に応じて飛び級がある。

 このじいさんが言う事が本当なら、高等部の生徒で才能があるものは実際に戦場に向かうこともあると言う事だろう。


 魔王をぶっ殺すような四大勇者がいるこの国に喧嘩を売るような馬鹿はいないと思うが、どうせ俺は名誉王国騎士だ、ファルルアン王国に何かがあった時は駆り出されるのだから同じだろう。

 毎月約100万のサラリーに釣られて、もう売約済みの体だからな。

 まあ別に金を貰わなくても、ママンがいる国を守るのは当然だ。

 俺を連れてきた中年の教師が、怯えた小動物の様に巨漢の校長を見上げる。


「し、しかしですね。このロイエールス君はあの炎の槍の勇者であられるガレス様の孫であり、この歳で陛下から名誉王国騎士の称号を受けるほどの逸材です。とても普通の教師では教えられません」


 巨漢の校長が俺を睨み付ける。


「何だと! あのガレスの孫だと!!」


 そう言うと、校長は俺を忌々しげに見つめる。

 そして吐き捨てるように言った。


「何が四大勇者だ、ワシだって魔王討伐軍に入っていればきっと奴と同じ成果は残せたのだ! 何が炎の槍の勇者だ! 町中の女どもにちやほやされよってあの野郎!!」


(おっと、ジジイの奴、この校長から派手に嫌われてるな。何か因縁があるらしいが、じいさん同士の因縁とか正直聞きたくないな)


 その時、校長室の入り口が開いた。

 入ってきたのは10歳ぐらいの少女だ。

 綺麗なエメラルドグリーンの髪と瞳をした少女で、いかにも魔法使いといった帽子をかぶっている。

 手には、小さな身長に対しては大きすぎるほど立派な杖を持っている。

 くりくりした大きな目をした可愛らしい少女である。


 俺の前で額に青筋を立てている校長を、まるで存在していないかのように気にとめずに、机の上に乗っている饅頭を手に取るとあむあむと食べ始める。

 そしてあろうことか、ごくんと飲み物まで飲み干した。


「美味しいですねこれ」


(お、おい! 何だこの子!?)


 あまりの大胆さに、一瞬俺は自分しか見えて無い座敷わらしか何かかと思ったぐらいだ。

 最後の一個の饅頭をあむりと食べると、小首を傾げて俺を見る。


(いやいや、待ってくれ。そんな可愛い顔でこっち見られても!)


 やばい、校長の体がブルブルと震えている。

 ただでさえぶち切れる寸前だったからな、いつ爆発してもおかしくないだろう。

 拳を硬く握り締める巨漢の姿を見て、俺は思わず魔女っ子姿の少女の前に立ち塞がった。

 いつ校長が向かってきてもいいように、七匹の使い魔を出して身構える。


 校長の拳がついに振り下ろされた。

 ただし、両手とも床の上に。



「申し訳御座いません、ミレティ様!! ち、ちなみにいつから外にいらしたので?」



(へ?)


 呆然としている俺の目の前で、巨漢の校長は椅子から飛びのいて床に頭を擦り付けて詫びを入れている。

 俺の後ろから声が聞こえた。


「あら、いいんですのよロダル教頭、いいえ校長代理。わたくしが授業でここを留守にする時は、貴方に代行をお願いしているのですし。構いませんのよ、ずっとわたくしの椅子に座って頂いても。どうやらあなた程の男から見ればわたくしの様な『四大勇者』など取るに足らぬ相手のようですから?」


「と、とんでもございません!! そのような事一体誰が! 身の程を知らぬ者ですな!!」


(おいジジイ、とぼけるな。お前がさっき言ってただろうが!)


 俺を連れてきた試験官係の教師が、少女にお辞儀をして言った。


「ミレティ校長、丁度良いところに来て下さいました!」


 『校長代理』はすっかり縮こまって、真っ青な顔をしている。

 そして俺も思わず固まっていた。


 どう言う事だ? 校長ってこの小さな女の子が!? しかも四大勇者って言ってたような気が。

 どこからどう見ても、10歳ぐらいにしか見えないんだか。

 目の前の少女は微笑を浮かべて俺を見ている。


「ふふふ、実はマシャリアから聞いていましたわ、今年はガレスの孫が来るからよろしく頼むと。後で迎えに行くつもりでしたが手間が省けました。貴方がエルリット・ロイエールスですね?」


「あ……はい。そうです」


 目の前の少女はふふっと笑いながら言った。


「マシャリアが気に入るわけですね。この『風の魔女ミレティ』を守ろうなんて生意気な男は、ガレスと貴方ぐらいですわ」


 ロダル校長代理が俺の頭を無理やり下げさせる。


「何をしているガレスの孫よ! ミレティ様はワシやガレスにとって、魔法の師匠であられる! 礼をせぬか! こう見えても御年七十……」


 その瞬間、教頭のロダルの周りに5体の精霊が現れる。

 美しい女の精霊で、透明の羽が生えており手には鋭い鎌のような武器を持っている。


「うふふ、それ以上一言でも喋ったらその舌切り落としますわよ、ロダル。エルリット、貴方も今聞いたこと忘れましたわよね?」


 やべえ……マシャリアもやべえけど、この人も相当やべえ。

 上級精霊を詠唱もしないで喚び出しやがった。

 俺はコクコクと首を縦に振った。


「忘れるも何も。僕は生まれつきの紳士ですから、女性の年齢だけは覚えられないんですよ。はは……ははは」


「ふふふ、いい子ですこと」


 ミレティ校長が何でこんな見た目なのか知りたい気もしたが、まだ死にたくないので今は聞かないほうが賢いだろう。


「エルリット、貴方には明日からわたくしが教える高等部の特別選抜クラスの一員として学んでもらいますわ。いいですわね?」


 俺は頷いた、もちろん不満があるはずも無い。

 何しろあのじい様の魔法の師匠な訳だからな。


「新入生は今日の午後からの授業は無しですからもう帰ってもいいですわ、貴方から何か質問はありますか?」


 俺はせっかくなので一つ聞いておく事にした。

 一番詳しそうだからなこの人が。


「あのですね、もう一人の四大勇者の事を聞いてもいいですか?」


 今頃になって俺は反省していた。

 これ以上予備知識もなく『四大勇者』に出くわすのはごめんだ、心臓に悪い。

 せめて最後の勇者のことぐらい知っておきたい。


(ん?)


 俺の言葉に、ミレティ校長の顔が曇った。

 何かやばい事でも聞いたのかな俺。


「貴方が会ってないのは大地の魔道士タイアスですね。大地の錬金術師タイアスと言った方が通りがいいでしょうか。植物や鉱物などを使った魔法や錬金術が得意な勇者でした」


 でした? なんで過去形なんだ。

 俺の表情から察したのだろう、ミレティ校長は言った。


「3年前から行方不明なのです『少し旅に出る』と置手紙を残して。タイアスがこの国の第二王子の家庭教師をしていた時ですから、それを放り出して何処かに行くなどと、皆首を傾げたものです」


 第二王子といえばエルークとかいうあいつか、赤と青の瞳を持つ王子。

 怪しい男だ。

 もしそのタイアスとか言う勇者の失踪に、エルーク王子が絡んでいるとしたら。


(まさかとは思うけど、今回のエリーゼの誘拐未遂事件と何か関係があるのか?)


 教頭のロダルが、ミレティの前にさっきの茶菓子を持ってくる。

 先程にも増してテンコ盛りである。


「そんな事よりも、このロダルめが甘党のミレティ様の為にご用意させて頂いた最上級の菓子でもお食べ下さい。ささどうぞ!」


 ミレティは少女の様に瞳を輝かせて(まあ見た目は少女だから当然なのだが)あむあむと山盛りの饅頭を食べていく。

 完全に甘党というレベルを超えている食べっぷりだ。


「んむっ、苦しいです! ロダル飲み物を下さい!」


 瞬間移動のスキルでも持っているのかと思えるほどの速さで、ロダルが飲み物のおかわりを持ってくる。

 それをごくりと飲んで、ミレティ校長は可愛らしい手に饅頭を一つ握って俺に差し出す。


「エルリット、あなたも食べますか? 美味しいですよ」


 魔女っ子で甘党の大食いで70代美少女とか、もう俺の理解を遥に超えた存在である。

 俺は引きつった顔で笑うと、とりあえずその饅頭を食べる事にした。

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