第十五話 赤と青の瞳
俺達が振り返ると、そこには一人の青年がいた。
年齢は二十歳ぐらいだろうか、長い黒髪に穏やかな微笑を湛えている。
(やばいな……)
俺はその笑顔を見た瞬間、思わず身構えた。
目が笑っていない。
印象的な瞳だ、左がルビーレッド、右がサファイアブルーのオッドアイ
表情は穏やかだが、人を見下すような目つきである。
「エルリット君、こんな所にいたのか?」
青年と対峙している俺達に声がかかる、ギルバートさんだ。
ギルバートさんは俺達のいる場所まで歩いてくると、青年に向かって膝をつき深々とお辞儀をした。
「これは、エルーク王子殿下。何か御座いましたか?」
(こいつ、王子なのか?)
その場の雰囲気を察したのだろう。
ギルバートさんはさりげなく俺とエルーク王子の間に入って、俺達に礼をするように促す。
俺はその場に膝を付いて黒髪の青年に頭を下げる。
「これは大変失礼致しました王子殿下、わたくしはエルリット・ロイエールス。恥ずかしながら王宮が広く迷いまして」
(こいつが王子なら余計な事は言わない方がいいな。あの騎士が入っていったのが、こいつの部屋だって分かっただけで今は十分だ)
一国の王子と、真正面からやり合うなんて無謀すぎる。
それにしても……もし例の魔法陣の一件に目の前の男が絡んでいるとしたら厄介な事この上ないだろう。
ギルバートさんがエルーク王子に声をかける。
「エルーク様、ラティウス公爵夫妻とエリーゼ様が都にお見えになられて今歓迎の宴をしております。殿下もいかがで御座いますか?」
エルークは、にこやかに笑うと
「侍女達より聞いている、気が向けば行くとしよう。エリーゼは私にとっても可愛い妹の様なものだからな」
(何が妹だこいつ……)
もし、例の一件に絡んでいるのならば白々しいにも程がある。
王子はそう言うと自分の部屋に入っていく。
ギルバートさんは、ほっと息をついて俺を見つめた。
「困りますよエルリット君、勝手にこんなところに。私もあのお方は苦手なんです」
私もと言う辺り、余程俺は渋い顔をしていたのだろう。
(どうする……何が目的かは知らないが、もし犯人が王子だとしたら俺一人の手には余る。協力してくれる人間が必要だ)
護衛騎士達も、俺と目が合うと頷いた。
この人なら信頼出来るだろう。
「ギルバートさん、少しお話したい事があるんですが」
「まさかそんな……」
俺達は玉座の間の近くの廊下で、ギルバートさんに事の顛末を話した。
それを聞いてギルバートさんは絶句している。
暫く考え込んでいたが、意を決したように俺の目をしっかりと見る。
「分かりましたエルリット君、私がマシャリア様と共に王子の身辺を調べて見ましょう。約束してください一人で危険な真似はしないと。君にはロウエン達の事で大きな借りがありますから」
俺は頷いた。
俺も一応このファルルアン王国に、2人の王子がいる事は知っている。
第一王子はアイオス・ファルルアン
この国の皇太子で、ギルバートさんの話では今は外交の為、隣国へ訪問をしているらしい。
そしてもう一人が、あのエルーク・ファルルアン
幼い頃から高い魔力の適正を持っており、その力は『四大勇者』にも匹敵するのではと噂されている。
皇太子とは腹違いの第二王子である。
結局その後、エルーク王子が玉座の間に現れる事は無く宴は終わった。
公爵一家と共に、最後にもう一度国王に挨拶をすると廊下に出る。
見送りはギルバートさんとマシャリアだ。
歩きながらマシャリアが俺に小声で囁いた。
「エルーク王子の件、ギルバートから聞いた。公爵家には護衛を付ける。お前はエリーゼ様をお側でお守りしろ、王子の件は私とギルバートが探る。もし王子が関わっているとしたら捨てては置けぬ話だ、陛下にも報告せねばならん」
それから俺の背中の剣を見て言った。
「お前は魔法の才能はあるが、剣の腕がからきしだ。これからは私が鍛えてやろう」
それは助かる、実際にマシャリアと戦ってみて魔法と剣が両方使えることで戦いの幅が全く違う事が分かった。
士官学校の帰りにでも、エリーゼと一緒に王宮に寄ろう。
「ありがとうございます、マシャリアさん。でもいいんですか? うちのじい様と犬猿の仲だって聞いてたので、何かあったんですかあの頑固ジジイと?」
あれ? 気のせいかな……まるで氷の女神のような綺麗な顔にうるっと涙が浮かんでいるように見える。
ギルバートさんが慌てて俺に言った。
「エルリット君! マシャリア様にそれを聞くのは禁句ですよ! 昔、フラれたんです、ガレス様に!!」
「氷の女帝の眷属よ、集いて我に従え。グラキエス・ルプス」
マシャリアの周りに白い6匹の狼が現れる。
その狼達はギルバートさんを取り囲んだ。
「な! マシャリア様!!」
マシャリアはギルバートさんを振り返らずに歩いていく。
後ろから白い狼達の声が聞こえた。
「はぁ~ギルバートって顔はいいのですけれど」
「正直すぎて、時々空気が読めないところは困りものですわ」
「どうしましょう、ガブッといきます?」
「え~可哀想ですわ、強めの甘ガミぐらいにしてあげましょう」
「そうね~じゃあいきますわよ」
「ええ」
「「「「「「ガブッ!!」」」」」」
ギルバートさんの悲鳴が聞こえたが、俺も振り返らないことにした。
まだ死にたくないからな。
隣でマシャリアがすんすんと鼻をすすっている、その仕草がやたらと可愛らしい。
「ふ、フラれたのは私ではない! 私がフッたんだ、あんな奴」
「は……ははは。ですよね~」
これ以上深入りすると本当に命に関わる。
詳しい話は内緒で後日ギルバートさんに聞いておこう。
ギルバートさんの悲鳴に公爵達が振り返ったが、何でもないと誤魔化して俺達は馬車に乗った。
馬車が動き出すと程なく公爵家に着いた。
士官学校の入学式までは後一週間ほどある。
ギルバートさんやマシャリアとは定期的に連絡を取っていたがまだ、めぼしい結果は得られなかった。
そして入学式の前日、実家から俺宛に重大な手紙が届いた。
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