第百三十八話 踊りだす文字
「さっき陛下から頂いてきたものよ。私宛ってことだったけど、中身をみたらエルリット君への書簡だったわ」
エリザベスさん言葉に、俺とマシャリアは顔を見合わせた。
フユが机の上に飛び乗ると書簡が入った筒を眺める。
「フユ~、綺麗です! きっと大事なものが入ってるです!!」
筒に映ったフユの顔は広がって見える。
「フユ! フユちゃんこんなに太ってないです!」
相変わらず騒がしい。
エリーゼが、一緒にそれを覗き込んでいる姿が可愛らしい。
その腕に抱かれた白竜の子供のキュイも、大きな瞳でそれを眺めている。
マシャリアはそれを手に取る。
「確かに、普通の書簡にしては容れ物が特別製だな。何が入っているんだ? 開けてみろエルリット」
美しいエルフの騎士は俺にそう言うと書簡を渡す。
「ええ、マシャリアさん」
俺も気になってその筒から手紙を取り出す。
中にはこの国の紋章が記された一通の手紙が入っていた。
「これは……」
「どうしたですかエルリット?」
フユは覗き込んだが、書かれた文字が難しいのか俺の顔を見つめる。
読んで欲しいのだろう。
「フユちゃん、読めないです!」
「分かった分かった、ちょっと待てよ」
ちょっと待てよ、確かになんて書いてあるのか分からない。
だが、俺が読めない言語はないはずだ。
「どういうことだ?」
俺が首を傾げていると、俺の手が触れた部分からまるで文字が生き物のように動き出す。
「うわ! どうなってんだこりゃ!?」
思わずテーブルの上に手紙を落とす。
すると、そこに記された文字は自ら順番を変え並び変っていく。
まるで、文字自体が絵に描かれた小さな動く人形のようだ。
フユが俺の肩から転げ落ちる。
「フユ~! 生きてるです!!」
「ほんとねフユちゃん!」
エリーゼもほっぺたを赤くして、その手紙を覗き込む。
「可愛いです!」
コミカルに動く文字に夢中になるエリーゼ。
それはまるで踊っているかのようだ。
「エルリット、可愛いです! 踊ってます!!」
「はは、そうだな」
炎の精霊であるバロの時もそうだったが、小さくて可愛いものに目がないからな。
まあ、あいつが可愛いかどうかは別だが。
俺は肩をすくめて溜め息をつく。
「これって陛下じゃなくてミレティ先生からですね」
「ああ、そのようだな」
マシャリアも俺の言葉に同意する。
今、国王のじいさんの傍にいて俺のところにこんな手紙を送ってくるとしたら、ミレティ先生ぐらいだからな。
描かれた文字は、既に手紙の外側に飛び出してテーブルの上で文字列を作っている。
「フユ~、手紙から出てきたです!」
「可愛いです!」
益々夢中になるフユとエリーゼ。
フユは歩く文字たちと一緒に行進している。
一方で送られてきた手紙は白紙へと変わった。
「暗号文ってやつですかね?」
「そのようだな、王妃陛下が敵の黒幕だとしたら王宮の中でさえ油断はならない。時々ミレティが使う手だ」
「へえ!」
まるで生きた暗号文である。
あの人はまさに魔女っていう感じだな。
使う魔法の引き出しが多い。
動く文字たちは一つの文章を現すと、次の文章をといったように並び変っていく。
それは、とても一本の書簡では伝えきれない内容だ。
現在の国王のじいさんの周辺の護衛の状況であるとか、これから俺たちに何をして欲しいのか的確に伝わってくる。
「へえ、こりゃ便利だな! 今度ミレティ先生に習おうかな」
どうやっているのかは分からないが、長い手紙を書く面倒がなくなりそうだ。
全てを伝え終えると、動く文字人形たちはその場にゆっくりと倒れ込み動かなくなる。
「フユ~! 動かなくなったです」
「エルリット……」
「はは、二人ともそんな目で見るなって」
二人にとっては可愛い人形のような文字が、動かなくなって悲しいのだろう。
次第に文字はほどけ、紐のようになって消えていく。
しょんぼりするフユとエリーゼ。
キュイも大きな顔を俯かせて鳴く。
「キュキュ~」
エリーゼがしょんぼりしてるのが悲しいのだろう。
「そんな顔するなって。今度俺も同じ魔法を覚えるからさ」
「フユ~、ほんとですか!」
エリーゼは嬉しそうに笑うと俺に抱きつく。
「ほんとに? エルリット大好き!」
学園の連中に見られたらまた、はぜろとか言われそうな光景である。
「まあお蔭で王宮に現時点での警備状況も分かりましたし、王影騎士団とやらもどう動いているのか把握出来ました。でも、俺にこんな機密事項まで伝えちゃっていいんですか?」
何しろ王の影というぐらいの騎士団だ。
その存在すら本来知っている者は限られているはずだからな。
「ああ、エルリット。今は非常時だ、ミレティと私はお前を四大勇者の一人として扱う。ガレスが来るまでは特にな」
じい様のことになるとつい頬を染めるマシャリア。
そう言えばじい様も来るんだよな。
今、リスティが精霊のガルオンに乗って迎えに行っている。
俺も乗せてもらったが、あの速さなら往復しても明日には都に着くだろう。
(おい、マシャリアさん。今、例のレシピを取り出しただろ? 見てたぞ)
その懐から例の『秘蔵版! これが男を虜にする料理レシピだ!』の表紙が少し見えた。
「は、はは……ほんとにじい様に料理を作るんですか? ほら、こんな状況だしやめといた方がいいと思いますよ」
「なっ! わ、私だって最近は腕をぐんぐん上げている!」
……ぐんぐんって。
自分で言うところが不安しか感じられない。
都に来たじい様が空気を読まず、エリザベスさんやミレティ先生の料理をバクバク食って、肝心な時にマシャリアに落ち込まれたら一大事だ。
その戦闘力は四大勇者の中でも最強クラスだからな。
実際、九つの尾が回復した今、もう一度戦ったら勝てる自信はない。
「すっかりこっちの手の内を明かしちまったからな」
「どうした? エルリット」
「はは、何でもありませんよ」
まあいいか、御前試合で戦うミロルミオには見られてないからな。
七連式ドラゴニックバレット。
初見であれをかわされるとは思えない。
(気になるのはやっぱり、ジークリフィトのことか)
かつて魔王と呼ばれた男。
バールダトスがジークリフィトを操っていたのか、その逆なのか。
その違いは大きい。
「ふぅ、まあ考えても仕方ないか」
実際に戦ったマシャリアやミレティ先生も知らない話だからな。
気が付くとマシャリアは例のレシピ本を取り出して、エリザベスさんに色々とアドバイスを受けている。
特に今のところ緊急での動きはないからな。
先程連絡があったミレティ先生との交代の時間までは、マシャリアもこの部屋でゆっくりとするつもりだろう。
エリーゼとフユはキュイと一緒に遊んでいる。
マシャリアと俺がいるからな、今ここは王宮の中でも安全な場所だ。
「さて、俺はどうするかな」
先生から俺へのメッセージは、試合までにさらに腕を磨くことなんだが。
俺は懐から例の白銀に輝く本を取り出した。
「やっぱり、こいつの研究でもするか」
錬金術の奥義が記された本。
文字は読めても、術式の仕組みが分からないところが多い。
俺が暫く本の内容に熱中していると、マシャリアの部屋の扉をノックする音が聞こえる。
マシャリアは相変わらずエリザベスさんと料理談義でも盛り上がっている。
「しょうがないな」
俺は部屋の扉に向かって歩いていくと声をかける。
「誰です? 何かあったんですか?」
俺がそう言って扉を開けると、そこには意外な人物が立っていた。
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