第十三話 騎士の名誉(後編)
「ガレスの孫だと? ほう、それは面白い」
マシャリアの美しい唇から吐息の様に冷気が漏れる。
その瞬間、詠唱が始まった。
「氷の女帝の眷属よ、集いて我に従え。グラキエス・ルプス」
その瞬間、まるで氷の女神に従うように6匹の白い狼が現れる。
静かな唸り声がその場に響いた。
(ちっ! やっかいな相手を喚び出しやがって)
「何を驚いている。上級精霊を使い魔にしているのはお前だけではない」
ただの使い魔程度なら、何も問題も無い。
だが目の前の女の側で唸り声を上げているのは、火炎の王と並ぶほどの精霊の娘だ。
『氷の女帝の娘』
家の書庫で見た本の中に描かれていた姿は、白い狼だった。
狼達はこちらを見て薄く笑っている。
「ふふ、相変わらず下品な顔だわ」
「いやしい火トカゲ」
「勝てるとでも思ってるのかしら、わたくし達を誰だと思って?」
「わたくしは~氷の女帝の娘~」
「わたくしも~氷の女帝の娘~」
「わたくしも~」
マシャリアは少し顔をしかめて狼達を睨む。
「ひどいわマシャリア! わたくしはまだ自己紹介が終わってませんわ!!」
美しい白狼が、すねるように自分の主を睨む。
どうやらマシャリアも、こいつらには苦労している様だ。
俺の周りの火トカゲ達も口々に言った。
「うるせえよ! お高くとまりやがって」
「そうだ! そうだ! ふざけんな!!」
「今日こそ、焼き尽くしてやるぜ!!」
「「「焼き尽くせ!!!」」」
「へへっ、エリーゼちゃん見ててくれよ! やってやるぜ!!」
……最後はバロだろう。
「行け!!」
マシャリアの号令と共に6匹の白狼は俺に襲い掛かる。
それを俺の火トカゲ達が迎え撃った。
(やばいな……)
この状況では、使い魔達を使った古代魔法は使えない。
使えば無防備になった瞬間に、あの白い狼達の餌食になるだろう。
だがそうなると……
使い魔同士が争う間を縫って、マシャリアが俺に向かってゆっくりと歩いてくる。
タイマン勝負でジジイ級の化け物に勝てる訳が無い。
(くそが! やるしかない!!)
俺は覚悟した。
文字魔法が書かれた靴で、大きく後ろに下がりながら詠唱する。
「我命ず、火炎の王にして永遠なる紅蓮の輝きの主、来たりて我に従え!」
俺の詠唱を聞いて、マシャリアの目が大きく見開かれる。
初めて動揺した様に揺れるその瞳に俺は笑った。
「何だと! まさか、火炎の王を直接喚び出すつもりか!? そんな魔力がある人間がいるはずが無い」
(悪いな、あいにく俺の魔力は魔王級なんでね!)
俺の使い魔達が、真紅に輝きはじめる。
少しだけ時間が稼げれば……
ゆっくりと歩を進めていたマシャリアの足が速くなる。
集まる俺の使い魔を見てマシャリアは叫んだ。
「使い魔どもは放っておけ!! 術者を仕留めろ」
だろうな、俺でもそうする。
もう目の前にはマシャリアと6匹の白狼が迫っている。
(くそ! 間に合わない!!)
火炎の王を呼び出すのに必要な魔力が使い魔達に満ちるまでに、俺は喰いちぎられるだろう。
気が付くと、俺の前に護衛騎士達が立ち塞がっている。
「馬鹿……死ぬぞ、お前ら」
3人の騎士は笑った。
「ガレス様は仰いました、もしエルリット様が仕えるに値しない男なら黙って帰ってこいと」
「ですが、もし剣を捧げるのに相応しい相手ならばもう戻る必要は無いと。その命エルリット様に捧げよと」
「それ故に、我らは引けません!!」
俺は笑った。
馬鹿だ、ジジイもこいつらも。
次の瞬間、俺達は6匹の白い狼に蹂躙されて意識を失った。
頬に水滴が流れるのを感じる。
温かいそれが頬を流れるのを感じて、俺は目を開けた。
エリーゼの顔がすぐ近くに見える。
ボロボロと涙を流して俺を見つめている。
どうやら殺されはしなかったらしい。
体に大きな傷も無い。
後ろに大きく飛ばされて脳震盪でも起こしていたのだろう。
俺の護衛騎士達も意識は失っているが、胸が上下しているところを見ると生きているようだ。
「……かっこ悪いよな、俺」
泣いているエリーゼを見て、俺はそう言った。
マシャリアに喧嘩を売って負けた挙句、手加減までされたのだ。
「違います! かっこよかったです。エルリットはかっこよかったです」
マシャリアがゆっくりと俺に近づいてくる。
エリーゼが俺とマシャリアの間に立ち塞がる。
「許しません! エルリットはエリーゼの弟です!! これ以上いじめたらエリーゼが許しません!!」
その言葉に、マシャリアは黙って膝をつくとエリーゼに頭を下げる。
そして暫く俺を見つめて立ち上がるとクルリと踵を返した。
「ギルバート、彼らから遺体を受け取れ。丁重にな」
「マシャリア様、それでは!!」
アーファルト伯爵はマシャリアに頭を下げる。
マシャリアは、振り返ると微笑んだ。
「お前に感謝する、エルリット・ロイエールス。お前達の様な馬鹿が認める……そんな死に方をしたのだなロウエン達は」
その瞳には涙が光っていた。
マシャリアが去った後、俺はアーファルト伯爵から聞いた。
ロウエンという騎士は、マシャリアが少年の頃から剣を教えていた騎士だった事を。
それ故に、誰よりも信頼し公爵の護衛を任せたことも。
あの騎士達の死に様は見事だった。
師の教えに殉じたのだろう。
ラティウス公爵が俺の側に来ると言った。
「自らが教えた者だからこそ、厳しく処罰をしなければ騎士団の規律が守れぬと思ったのだろうな。一番彼らの死を悲しんでいるのは彼女だろう」
とんだ、ツンデレだ
俺はそう思いながらふうと一息ついて空を眺めた。
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