第百二十九話 勝敗
「「くっ！！ うぁああああ！！」」
マシャリアとファティリーシアの叫び声が、闘技場の中に響き渡る。
魔力を使い切り子供モードになった俺は、それを少し離れた場所から眺めていた。
寧ろ、魔力を使い切ることでより一層あの疑似生命体を本物だと思わせることが出来たからな。
霧の中であちらを本体だと思わせることが、先程の攻防の肝だ。
漫画やアニメに出てくる忍者の身代わりの術を、錬金術を使うことで戦いに取り入れたといった感じだな。
ある意味中二病なことが幸いした。
マシャリアのあの尾が疑似生命体の中の核に接触した瞬間、その衝撃で起爆するようにしておいた。
何しろ七連式ドラゴニックバレットをぶっ放した後だ、最高出力というわけにはいかないが相当な魔力は込めてある。
今も回復に努めてはいるが、マシャリア相手に戦えるほどの魔力を得るのにはもう少し時間がかかるだろう。
まあつまり、これで相手がピンピンしていたら俺に勝ち目はない。
爆発に吹き飛ばされて、マシャリアの体は闘技場の壁にぶち当たって地面に落ちた。
……やり過ぎたか？
まさか死んだりしてないよな？
自分でやっておいてなんだが、少々心配になってきた。
俺は駆け足で、地面に倒れているマシャリアのところに向かった。
「マシャリアさん！ フユ！ 頼む！！」
自分でやっておいて何だか、場合によっては緊急治療が必要に違いない。
フユは、青く輝きながら俺を見つめた。
「フユ～！ 凄いです！ エルリット、マシャリアに勝ったです！！」
万が一の為にフユに魔力を与えておいてよかった。
俺はピクリとも動かないマシャリアの姿を見てそう思った。
どうやら気絶をしているようだ。
だが驚くべきことにその体には外傷がない。
爆発の瞬間、防御態勢に入って来るとは思ったがこれほどまでに完璧に防がれるとは思わなかったな。
一瞬、あの巨大な尾がまるで流線型の盾のように変形するのは見えたが、それで衝撃をそらしたのだろう。
衝撃をそらした後、全身をくるむようにシールドしたに違いない。
そうでなければ、ここまで綺麗なままではいられないだろうからな。
「攻防自在の尾か。たった三本であれだからな、もし九本揃ってる状態で戦ってたら……」
思わず背筋が寒くなる。
もう一度戦えば確実に負けるだろう。
今回の俺の戦い方はあくまでも奇襲だ、同じ戦法が二度通じるとは思えない。
だが……。
俺はふぅと溜め息をついた。
「一勝は一勝だな。とりあえず、前の雪辱は果たせたぜ」
俺は懐からタイアスが残した銀色の本を取り出した。
ドラゴニックバレット、そして最後の疑似生命体による変わり身の術。
どれもこの本の術を応用したものだ。
「こりゃあ、本腰を入れて調べてみる価値があるな」
これから始まるであろうディアナシア派との戦いは勿論だが、あの研究所の地下に眠る真の魔王のこともある。
それに、タイアス自身が陰で動いているふしがあるからな。
今まで身につけた技で、御前試合が楽勝だとは限らない。
「くっ……うう」
「マシャリアさん！」
俺はうめき声を上げるマシャリアの体を抱き起した。
「大丈夫ですか？ マシャリアさん」
俺の声にハッと目を開けるマシャリア。
「エルリット……わ、私は」
「ええ、あの爆発で吹き飛ばされて気を失っていたみたいです」
「何だと……そうか」
よく見るとマシャリアの腰のあたりに再生しようとしている尻尾が見える。
あの爆風で残りの三本も殆ど残ってはいない。
マシャリアは唇を噛む。
妖艶な声の主も目を覚ましたようで、悔しそうに言った。
「油断したわね、まさかこんな坊やに一杯食わされるなんて」
「はは、二度は出来ませんよ。まともにやりあってたら俺は負けていたでしょうからね」
九本の尾を融合させた、最強モードのマシャリアも見てみたい気がするけどな。
マシャリアがふっと笑う。
「負けは負けだ。エルリット、私はお前を新たな四大勇者に迎えることを心から誇りに思う」
こういうところはマシャリアらしい。
騎士としての誇りと美しさがそこにはある。
俺をジッと見つめるマシャリアに、思わず照れ臭い気持ちになる。
今までとはどこか違う眼差しだ。
対等な者として俺を見つめるその姿。
「はは、光栄です。でも、マシャリアさんみたいな美人にそんな風に見つめられると照れますね」
それを聞いて妖艶な声が言った。
「うふふ、確かに負けは負けね。ねえマシャリア、私はこの坊やが気に入ったわ。いっそのことガレスから乗り換えてみたらどう？ 今はすっかり子供だけどさっきの姿なんて、一番格好良かったときのガレスそっくりじゃない？」
「馬鹿な！ ガレスはいつでも格好いいぞ！！」
マシャリアはそう言ってから、自分の発言に気が付いて顔を真っ赤にする。
俺は笑いながら立ち上がると、マシャリアに向かって手を差し出した。
「マシャリアさんも格好いいですよ。うちのじいさんはいい女を逃しましたね」
四大勇者の一人、氷の魔剣士マシャリア。
この国を守る誇り高い騎士だ。
マシャリアは俺の手を掴むと立ち上がる、そして少しだけ頬を染めて俺の頭をこつんと叩いた。
「子供のくせに生意気な。だが、エルリットお前はきっといい男になる。もしかするとガレス以上の男にな」
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