第百二十七話 ポーカーフェイス
「まさかこの状態の私に傷をつけるなんてね。この坊やを舐めていたみたいね、マシャリア」
その声はマシャリアのものであったが、そうではないことは明らかだった。
「ああ、そのようだな」
今のはマシャリアだろう。
先程の声と同じではあるが、雰囲気が違う。
先程俺に話しかけたのは、恐らく……
「私は氷の女帝、ファティリーシア。ふふ、可愛い顔して中々面白い技を使う坊やね」
「これは、初にお目にかかります」
やはりな。
背中に冷たい汗が流れていく。
普段は凛々しいマシャリアの美貌が、どこか妖艶なそれに変わっている。
これが、マシャリアと血と魂の盟約を結んでいる高位精霊に違いない。
二つの魅力が混ざり合って、目の前のエルフの魔剣士は一段と美しく見えた。
「まさか、私の尾を6本も吹き飛ばすなんてね」
その言葉通り、まるでクジャクのように広がっていたマシャリアの9本の尾のうち6本は消え去っている。
残っているのは3本のみだ。
つまりは……
「まさか、その尾を使ってドラゴニックバレットの軌道を変えたんですか?」
マシャリアであり、氷の女帝でもある女性は艶やかに笑った。
「ふふ、見えていたのでしょう? 坊やにも」
「ええ、激突する瞬間少しだけ」
俺が放った七連式ドラゴニックバレット。
囮の一発を除く残りの6発。
それが放たれた後、マシャリアの体の中から沸き上がった強烈な魔力。
そして、まるで回転するドリルのように九つの尾が、マシャリアの体を覆ったのを俺は確かに見た。
凄まじい勢いで回転したそれが防御壁になって、俺が放った弾丸の軌道を変えたのだ。
弾丸と衝突した6つの尾が消え去ったのだろう。
美しい女の尾の数は今は3本だ。
但し、残りの6本も再生し始めている。
放っておけば直ぐにまた9本の尾に戻るだろう。
目の前の女性の雰囲気がまた少し変わる。
「どうだ、ファティリーシア。これがあのガレスの孫だ、ミレティが四大勇者に推すのも分かるだろう?」
これはマシャリアだろう。
騎士らしい口調で直ぐに分かる。
「うふふ、それにガレスの若い頃によく似ていること。可愛いわ、食べてしまいたくなるぐらい」
そう言って再び妖艶に笑うのは、ファティリーシアだ。
「は……ははは。遠慮しておきます」
今はマシャリアと融合しているからあの姿だが、本来は九つの尾を持った狼だ。
あの白狼たちのように甘噛みとはいきそうもない。
がぶりと頭からいかれるのは御免だ。
俺たちは会話をしながら対峙している。
話はしているが、それはお互いの様子を観察しているに過ぎない。
どうするか?
直ぐにはあの技は使えない。
膨大な魔力を更に、それよりも膨大な魔力を使って極限まで圧縮する。
しかもこれで決めるつもりだったからな。
盛大に七連発で撃ちまくってやった。
あれで、チェックメイトのつもりだったんだけどな。
向こうが敢えて様子を見ているのは、俺に先程の技がまだ撃てるのかを見極めているのだろう。
同時に9本の尾の回復も出来るからな。
つまりは相手の尾の回復が早いか、俺がもう一度あの技を使うのが早いかだ。
いや、その前に俺が撃てないと確信したら、勝負を決めにくるかもしれない。
それ程、甘い相手だとは思えないからな。
その証拠に目の前の美しい魔剣士は、嫣然と笑みを浮かべた。
「誘っているのかしら? 回復をする前に私が勝負を決めにいくのを。そこを狙い撃つつもり? それとも、あの技はもう使えないのかしら。可愛い顔して、油断のならない坊やね」
「さあ、どうでしょう? 試してみたらいかがですか」
こちらの手の内を晒さない為には、ポーカーフェイスを決め込むしかない。
相手の尾は三本だが、今接近戦を挑まれればこちらが圧倒的に不利だ。
俺の返事に、ファティリーシアは笑みを浮かべたまま言った。
「ふふ、仕方ないわね。こんな坊やに、あれを使うことになるなんてね。エルリット・ロイエールス、遊びはここまでよ」
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