第十二話 騎士の名誉(前編)
『エルフの騎士マシャリア』
俺の護衛騎士が言うには、じい様と同じ『四大勇者』の一人で『氷の魔剣士』という通り名を持つ女エルフだそうだ。
見た目は20歳ぐらいにしか見えないが、二百数十年生きているらしい。
女神かと見間違う程の美貌だが、その表情は氷のように冷たい。
そして隣にいる若い男は、ギルバート・アーファルト伯爵
28歳にしてこの国の聖騎士団を束ねる団長で、栗毛色の髪の生真面目そうなイケメンである。
公爵がアーファルト伯爵に話しかけてから暫くすると、その笑顔は凍りついた。
(まあ、当然だろうな)
「ま! まさか……ロウエンたちが……公爵様! それは真ですか!!」
「全員、盗賊どもに。ギルバートよ、我らも危ないところであった」
公爵の言葉に、アーファルト伯爵は思わずよろけた。
ロウエンと言うのは、死んだ騎士の一人だろう。
仲間の死に拳を握り締めて、唇を噛み締めている。
(いい人そうだな、このアーファルト伯爵は。国王の甥が殺されかけたんだ、自分だって責任を問われるだろうに心の底から仲間の死を悲しんでる)
「……申し訳ございません、公爵様。責任は全てこのギルバートに御座います、エリザベス様やエリーゼ姫にもなんとお詫びをすればいいのか」
そう言って若き騎士団長は、その場で膝をつき公爵家の人々に深く頭を下げる
ラティウス公爵が、栗毛の騎士団長の肩に手を置く。
「もういい、頭を上げたまえギルバート。彼等のお陰で、私達は事なきを得たのだから」
公爵はそう言って、俺と護衛騎士を見つめる。
伯爵は俺たちの前に歩み寄ると、深々とお辞儀をした。
「本当にありがとうございます。私の部下に代わり公爵様方をお守り頂いた事、心より感謝を致します」
こちらに向かって深々と頭を下げるアーファルト伯爵に、俺の護衛騎士の一人が歩み寄る。
「騎士団の方々のご遺体は、我らがエルアンに運んでいますので、後ほど引渡しを」
まさかあの騎士たちの遺体をそのままにしておく事は出来なかったので、俺が乗ってきた馬車に乗せてエルアンに運ばせたのだ。
「その必要は無い」
まるで氷のような声でそう言い放ったのは、ブロンドのエルフだ。
静かなその声にアーファルト伯爵がマシャリアを振り返る。
「し、しかしマシャリア様!」
伯爵の言葉にマシャリアは冷たい眼差しで答える。
「盗賊ごときに遅れをとる者など、畏れ多くも国王陛下の聖騎士などと呼べるはずも無い。陛下がお認めになられたとしても、このマシャリアが認めぬ」
どうやら、勇者と言うのは騎士団の団長より偉いらしい……
俺が護衛騎士に尋ねると。
「ええ、マシャリア様は国王陛下専属の特別な騎士ですから。陛下に代わってアーファルト伯爵に命令を下す事も多いですからね」
(なるほどな、道理で偉そうな訳だ……それに)
その美しい瞳からは想像もつかない力が、静かに全身から溢れている。
さすがに『四大勇者』の一人だ、じい様以外にこんな威圧感を出す相手に会った事が無い。
「しかし……それでは余りにも、マシャリア様お願いです、ロウエン達をせめて騎士として葬らせて下さい」
その言葉に、マシャリアはギルバートの頬を打った。
鋭いその音にエリーゼがビクッとして涙目になる。
「愚か者め、分からぬか! 盗賊に殺される様な者達を騎士として葬るなど、恥の上塗りだと言っている!」
マシャリアのその言葉に、俺の護衛騎士達が思わず前に進み出た。
俺は3人の護衛騎士達を右手で制した。
「エルリット様! しかしこれでは余りにも彼らが!!」
マシャリアの言っている事は分かる。
国王の甥の命が危険に晒されたのだ、守れなかった騎士達は何を言われてもしょうがない。
それは分かっている。
だが、死んだ騎士達は命が尽きてからも真っ直ぐに前を見つめていた。
術殺される苦しみの中で、最後まで勇敢に戦ったのだ。
「その様な者達は騎士では無い、王国の騎士団にその様な恥ずべき者達の居る場所など無い!!」
「黙れよ……」
相手は四大勇者の一人だ……相手が悪い……そんな事は分かっちゃいる。
女神のようなエルフの騎士がゆっくりとこちらを振り返る。
そして俺を氷のような瞳で見つめた。
「何だと? 小僧、今何と言った」
そのあまりの闘気に、俺の護衛騎士達も身構える。
「黙れって言ったんだ! 恥ずべき者達だと? あんた知ってるのか……あいつらは死んでも真っ直ぐ前を見てやがったぜ、一人残らずな! 『四大勇者』だかなんだか知らないが、権利なんてねえ。そんな風に言う権利は誰にもねえんだよ!!」
アーファルト伯爵は、それを聞いて静かに涙を流している。
仲間が勇敢に戦って死んでいった事を知ったからだろう。
美しい女エルフは俺を見つめている。
「護衛騎士の鎧の紋章。そしてその生意気な顔と台詞……貴様、ガレスの血族か?」
(やべえ……確か、じい様とこの女は犬猿の仲だって言ってたよな)
マシャリアは静かに腰の剣を抜いた。
「いいだろう。この私に向かってそこまで言うのなら、貴様が言っている事が真実か力で示せ。このマシャリア、力の無い者の戯言など聞く耳持たぬ」
くそが、ジジイといいこの女といいどうして『四大勇者』の連中はこうなんだ。
言いたい事があれば、力で証明しろか!
俺がそう思った瞬間、マシャリアの姿が目の前から消えていた。
(くそっ!!! なんてスピードだ!!)
文字魔法がかかっている靴と7匹の使い魔が居なければ、その刃に一瞬で捉えられていただろう。
後方に飛んだ俺の目の前で、マシャリアの剣と俺の使い魔達が交差して火花を散らす。
「ほう、その靴……文字魔法か、それに炎の王の眷属。名を名乗れ小僧、貴様はガレスの何だ?」
マシャリアの体から凍りつくような冷気が溢れ出ている。
『氷の魔剣士』その魔力は半端では無い、下手するとこいつはジジイ以上の相手だ。
(すげえ冷気だ……本気でやらなきゃ、こっちがやられる)
俺は覚悟を決めてマシャリアの剣を弾いた。
「俺の名はエルリット・ロイエールス! ジジイの孫だ!!」
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