第百二十四話 白銀の狼
「凄え……まじかよこれ」
扉の先に広がる光景はまるで別世界である。
天空宮の名に相応しいその光景。
「行くぞ、エルリット!」
「え? ええ、そうですねマシャリアさん」
当たり前のようにその中に足を踏み入れるところを見ると、マシャリアにとっては慣れたものなのだろう。
扉の先に続いているのは石造りの大きな橋なのだが、明らかにそれは天空に掛けられている。
「エルリット!」
嬉しそうに俺の手を引いてその橋の上を歩くエリーゼ。
幅10m程の橋の脇にはしっかりとした手すりがあるのだが、そこから下を覗くと遥か下に地上が見える。
フユが俺の肩の上で腰を抜かす。
「フユ~、高いです! フユちゃん空にいるです!!」
「あ、ああ」
俺は高所恐怖症ではないが、一瞬足がすくむ光景である。
下からは見えなかったのは、ミレティ先生が言うように何らかの結界に包まれているのだろう。
橋の両端には、それぞれ天空に浮かぶ島のように建造物が見える。
一つはいかにも宮殿と言った雰囲気の建物、もう一つはコロッセオのような闘技場である。
その隣には神殿のような建物も見えた。
(凄いなこれは……空の上にこんなものが浮かんでるなんて思わなかったぜ)
エリザベスさんが俺たちの傍に歩み寄ると言う。
「年に一度開催される飛竜のレースもここで行われるのよ」
「へえ! それは凄いな」
そう言えば、飛竜の厩舎に言った時に飛竜のレースのことを聞いたことがある。
あれだけ大きな門なら飛竜だって通り抜けられるだろうからな、連れてくることも出来るだろう。
飛竜と聞いてエリーゼが目を輝かせた。
「キュイちゃんが大きくなったら、エリーゼ一緒に空を飛びたいです! キュイちゃんと約束しましたもの!!」
「はは、でもそりゃあ少し先になりそうだな」
キュイが父親のラセルのように空を飛びたくて、上手くいかなくてすっかりしょげていた時、エリーゼはそう言って慰めていたことを思い出す。
(しょげかえっていたキュイもエリーゼの気持ちが伝わったのか、すっかり落ち着いていたもんな)
俺は、目を輝かせて辺りを見渡しているエリーゼを見つめた。
その視線に気が付いたのか、エリーゼはこちらを見て首を傾げる。
「どうしたんですか? エルリット」
「ん? いや何でもないさ」
やっぱりエリーゼからは、特別な魔力は感じない。
(あの研修室の扉に描かれた銀の聖女、そして対魔族兵器エンジェルとかいうホムンクルス……エリーゼに似ているのは偶然なのか?)
そもそも、あの聖女自身がファルルアンの元になった国の王女だ。
血のつながりを考えれば、偶然ということもないとは言えないだろう。
しかし、そんな偶然があるだろうか? とも思える。
あの首の魔法陣がタイアスが描いたものならば、エリーゼを狙ったのは大地の錬金術師ということになる。
(それに、何故それ以降手を出してこないのか……だな)
何か理由があるのだろうか。
「どうしたんですか? エルリット」
エリーゼが天使のような顔を、少し心配そうに曇らせて俺を見つめている。
俺は頭を掻くとエリーゼに答えた。
「はは、何でもないさ! キュイにも見せてやりたいよな、こんな凄いところなんだからさ」
俺の言葉にエリーゼは大きく頷いた。
「キュイちゃん連れてきたいです! お母様いけませんか?」
そう言って、ジッとエリザベスさんを見上げるエリーゼ。
「そうね、マシャリアがいいというのなら。どう? マシャリア」
「うむ、それは構わぬが……それならば、一緒にあの二頭の白竜を連れてくるのもいいかもしれぬな」
マシャリアの言葉に俺は首を傾げた。
「ラセルとアルサをですか? どうしてです、マシャリアさん」
その問いに、マシャリアは俺に耳打ちをする。
「お前が四大勇者となるのであれば戦場に出る可能性もある。飛竜ぐらいは扱えねばな」
「教えてくれるんですか? マシャリアさん」
「ああ、お前の力を試した後にでも実際に乗ってみるとしよう。用意はさせておく」
(やったぜ! 自分一人で飛竜に乗るとか最高だもんな)
マシャリアの後ろに乗せてもらったことはあるが、その時も感動したものだ。
一人で飛竜を乗りこなすことが出来れば最高だろう。
俺は軽く咳ばらいをすると。
「出来ればアルサさんでお願いします!」
悪いがラセルは、どうもアルサの隣であくびをしているイメージしかない。
最初に乗るならアルサの方が安心できそうだ。
マシャリアはふっと笑うと。
「いいだろう。あれは良い飛竜だからな」
俺にそう答えると、膝をついてエリーゼにも話しかけるエルフの女騎士。
「キュイも後ほど連れてまいりましょう、エリーゼ様」
「本当ですか! エリーゼ嬉しいです!」
「フユ~、キュイちゃん来るですか? 楽しみです!」
エリーゼの肩に飛び乗ってはしゃぐフユ。
マシャリアは、門を守る兵士に白竜たちを連れてくるようにことづてをしている。
(こりゃあ楽しみだな。こんな場所で飛竜に乗れたら最高だぜ!)
マシャリアはこちらに戻ってくると俺に言う。
「だが、その前にお前の力を試させてもらうぞ、エリルット」
「ええ、その為にここに来たんですからね」
俺の返事にマシャリアは頷くと、俺たちを促して闘技場がある方向に橋を渡っていく。
遠目からでも立派に見えた闘技場は近づくと、その威容を改めて感じさせた。
「凄いですね、この闘技場は……」
学園にある闘舞台を見た時も立派だとは思ったが、これはそれを遥かに超えている。
流石に御前試合の舞台になるだけはある、と言えるだろう。
闘技場の中に入ると、その大きさに圧倒されるほどである。
エリーゼとエリザベスさんは、付き添いの騎士たちと一緒に観覧席に向かった。
マシャリアが腰から提げている剣を抜く。
「さて、それでは始めるとするか」
だだっ広い闘技場の中が冷気に包まれていく。
以前戦った時とは全く雰囲気が違う。
(これは……)
揺らぐマシャリアの輪郭。
超高位精霊との血と魂の盟約を発動させた証だ。
(なるほどな、以前戦った時はほんの小手調べだったって訳だ)
目の前の氷の魔剣士の姿は今までのモノとは全く違う。
美しい顔やスタイルは変わらない。
だが、その髪は雪のような白銀色に変わっている、頭には同じ色の狼耳。
そして、特徴的なのは九本の尾だ。
まるでクジャクの羽のように広がるその美しい尾。
九尾が生えた白銀の狼『氷の女帝』
そう呼ばれる超高位精霊と同化したエルフの魔剣士の姿だ。
神々しいほどの美しさを持つ美女が俺の目の前に立っている。
「エルリット、この姿で会うのは初めてだな」
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