第百二十一話 秘伝のレシピ
「あら、別に昔のことを思い出さなくても。明日になれば本物のガレスも都に来ますわよ、マシャリア」
ミレティ先生の言葉にマシャリアは無言である。
やはり気まずいのだろうか、美しい女エルフはくるりと背を向けた。
「フユ~」
フユがいつの間にか、マシャリアの肩の上に乗っている。
(馬鹿! 空気を読め、今はそんな雰囲気じゃないだろう?)
じい様に絡む話は、マシャリアの前では繊細な問題だからな。
過去の二人の間に何があったのかは知らないが、腹いせに白狼達にガブリとやられるのだけは勘弁だ。
だが、そんな俺の心配をよそにマシャリアはフユの頭を撫でると──。
「フユ、お前はどう思う? ガレスはこれが好物なのだが……ま、まだ上手く作る自信がない」
ん?
上手く作る自信がないってどういう事だ。
「この魔写真、美味しそうに映ってるです! フユちゃん食べたいです」
「そうか! よ、よし、エリザベスもいることだ、後で王宮の厨房を借りて試しに作ってみるとしよう」
それを聞いて、エリザベスさんが首を傾げた。
「マシャリア、何を作るんですの?」
エリザベスさんの問いに、マシャリアはコホンと咳ばらいをするとクルリとこちらを向いた。
何処から取り出したのか、その手には例の『秘蔵版! これが男を虜にする料理レシピだ!』が握られている。
相変わらずの付箋の数である、余程読み込んでいるのだろう。
「エリザベス! これなどどうだろう?」
そこには美味しそうな肉料理が写っている。
極上のソースに包まれた肉が野菜にくるまれて、可愛らしく小分けにされて並ぶ姿。
どうやらじい様に作る気のようだが、いかにも料理上級者向けの逸品である。
(いや、問題はそこじゃない)
俺は一応突っ込んでみた。
「あ、あのですねマシャリアさん。状況分かってますか? じい様にどんな料理を作るかなんて、考えている場合じゃ……」
その瞬間──
意外な人物のテンションも上がっていくのを俺は目撃した。
「まあ! ガレス様にお作りするのね!! マシャリア、良く見せて頂戴……ふむふむ、あらガレス様って少し甘めのソースが好きなのね。ふふ、可愛いわ」
あのジジイのどこに、可愛い要素があるんだ。
(忘れてたぜ。この人もジジイの大ファンだったな)
何しろ絵本のじい様が初恋の相手だ。
じい様に料理を作るとなれば、テンションが上がるのは分らなくもない。
「けっ!」
「どうしたんですか? エルリット」
思わず悪態をつく俺を、エリーゼが不思議そうに見上げている。
「はは、何でもないさエリーゼ」
俺はそう言って子供モードに戻る。
今はマシャリアもミレティ先生もいるから、臨戦態勢でいる必要もないだろう。
見かねたのか、ミレティ先生が二人に注意を促した。
「二人とも分かっていませんね、困ったものです」
「そうですよ。言ってやってくださいよミレティ先生!」
エメラルドグリーンの髪をした美少女魔法使いは、俺の言葉に力強く頷く。
そして、小さな胸を張って二人の前に歩み出ると言った。
「分かってませんね、ガレスは甘辛いソースが好きなんです。まだあの子が士官学校に通っていた頃、修行が終わった後に料理を作ってあげたら、美味しい美味しいって本当に可愛かったんですから」
……おい、分かってないってそっちかよ。
マシャリアがミレティの言葉に食いついた。
「な! た、確かにミレティが作った弁当は、ガレスは美味しそうに食べていた。み、ミレティ! その味を伝授してはくれまいか!!」
「あら、どうしましょうかねぇ。秘伝のレシピですし」
フユは料理本の上に乗って、ミレティ先生をジッと見つめている。
「フユ~、秘伝の料理食べたいです」
エリーゼもフユの言葉にコクンと頷いた。
「エリーゼも食べたいです」
二人の可愛らしいその様子に、ミレティ先生は胸をドンと叩く。
「仕方ないですね、久しぶりに腕を振るうとしましょうか!」
盛り上がる女性陣。
俺はそれを見つめながら、溜め息をついた。
「先生まで。いいんですか、こんな状況で」
「ふふ、もちろん仕事はきちんとこなしますよ。その上で、楽しみがあることは悪いことではありませんからね」
話が決まったからだろう、マシャリアは例の本を懐に仕舞いこむ。
そして、先程までとは打って変わった真剣な表情で俺を見つめる。
仕事モードってやつだな。
「大筋の話は、王影騎士団の者から聞いた。エルリット、まず最初にお前に尋ねておきたいことがある」
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