第百十五話 鉄壁の守り
「ふふ。エルリット、だから貴方は面白い」
霧が晴れたその時、七頭の黄金の竜が風の魔女を取り囲んでいた。
火竜剣の刀身には七つの魔法陣が連なって輝いている。
エルークを倒した時に使った技の応用版だ。
霧の中から現れる黄金の『七首の大蛇』。
「行くぜ! エルリット!!」
今の俺が使える最大級の技である。
バロが叫んだときにはもう、そのアギトは先生の体に喰らいつくほどの距離だった。
(勝ったな!)
正直、俺は勝利を確信した。
四大勇者と匹敵すると噂されていた、あのエルークでさえ吹き飛ばした技だ。
もちろんミレティ先生を喰いちぎるつもりはない。
寸止めするようにバロたちには命じてある。
いや……あったのだが。
「うふふ、その目。生意気ですね、私相手に手加減ですか? そんなものは必要ないと直ぐに分かりますよ」
「くそ……マジかよ!!」
俺はバロたちの顎が大きく開いた後、固まってしまったかのようにピクリとも動かないのを感じた。
バロたちが声を上げる。
「エルリット! 動けねえ」
「何かが居やがる!」
「ああ、見えない何かがこの女を守ってやがるぜ」
「思い出せ! そういえば、こいつはあの女だぜ!」
「姿かたちは変わっちまってるけどな」
「そうか! やたらと色っぽかった魔女のおばちゃ……」
その瞬間──
バロたちから恐怖が伝わってくる。
ミレティ先生がバロたちを静かに眺めていた。
「うふふ、おばちゃん?」
俺の使い魔達は顎を開いたまま、一斉に首を横に振る。
「い、いや違う、お姉さんだ!」
「そうだ、魔女のお姉さんだ!」
「風のミレティの姉御だぜ!」
「誰だよ、おばちゃんとか言ったやつ」
「俺じゃねえって!」
「ミレティお姉様!!」
(おい、お前らしっかりしろ!)
俺も人のことはいえないが、バロたちは目の前の相手に完全にビビっている。
そう言えば、魔王の配下の時にミレティ先生とは戦ったことがあるはずだ。
学園の中庭に建っている銅像のようにメチャクチャ色っぽい魔法使いのおば……お姉さんの時のミレティ先生とな。
「うふふ、エルリット。今、何か言いましたか?」
「いいえ、気のせいです、お姉様」
やばい、心の中を覗かれてそうな瞳だ。
この人の魔法に関する引き出しは、多すぎて先が読めない。
バロたちの動きを封じている何かが、次第に姿を現していく。
(こいつは……)
エメラルドグリーンの鱗に覆われた竜だ。
ファルーガが西洋的なドラゴンとしたら、こちらはどちらかというと東洋の竜といった感じである。
「それが風の王ですね、先生」
「ええ、風の王ファルシルト。私と血と魂の盟約を結んでいる超高位精霊です」
つまり、普段ミレティの傍にいる風の王の娘の父親である。
バロたちのアギトを絡めとっているのは、その精霊が纏う風の力だ。
「でけえ……」
全身がすっかり現れる頃には、俺は相手を見上げていた。
サイズだけを言えば、リスティと戦った時のファルーガに匹敵する。
長さでいえばもっと長いだろう。
「フユ~、大きなドラゴンです! フユちゃんを食べるですか?」
フユがそう言って俺の首の後ろに隠れた。
「ちっ!!」
俺がバロたちを後ろに下げると、ファルシルトはまるで風に同化したかのようにその姿を消した。
目の前には相変わらずミレティ先生の姿だけが、エメラルド色に揺らめいている。
(まるで見えない盾だぜ)
今の一撃で決めるつもりだったんだが、あっさりと防がれるとはな。
火竜剣の魔法陣が消え、『七首の大蛇』が解除されると、バロたちの代わりにファルーガの声が聞こえる。
「風の魔女に風の王ファルシルトか。小僧、どうするつもりだ? 力押しでは勝てん相手だぞ」
「ええ、分かってますよ」
経験の差だろう。
精霊との融合率は向こうの方が上だ。
不意打ちでさえこれだ、ファルーガが言うように正面からやりあったらジリ貧だろう。
ミレティ先生は静かに俺を見つめている。
「ふふ、貴方は本当に面白い子です。この期に及んでまだ何か考えているようなその目。いいでしょう、今度はこちらからいきます。今のが限界であれば、とても受け止められませんよ」
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