第百十四話 風の魔女
「さあ、本気を出さないと死にますよ。殺すつもりでいきますから」
背筋が凍り付くようなプレッシャーに、俺は身構える。
目の前の大魔道士の体からは、つむじ風のように魔力が立ち昇っていく。
「せ、先生! ちょ、待ってくださいよ!!」
「警告はしましたよエルリット」
その瞬間、凄まじい衝撃波が俺を襲った。
「うぉ!!」
俺は血と魂の盟約を発動し、既に大人モードになっている。
「小僧! 一体今度は何だ!?」
ファルーガが、目の前の状況を俺に尋ねる。
俺を襲ったのは魔力が込められたつむじ風の中にある、無数の風の刃だ。
それを、辛うじて払いのけたのはファルーガの炎である。
凄まじい風圧に、俺の体は研究室の一口を超えてあの巨大な通路まで飛ばされていた。
(くそが! 何て威力と速さだ!!)
つむじ風というよりは、これはもう指向性を持つ竜巻だ。
それはまるで意思を持っているかのように、狙った場所以外はそよ風さえ立ててはいない。
風を自在に操る女。
『風の魔女』の名は伊達ではないようである。
「すみません、ファルーガさん。エルーク殿下に続いて、少しばかり風の魔女とも一戦交えることになりまして」
「……風の魔女だと。馬鹿な! 四大勇者の一人ではないか!?」
ファルーガも、つむじ風を起こした主の姿を確認して呻く。
「ええ、一応模擬戦なんですが、殺す気でくるそうです」
「ミレティはお前の師であろうが、嫌われとるのか?」
いやいや、そう言う問題じゃないのだが、説明するのが面倒だ。
「うふふ、良くかわしましたねエリルット」
その声の響きに俺はゾッとする。
噂好きで甘党の美少女校長ではなく、風の魔女としての迫力がそこからは感じられる。
ゆっくりと、こちらにやってくるミレティ先生。
俺は思わず後ずさった。
「リスティと戦った時の貴方のままなら、今の攻撃で死んでいました。エルリット、ここまでは合格点です。あの時、闘舞台で見た私の瞳の魔法陣。それを貴方はコピーした、しかもアレンジを加えてね」
俺の瞳には、魔法陣が浮かび上がっている。
学園でリスティと戦った後、ミレティ先生が使ったものと同じ魔法陣。
それを俺が使いやすいように改良したものだ。
エルークと戦った時に使ったものである。
精霊との融合率が高まり、俺の輪郭が揺らめいている。
風の魔女は、俺の瞳を見つめながら言った。
「それぐらいは、やってもらわなくては困ります。その為に見せたのですから」
やはりあれは授業の一環だったようだ。
そうでなければ、俺の前であんな真似をする理由がない。
無用に力をひけらかすタイプじゃないからな。
「あのですね。もう少し平和に修行するとかないですかね? ほら、大事な研究の成果が破損したら困るじゃないですか」
「うふふ。安心なさい、ここなら、多少無茶な戦いをしても修復は容易です」
……うふふじゃねえよ、ちっとも安心できねえから!
可愛い顔してるくせに、その殺気が怖い。
どうやら、通路まで吹き飛ばしたのは、研究室で戦うのを避けたからのようだ。
ここなら多少壁や床がぶっ壊れても、ミレティ先生の例のモグラが一瞬で直しちまうだろうからな。
実際、エルークと死闘を繰り広げた場所でもある。
「でも、俺は誰が修復してくれるんだよ」
先生に聞こえないように、思わず俺は愚痴った。
「フユちゃんが治すです! エルリットには、青い癒しの女神フユちゃんがいるです!」
俺はギョッとして肩の上を見た。
「ば、馬鹿! 何でお前がいるんだよ、危ないから向こう行ってろ!」
「エルリットの魔力が高まって目が覚めたです。背中をよじ登ってたら一緒に飛ばされたです!」
よく見ると、俺の服にフユの薔薇の蔓がしっかりと絡まっている。
ミレティ先生は首を傾げる。
「あら、気が付いてなかったんですか? 私からは丸見えでしたけど」
そりゃそうだろうな、だったら止めてくれ。
そもそも、俺が気が付かなかったのはあんたの殺気が凄まじかったからだろ!
まさかこいつが、俺の背中をよじ登ってるなんて思いもしなかったからな。
ミレティ先生がニッコリと笑う。
「安心しなさい。万が一の時は、きっちり貴方だけ殺してあげますから」
「だから! 安心できねえよ!!」
いかん、思わず声に出ちまった。
本気なのかからかわれているのか分からないが、やるときはやるタイプだろう。
何しろあの偽の魔王、バールダトスを倒したメンバーの一人だ。
甘い人間にとても倒せる相手じゃない。
(くそが! こうなったら、当たって砕けろだ!!)
「フユ! せっかく来たんだ。こうなったら、働いてもらうぜ」
「フユ~、任せるです! エルリット!!」
自称癒しの女神の体が青く輝く。
その瞬間──
先生をドーム状に囲む百を超える魔法陣が生じて、一斉に氷の魔撃を放つ。
それを見てミレティ先生が言う。
「エルリット、これはもう見ましたわよ」
確かに、リスティと戦った時に使った戦法だ。
あの時は、闘舞台に突き刺さった後に炎で霧を作り出した。
だが今度は──
俺は手にした火竜剣を一閃する。
そこから生じた炎が、氷の魔撃の一部を空中で水蒸気に変えていく。
そして残りの魔撃が、その水蒸気を冷やして一瞬にして辺りに霧を作り出した。
霧の中から風の魔女の声が響く。
「少しは変化をつけてきましたね。でも私が操るのは風、霧など一瞬の目くらましにしかなりませんよ」
その言葉通り、俺が作り出した霧は一瞬にしてミレティ先生の作り出した風の渦に吹き払われていく。
氷の魔撃はその風圧の前では粉々されている。
(確かにな、リスティの時と違ってこの霧がくれる時間はわずかだ)
だが……。
俺が作り上げた霧を見事に吹き払う風。
クリアになった前方にあるものを見て、先生は笑った。
「ふふ。エルリット、だから貴方は面白い」
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