百十一話 白いフクロウ
「黒い堕天使、つまりそれはミロルミオ・シファード。彼の事ですね先生」
俺の言葉にミレティ先生は頷く。
「ええ、恐らくは。ミロルミオが、闇の力を体現する器として作られた存在だとしたら」
恐らく、以前の『魔王』と呼ばれた者よりも恐ろしい相手だろう。
そうでなければ、四大勇者を超える存在になり得ないからだ。
「先生! 早くこのことを国王陛下に伝えないと」
いくらキュイキュイと鳴くようなじいさんでも、この国の王だ。
それにエリーゼのこと以外は頼りになりそうだからな。
ミレティ先生の話が本当なら、もうこれは国と国との争いに絡んだ話である。
俺には到底手に負えねない。
このファルルアンと隣国のランザス。
表向きは和平を結んでいるように見えて、実は水面下では一触即発の状況だと言えるだろう。
俺は思わず呻く。
「もし、四大勇者を超えるような存在がファルルアン国内に現れたら……」
「ランザスはそれを期に攻め込むでしょうね。しかも、ファルルアン国内のランザス派と協力して中と外から。四大勇者という絶対的な支柱を失ったファルルアン王国軍の士気は下がる。大国ファルルアンといえども、さすがに長くはもたないでしょう」
ミレティ先生は、黙ってリスティがいる大樹に向かって踵をかえす。
俺は思わず彼女に叫んだ。
「先生! どうするつもりですか!?」
「陛下には報告します。ですが今下手に動けば、王妃陛下とランザス派の貴族たちがどう動くか分からない。あの方は一筋縄ではいかない相手、こちらの態勢が整っていないのに仕掛けるのは愚かです」
確かに王妃に手を出せば、そこで一気に内乱と戦争が始まるだろう。
こんなことを仕掛けるぐらいだ、それぐらいの手は打ってあるに違いない。
しかも、こちらは相手が隠し持つ切り札の全容も分からぬままに、戦いに突入することになる。
「下手にこちらから仕掛ければ、ランザス側に王妃を守る為にファルルアンに侵攻するという大義まで与えることになる。ランザス軍は意気揚々とファルルアンに攻め込むでしょう。正面からぶつかり合い、泥沼化する戦況の中で彼らは必ず切り札を切ってくる。相手にとってもベストのシナリオではありませんが、生じる死者の数に目を瞑れば愚策というほどではない。王妃を捕らえればそうなるでしょうね」
そう考えると、第一王子がランザスに帰っているのだって偶然のはずがない。
万が一王妃が捕らえられた場合に、その息子であるアイオスがランザスの指揮をとって母親を奪還するためにファルルアンに攻め込む。
母親への『濡れ衣』を晴らす、というお題目をうたって意気揚々と。
なるほど、よくできたシナリオだ。
(例え企てが気付かれたとしても、その時には逃げ道を塞ぐために何重にも予防線を張っているって訳か)
そもそも、王妃の傍にタイアスさんがいるとしたら捕らえることが出来るのかも疑問だ。
俺は妖艶に笑うディアナシア王妃を思い出す。
綺麗な薔薇にはトゲがあるとはよく言ったものだ。
しかも、これは極めつけである。
「で、でも放っておくわけには……」
俺の言葉には答えずにミレティ先生は、リスティの前に立つと彼女に言った。
「リスティ、貴方に一つ依頼したいことがあります。この国の存亡を賭けた依頼ですが、聞いて貰えますか?」
恩師の言葉にリスティは頷いた。
その大きな狼耳で、先程からの話を聞いていたのだろう。
「ミレティ先生、話は聞いていました。私が出来ることがあるなら何でもしますわ!」
「いい子ですねリスティ。これは貴方にしか出来ないことです」
ミレティ先生は懐から一枚の便せんと羽根ペンを取り出すと、そこに何やら書いて小さく折りたたむ。
エメラルドグリーンの髪をした大魔道士がそれにふぅと息を吹きかけると、それは小さな白いフクロウになる。
まるで生きているかのように見えるそのフクロウ。
紙で出来ているとは思えない。
(凄え……この人の魔道士としての引き出しの多さには、いつも感心するぜ)
こんな時ではあるが思わず感心してしまう。
そのフクロウはリスティの肩の上にとまると、大人しくしている。
「ミレティ先生、これは? 私は一体何をすればいいんですか?」
首を傾げるリスティに、ミレティは答えた。
「リスティ、貴方にはこれからガレスを迎えに行ってもらいます。恐らく屋敷にいるとは思いますが、出かけていたとしても彼がいる場所にはこのフクロウが導いてくれる」
ミレティ先生の言葉に、リスティは思わず目を丸くした。
「ガレスって……ガレス・ロイエールス伯爵! 炎の槍の勇者をですか!?」
「ええ、貴方の聖獣ガルオンを使えばここから伯爵領への遠い道のりもあっという間でしょう。今から迎えに行けば、御前試合の前にはガレスは都についているはずです」
それを聞いて俺は二重の意味で驚いた。
当然だが、まずはじい様のことだ。
「じい様を都に呼ぶつもりですか?」
「何を驚いているんですかエルリット? 当然でしょう、これは国の存亡を賭けた話。四大勇者の一人であるガレスには、その重責を果たす義務があります」
(まあ確かにそうなんだが……)
あのじい様が、やってくると思うと頭が痛い。
公爵家に厄介になっていることも含めて、色々言っていないことが多いからな。
寄宿舎に入れって言われたのを、思いっきり無視しているのを俺は思い出した。
そんな些細なことを言っている場合じゃないのだが、あの気難しい顔を思い出すとつい条件反射的に身構えてしまう。
だがさらに疑問に思ったのはもう一点の方だ。
俺はミレティ先生に尋ねた。
「確かにじい様は四大勇者ですからね。でも、御前試合って……。まさか、こんな状況で御前試合なんてやるつもりなんですか?」
「ええ、というよりもそれ以上の策がない。こちらから動くの危険な今、彼らの挑戦を受けるしかないですからね」
俺はその言葉に思わず問い返す。
「挑戦?」
「そうです。王妃陛下らしいといえばらしい。名のある貴族たちを集めた衆人環視の中で、四大勇者を超える力を披露する。戦を前に、これほど国内の団結を乱すのに適した方法はない。機が熟したところに、貴方という存在が現れたことをうまく利用したのでしょう」
「そうか……そもそも御前試合の目的は、エルークの権威を落とすためなんかじゃない」
そもそもが、エルーク殿下自体が奴らに操られていたんだからな。
俺の表情を見てミレティ先生は頷く。
「そうです。最初から王妃陛下は、そんなことは歯牙にもかけていなかったのでしょう。御前試合の目的は、貴方やエルーク殿下じゃない。そこに同席する四大勇者、つまり私とマシャリアです。衆人の前でミロルミオが私たちを凌ぐ姿を見せつける、その為に何かを仕掛けるつもりでしょう」
「何かって言うのは、一体?」
俺の問いにミレティ先生は首を横に振る。
「さあ、そこまでは」
ミレティ先生は笑っている。
俺が今まで見たことも無い表情だ。
この気配。
味方でなければ戦闘態勢を取っていただろう。
「ですが解決策は分かりますよ。そうでしょう? エルリット」
(確かにな。解決策は明白だ……)
「ええ、示せばいい。衆人環視の中、四大勇者が今もなお絶対的な存在であることを。そうなれば、王妃もランザスもファルルアンへの侵攻をあきらめざるを得ない」
「ふふ、よく出来ました、正解ですよエルリット。逆に利用すればいい。皆の前で力を見せつけるのです、但し彼らのではなくこちらの力をね」
言っていることは正しい。
要するに今のバランスを保つためには、それを維持するための力を示すしかない。
抑止力が今も健在であることを示すのが、現状を維持する最も有効な方法である。
問題はそれが出来るのかどうかだ。
「失礼だと思いますが、先生。出来るんですか?」
「さあ、でもやるしかない。かつて魔王と呼ばれる者と戦った時も、決して勝算がある戦いじゃありませんでしたから」
ミレティ先生の瞳に魔方陣が浮かぶ。
揺らめく大魔道士の輪郭。
「あれから数十年、私もただ指をくわえて過ごしてきたわけではありませんからね。エルリット、貴方にも手を貸してもらいますよ。ここからは実戦です、命の保証はない。ですが、タイアスがこうなった以上、貴方には新しい四大勇者の一角として仕事をして貰います」
いつもご覧頂きましてありがとうございます、雪華慧太です。
皆様の応援のお蔭で、この度『転生チートは魔王級!!』が書籍化されることになりました。
ありがとうございます!
発売予定日は5月29日、地域によっては店頭に並ぶのに数日かかることもあると思いますのでご容赦ください。
書籍版ならではのお話も追加してありますので、Web版をご覧の皆様にも楽しんで頂ける一冊に出来たかなと思います。
イラストレーターのox様には、とっても素敵なイラストを描いて頂きましたので、店頭でお見かけになられましたらぜひお手に取ってご覧になって頂ければ嬉しいです!
どうぞよろしくお願いします。




