第百七話 大樹の外で
「タイアスさんは生きてるってことになる。それも、もしかしたら俺たちと敵対する存在として」
(ゾッとする話だぜ。相手は四大勇者の一人だ、しかもこんな物を作り上げた人間だぞ)
自分は一番弱い勇者だったなんて言っていたそうだが、とてもそうは思えない。
仮に『魔王』と戦った時にはそうであったとしても、今はどうなのだろうか。
「少なくても、俺には想像も出来ない知識を持った相手だな」
危険過ぎる相手だ。
そもそも、相手の目的さえ分からない。
俺は手にした白銀に輝く本を眺める。
ここに書かれた知識さえ、俺には少ししか解読が出来ない。
(色々試してみないと、分からない部分が多すぎるな)
気が付くと、フユが俺の肩の上でこちらを見上げている。
小さな手で俺の頬に触れると、ねだるように言う。
「フユ~、エルリット。もう一度フユちゃんを作ってです」
「仕方ないな、分かったから少し待ってろ」
俺の返事に、フユは頭の上の薔薇をぱぁっと広げた。
全く、こいつは気楽でいい。
俺はため息をつきながら、錬金術の修練も兼ねてフユの願いを叶える。
大地に描かれていく魔法陣。
モコモコと動き始める地面。
「モコモコしてるです! 一緒に遊ぶです!」
次第にフユの姿に変化をしていく疑似生命体に、俺は魔力を注ぎ込む。
錬金術の書を見つつ、多少なりとも工夫を加えていく。
疑似生命体の命の源ともいえる核を作る作業。
先程よりも多めの魔力を注ぎながら、それが循環できるように細かい術式を加えていく。
(くそ、やっぱり分からない部分が多すぎる。循環するたびにロスする魔力が結構あるな)
だが、さっきよりはましのはずだ。
ムクリと起き上がる人間サイズのフユ。
それを見ると、フユは嬉しそうに自分に似た疑似生命体の肩に飛び乗った。
『フユ~』
「フユ~」
顔を見合わせてるフユたち。
俺の術式で制御された疑似生命体がトコトコと歩くと、その肩の上でフユは嬉しそうに笑う。
「動いたです。行くです、フユちゃん!」
『フユ~』
多少の工夫を施したお蔭で、先程のように直ぐに崩れることはなさそうだ。
フユの遊び相手をさせておくには十分だろう。
そんなことをしていると、大樹の外から声が聞こえた。
「エル君、開けて頂戴! ミレティ先生をお連れしたわよ」
「ああ、リスティさん。待ってました! 直ぐ開けますよ」
流石に聖獣使いだけあって速い。
(ガルオンのスピードはヤバいからな)
出来たら俺も聖獣を一頭欲しいぐらいだ。
俺は声がした方に急ぐと、小部屋の端に手をかざす。
すると、この部屋を開くカギとなる白銀の魔法陣が発動する。
小部屋が外に通じると、リスティさんとミレティ先生が入って来た。
(ん?)
俺はミレティ先生の後ろに立っている二人を見て驚く。
「エリーゼ! それにエリザベスさんも!? どうしてここに?」
その言葉に、エリザベスさんが少し怒ったように俺を見つめると抱き締めた。
「どうしてじゃないわ!」
俺が大人モードだけあって、ギュッと抱かれるとエリザベスさんの顔が俺の顔の直ぐ側に迫る。
大きな胸が、俺の胸板に当たっているのが感じられた。
その感触とエリザベスさんの髪のいい匂いが堪らない。
公爵が尻に敷かれるわけである。
(ぐふふ……これは一体?)
だらしない顔をしている俺を、リスティがジト目で眺めている。
エリザベスさんは暫くギュッと俺を抱き締めた後、手を握ると。
「リスティから話を聞いて飛んできたのよ。心配したわ!」
「エリザベスさん」
その目はまるで母親の目である。
エリザベスさんは本当に、俺のことを息子みたいに思ってくれているのだろう。
「すみません、エリザベスさん」
いかがわしいことを少しでも考えた自分を、俺は反省した。
「エルリット」
俺はそんなエリザベスさんのドレスに隠れるようにして、こちらを見ているエリーゼに気が付く。
いつもなら嬉しそうに傍にやってくるのに、どうしたのだろう?
(ああ、そうか)
俺は大人モードを解除した。
グングンと背が縮み、エリーゼとさほどかわらなる。
すると、エリーゼの顔がぱあっと明るくなって俺に抱き着いた。
「エルリット! エリーゼも心配しました」
「ごめんな、エリーゼ。心配かけて」
やっぱりエリーゼは可愛い。
ミレティ先生は俺に歩み寄ると。
「エリザベスが、どうしても一緒に来ると言うものですから。それに私と一緒に行動した方が安全でしょうし」
(確かにな。どこに敵がいるか分からないなら、例えこんな場所でもミレティ先生が居る場所が一番安全かもしれないな)
ミレティ先生は、大樹の中に作られたこの小部屋を眺めると、少し呆然とした様子で口を開いた。
「それにしても、タイアスがこんな物を作り上げていたなんて。流石に私も驚きました」
そして直ぐに横たわるエルークに気が付いて、その傍に居るアーミアに歩み寄った。
エルークの額に浮かび上がった魔法陣。
そして首筋に描かれている魔方陣、その双方を確認している様子が見て取れる。
いつになく真剣な眼差しだ。
アーミアが思わずミレティ先生に願い出る。
「ミレティ様、エルーク殿下をお助け下さい!」
必死なアーミアの姿を見て、ミレティ先生は頷いた。
「少し時間を貰えますか? もしこれを描いた人物がタイアスだとしたら、不用意に手を出すのは危険ですから」
俺もミレティ先生の言葉に同意する。
エルークの傍に膝をついて、首の魔法陣の解析を始めたミレティ先生。
「エルリット、詳しい話はその後です。いいですね?」
「ええ、分かりましたミレティ先生」
エリザベスさんもエリーゼも心配そうだ。
あまり親しくはしていなかったようだが、同じ王族だからな。
その時、俺の手を握ったまま不安そうにしているエリーゼの顔が明るくなる。
『フユ~』
「エリーゼお姉ちゃんが来たです!」
傍にやって来たのは、フユと疑似生命体のフユである。
「エルリット、フユちゃんと大きなフユちゃんです。可愛いです」
状況が状況なので、興奮を抑えようとするエリーゼの姿が可愛らしい。
俺の手を握るエリーゼの手に力が入った。
フユが偉そうに疑似生命体に言う。
「フユ~、お姉ちゃんに挨拶するです!」
『フユ、フユ~』
大きなフユがエリーゼにぺこりと頭を下げた。
実は俺が操っているんだけどな。
その様子にすっかり夢中になるエリーゼ。
「ミレティ先生、エリザベスさん。俺、エリーゼとフユを連れて少し外に出ていますよ」
俺の言葉にミレティ先生は頷いた。
難しい手術をするような慎重な作業だ、邪魔になるといけない。
エリーゼはエリザベスさんを見上げる。
エリザベスさんは、微笑むとエリーゼの頭を撫でた。
「大丈夫よ、エルーク殿下の傍にはミレティ先生も私もついているから。エリーゼは少し外で待っていなさい」
「はい、お母様」
その言葉にコクンと頷くエリーゼ。
エリザベスさんは俺の肩に手を置くと。
「エリーゼをお願いね。エリルット君」
「ええ、任せてください。エリザベスさん」
ミレティ先生が、エルークの状態を確認し終えるまで少し時間がかかりそうだ。
邪魔をしないように、外で待っているのが一番だろう。
俺は再び小部屋の壁に手をかざして外に出る。
その後ろから、トコトコと大きなフユが歩いてきた。
「フユ~、エリーゼお姉ちゃん行くです!」
エリーゼも一緒に外に出てくる。
「私も行くわ、エル君」
リスティが長い尻尾を揺らしながら小部屋から外に出ると、その後ゆっくりと入り口は閉じていく。
仲良く手を繋いでいるエリーゼと、幼稚園児ぐらいのサイズのフユは姉妹のように見える。
エリーゼは興奮したように辺りを見渡して、自分たちが出てきた大樹を見上げた。
「エルリット、凄く大きな木です。エリーゼ、ビックリしました!」
「ああ、俺も初めて見た時は驚いたさ」
俺も改めて大樹を眺める。
好奇心旺盛な瞳で辺りを見回していたエリーゼが、俺に駆け寄ると。
ある物を指さして言った。
「エルリット、あれは何ですか?」
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