第百話 錬金術
「フュリートのこともある。少し場所を変えて話をすることにしよう」
エルークのその言葉に、俺は尋ねた。
そもそもフュリートは今どこなのだろう。
封印の中に入り、あの扉の前で壁画の説明をしてくれたのはフュリートだ。
「殿下、場所を変えるって一体何処へ?」
この部屋に入る前にフュリートは、魔方陣が糸状に変化しもので繭のように包まれて消えた。
そして代わりに現れたのが、エルークだ。
見たことも無い術式だったのを覚えている。
その問いにエルークは答えた。
「王宮の私の部屋だ、エルリット。フュリートはそこにいる」
「王宮に? 一体どうして……」
リスティやアーミアも目を丸くした。
「エルーク様のお部屋に?」
「そんな、どうやって?」
俺はあの時、フュリートの血で描かれた魔法陣を思い出す。
そしてエルークに尋ねた。
「全ては把握できませんでしたけど、もしかしてあれは空間移動の術式ですか? 殿下とフュリートさんの位置を入れ替える為の術式のようにも思えましたけど。だけどそんな魔法は聞いたことも無いし、そもそも普通の人間の魔力ではとても発動しそうには思えなかった」
エルークの眼差しが厳しくなる。
赤と青の瞳が俺を射抜いていた。
「エルリット、お前にはあれが読めたのか? あれは奴らの言語だ。私やタイアスでさえまだ知らぬ部分が多いというのに、どうやって?」
(そうか、初めて見る言語だとは思ったんだよな。今まで見た古代言語よりも遥かに複雑で、高度な術式だった。あれは、いわば魔族の言葉ってことか)
「……つまりは、あの魔法はさっきの化け物達の言語で書かれた術式によって発動したってことですね?」
俺の答えに、エルークは静かにこちらを見つめている。
「まだ答えを聞いていない。エルリット・ロイエールス、お前は何者だ?」
この国の第二王子の体から、強烈な魔力が沸き上がる。
赤と青の瞳が、光を帯びた。
リスティが身構える。
「殿下! どういうおつもりです!? 正気に戻られたのではなかったのですか?」
アーミアもエルークに縋りつく。
「殿下、おやめください! ようやく元の殿下にお戻りになられたと思ったのに」
俺は二人の美女のその姿に、溜め息をつきながら言った。
安心するようにと。
「リスティさん、アーミアさん。殿下は正気ですよ。だからこそ、俺のことを警戒をしているんだ……もしあれが魔族の言語なら、それが分かる奴を俺だって警戒する」
リスティやアーミアにも、俺の言っている意味が分かったのだろう。
こちらを見る二人。
リスティが俺に問いただす。
「確かに変だわ、どうしてエル君が?」
つまり、俺は今、疑われているわけだ。
「殿下は疑っているんですね? 俺が殿下のように、魔族に取りつかれているんじゃないかって」
要するに、そんな連中が存在する訳だ。
一見人間に見えて何食わぬ顔で過ごしている奴の中に、奴らの手先が。
(かつて、魔王と呼ばれた男のようにな)
それ以外に、これほどエルークが俺を警戒する理由がない。
先程とは全く違う態度。
オッドアイの王子の体から沸き上がる殺気は本物だ。
エルークは俺に言う。
「……それはつまり、答えられんということか?」
「いいえ、答えても殿下が納得しないってことですよ」
俺は例の(やり手)の女神のお蔭でこの世界の言葉が全て理解できる。
白竜たちの言葉さえ話せたぐらいだからな。
だが、そんなことを説明したところで、エルークは納得はしないだろう。
「一応、言っておきますけど俺に理解できない言葉はないんですよ。『魔族の言葉が』理解できたわけじゃなくて、『魔族の言葉も』理解できるんです」
「それを信じろとでも?」
(だろうな、逆の立場なら俺でも信じねえわ)
アルサとラセルの言葉が分かるって話した時のことを思い出す。
マシャリアもギルバートさんも、白竜の夫婦が白い翼で俺の頭を撫でるまで信じなかったからな。
つまりは百聞は一見に如かず、論より証拠だ。
俺の体から強力な魔力が沸き上がるのを知り、リスティが叫ぶ。
「エル君! やめて、何をするの!? 殿下もおやめください!!」
同時にエルークも凄まじい魔力を身に纏う。
先程通路で俺を串刺しにしようとした土の柱と同じものが無数に現れ、俺を襲う。
だがその土の柱は、俺の周りに現れた、幾多の腕に阻まれた。
そう、大地から沸き上がるように出現した腕に。
アーミアが目を丸くして叫んだ。
「それは、お兄様の!? 一体どうやって……」
リスティも驚いたように俺を見る。
「それはフュリートの錬金術! エル君がどうして、さっき一度見ただけのはずよ!?」
「ええ、リスティさん。一度見ましたから、少し俺なりにアレンジしてみましたけどね」
フュリートの術式を俺の魔法紋に合うように微妙にアレンジしている。
その方が遥かに発動が速いからな。
言ってみれば俺の魔力の量に合わせて、蛇口は全開するような仕様にした感じだ。
じゃなきゃ、今頃エルークの土の柱が俺の体に届いている。
エルークは静かに俺を見ている。
「……フュリートの錬金術を真似ただと?」
まだ俺を警戒をしているエルークの前で、この研究室の天井に描かれた巨大な魔法陣の一部を読み上げる。
しかも、なるべく難解そうな部分を。
エルークは目を見開いた。
「まさか、本当に全ての言語が理解できるのか? あれはかつて地竜族が使っていた古代文字。タイアスが研究を重ねて、錬金術に組み込んだものだ」
「流石に、あのレベルになると、分かるのと使いこなせるのは全く違いますけどね」
俺は天井見上げながらそう答えた。
そこに描かれた魔法陣は言葉としては理解できるが、なぜそう描かれているのか俺にも分からない部分だらけだ。
容易には真似が出来ない。
そもそも発動のさせ方さえ分からないぐらいだ。
それほどに複雑なもの。
(地竜族か……千年前、壁画の少女と一緒に闇と戦ったっていう種族だな)
只のでかいドラゴンに見えたが、あの言語を見る限りかなり高度な魔法を使いこなせたのだろう。
そうでなければ、地の底に眠るあんな化け物と戦えるはずもない。
エルークは笑う。
「面白い、どうやらお前が言っていることは本当のようだな。もしそうだとしたら、エルリット、お前にはやって貰いたいことがある」
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