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第九十九話 黄金の術式

「四大勇者と呼ばれる者達でも、奴を滅ぼすことは出来なかったのだ。光の力を持つ者しか、奴等を完全に滅することは出来ん。地竜の杖を復元するために各地を回り文献を調べておられたタイアス様は、それを知ったのだ。かつて聖地と呼ばれた場所がこの地であると言うこと、そして千年前再び封じられたこの女のこともな」


 エルークの言葉を聞いてリスティが思わず、声を漏らす。


「そんな……四大勇者がかつて倒した魔王って言うのは、今私たちが見ているこの女の手下に過ぎないってこと? じゃあ、もし足元にいるこの化け物たちが目覚めたら……」


 青く美しいリスティの瞳が地下深くに眠るモノを見つめている。

 三つ首の黒狼、そしてそれにまたがる魔王……闇の女王を。

 改めて見ると、その女は妖艶だ。

 男を誘惑するようなスタイルと艶めかしい唇。

 濡れるような黒髪と、その間から生える漆黒の角。

 エルークはリスティに答える。


「その答えは分かっているはずだ。真の魔王であるこの女と、滅びの黒い牙と呼ばれるこの獣が目覚めれば世界は終わりだ」


「そんな……」


 震えるリスティの手を俺は握った。

 いつも気丈なリスティが、怯たように震えていたからだ。


「……エル君」


 よく考えてみたら、リスティだって俺から見たら年下だからな。

 20代でこんな厨二すぎる現実を知ったら、俺だって卒倒しそうになるだろう。

 だが俺は、一度死んだこともあるいい歳のおっさんだからな。

 息を大きく吐いて一度冷静になろうと試みる。

 あまりに異常な存在を目の当たりにして、自分がすっかりのまれているのが分かったからだ。

 

(こいつが目覚めて『世界が崩壊しました』なんてことになるのは御免だぜ)


 この世界に生まれた時、俺を抱いて微笑んでいたママンを思い出す。

 その横にいるアレンを。

 そして、じじい。

 エリーゼやエリザベスさん……いかん、公爵を忘れかけてた。

 俺の家族、そして家族のように思ってくれる人たち。


「フユ~、エルリット……世界が滅びるですか?」


 肩の上でフユが不安げに俺の顔を見上げている。

 俺はその頭を撫でた。


「お前もそうだよな、フユ」


 バロたちやフユだって俺の家族だ。


「フユ~」


 俺が頭を撫でると少し安心したのか、すっかりしぼんでいたフユの頭の上の薔薇が開いた。

 エルークが俺の姿をジッと見つめている。

 そして口を開いた。


「エルリット・ロイエールス。お前は面白い男だ、これを見ても瞳から光が失われないとはな」


「ええ、俺は生まれてくる妹に『お兄ちゃん大好き!!(ハート)』って言ってもらう予定なんでね。その前に世界が滅ぶのは御免なんですよ」


 俺の言葉にエルークは呆れたように笑った。


「ふふ、はは……お前は本当に変わった男だ。この場に立ちあの女の姿を見て以来、俺はもう自分が心の底から笑うことはないとは思っていた。だが、お前と話をしているとそれが馬鹿馬鹿しく思えてくる。マシャリアが、そしてあのミレティが認めたのも分かる気がする」


 この国の第二王子は続けた。


「エルリット、お前に話がある」


「殿下?」


 俺の問いかけにエルークは静かに口を開いた。


「四大勇者の一人、そして我が師である大地の錬金術師タイアスが辿り着いた真実。俺が知る全てをお前に話してやろう」


(そうだ、俺にも疑問がある。じい様やマシャリア、それにミレティ先生は本物の魔王の存在を知っているのか? タイアスさんは今一体何処にいるんだ? それに……) 


 千年前の戦いで、生き残った闇の眷属……

 さっき消滅したかつて魔王と呼ばれた存在。

 エルークは俺に言った。

『あれはこの女に仕える眷属に過ぎん。かつて闇と光が戦い、その時に逃れた一部の闇の眷属どもが長き時を経て力を取り戻した。その一人を人々が魔王と呼び、かつて四大勇者と呼ばれる者達が命懸けで倒したのだ』と。

 一部の闇の眷属ども……つまり、それはあいつだけじゃないってことだ。

 だとしたら残りの連中は一体何処にいるんだ?

 俺がそんなことを考えていると。

 エルークは、俺の傍に立つアーミアを見つめた。


「アーミア」


 アーミアも先程からずっとエルークを見つめている。

 

「心配をかけたな、アーミア」


「エルーク様! 私は……私はエルーク様が変わってしまわれたのかと、三年前のあの日からいつも……ああ、エルーク様!!」


 アーミアは人形のように整った顔に涙を浮かべながら、エルークの胸に飛び込んだ。

 それを抱き留めるエルーク。


(おっと……)


 どうやら二人は恋人同士だったようだ。

 アーミアが言ってたもんな。

 エルークが昔、言ってくれたって。

『もしお前が罪深い存在だと皆に言われるのなら、いっそ私が何処かに連れて逃げてやろう』ってな。

 アーミアは二人目の兄のように思っていると言っていたが、目の前で抱き合う二人はどう見ても恋人同士だ。

 エルークの指先が優しくアーミアの額の宝玉に触れる。


「あ……」


 アーミアは声を漏らして、一瞬体を震わせる。

 エルークの指が赤い石の表面をなぞると、アーミアの頬が染まってエルークにしっかりと体を寄せる。

 強い魔力をエルークから感じる。

 四大勇者に近いほどの魔力というのは、決してあの化け物に取りつかれていたからではないようだ。


(これは……見たことも無い術式だ。錬金術のようだが)


 アーミアの額に触れているエルークの指が黄金の術式を描き出す。

 それが宝玉の表面に吸い込まれるように映し出されると、アーミアの体が一瞬痙攣してその美しい唇は、震えながら深い吐息を漏らした。


「ああっ……」


 アーミアの額の宝玉。

 俺たちと戦った時、そこには少し亀裂が入っていた。

 それが見事に修復されていく。

 エルークがアーミアの額を愛し気に撫でた。

 アーミアの頬は赤く染まっている。


「エルーク様、アーミアは……」


「何も言うな、心配をかけて悪かった。安心しろ、フュリートも無事だ」


 エルークの言葉通りなら姿を消したフュリートさんも、どこかで無事にしているのだろうか?

 俺がそんなことを考えながら二人の姿を眺めていると、リスティが赤い顔をして手で俺の目を塞いだ。


「だ、駄目よ、ここから先は! エルーク殿下もこんな時に……」


 俺はリスティの指の隙間から、そっと唇を重ねるエルークとアーミアの姿を見ていた。

 美男美女だけあって絵になる光景だ。


 まあ、こんな時だからかえって燃え上がるというものだろう。

 ほぼ恋愛経験のない俺が言うのも何だが、愛とはそういうものだと昔から相場が決まっている。

 いつの間にか俺たちの足元は元の大地に戻っている。

 だがその下には、恐るべき存在が眠っている事には変わりはない。

 エルークは、こちらを振り返ると俺たちに言う。


「フュリートのこともある。少し場所を変えて話をすることにしよう」

いつもご覧頂きまして、ありがとうございます!

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