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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

公爵令嬢vsシリーズ

公爵令嬢vs第二王子

作者: 広畝 K

前作『公爵令嬢vs』の続編です。

気楽にお読みください。

 決闘当日。

 王立闘技場の周りには王都の民衆が大挙して押し寄せてきていた。


 暴動、というわけではない。


 いずれの民の目にも興奮と好奇心と歓喜がない交ぜになっており、頭は脳内麻薬の過剰分泌でハッピーになっている。


 理由はシンプル。たった一つだけしかない。


『第二王子と公爵令嬢の決闘を見ることができる』


 これに尽きる。


 一般民衆が、誇り高き貴族の決闘を見られることなど滅多にない。まして、第二王子と公爵令嬢の決闘なら尚更だ。しかもたった一人の男爵令嬢を賭けて戦うと言うのだ。

 誰もが夢見るおとぎ話のような現実は、この平々凡々たる歴史しか歩んでこなかった国を狂喜に沸かせた。

 

 第二王子の行動を逐一報告してくる影の通達を聞いて、国王も興奮した。

 魔法学校のちんけな決闘場で行うのは勿体ないと判断し、王立闘技場の使用許可を勅令で出した。


 また、此度の決闘において、国王は各部署に勅令を乱発した。

 本来なら、勅令は滅多なことでは出されないし、出してはならないものだろう。国王の威厳と尊厳、その他諸々の価値が掛かっているからだ。

 しかし王はこれっぽっちも躊躇せず、勅令を出しに出した。国王の興奮具合と手遅れさが分かろうというものである。


 勅令の一例を挙げるなら、王立魔法研究所への勅令がある。

 王立魔法研究所の所長から末端に至るまで全て動員させ、決闘の様子を見ることのできる映写魔術を施させたのは王の采配であった。

 王立闘技場に入れないにも関わらず、民衆の誰もが仕事を放りだし、見物に来ているのはそのためだ。

 国内外への影響、民衆の安全確保、財源と資源の使用状況、経済状況、貴族の仕事遅延による民衆への影響などなどを考えた上での、勅令の乱発。

 普通なら暴動が起きてもおかしくないほどの、無茶っぷりである。


 だが、誰もが此度の王の采配を賛美し、喝采した。

 それだけの価値が、この決闘にはあったのだ。誰もがそれだけの価値を、この決闘に見出していたのだ。

 

 王立闘技場周りの民衆達はそれぞれ隣の者たちと言葉を交わしながら予想を話し合っていたが、街中は違った。

 街中では多くの民衆が、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎを起こしている。

 出店も多く並び、手軽に食べられる軽食や飲み物、酒、子ども達にはお菓子などが販売、或いは配布されている。

 そこには男も女も年よりも子どももなく、皆楽しげに騒いでいた。


 兵士たちは民衆達が酔って暴れても取り押さえられるよう、平服で街中を巡回している。

 第二王子と公爵令嬢のどちらが勝つかという賭けが公然と行われているが、兵士たちはこれを取り締まったりはしない。

 それどころか、俺も混ぜろと言わんばかりに身を乗り出して賭け札を購入している。

 一見して無法状態に近いものはあるが、この国の人々は基本的に人畜無害であり、教養もあるため、騒ぎ以上の事件はあまり起こらない。


 そして、こうした民衆の風俗に関して王家は推奨している。


 なにせ王侯貴族の大部分も仕事を放りだし、決闘を見に来ているのだ。

 辺境にいる貴族すら、此度における決闘の知らせを聞いて飛んで来たほどである。

 しかし誰も咎めない。誰もがその辺境貴族の立場に置かれたら、そうしないではいられないだろうという確信があるからだ。


 貴族は民衆のために働く義務があると言うのに、それらを放ってここに来ている。

 本来なら罰せられるべきだが、王家はそれらの貴族が自力で民衆達に責任が取れるのならとして、寛大にも咎めていない。


『仕事より、生活より、金銀宝石より、人生よりも、素晴らしい一瞬がこの世界にはある。私は、それを垣間見た。私は、幸福であった』


 初代アークハイル国王の遺言が、今も尚この国に息づいていることの証左であろう。

 誰もが狂喜し、そして狂気し、此度の決闘を見ることを望んでいる。見られることを幸福に感じている。

 諸国から潜入しているスパイでさえ興奮して仕事が手につかず、むしろ率先して放り出して、王立闘技場での決闘を待ち望んでいる。


 唯一この決闘の影響外で働いているのは、決闘の情報を知らずに国境スレスレを見張っている、くたびれきった老兵くらいのものだろう。


 そして、遂に第二王子と公爵令嬢の決闘が幕を開ける……!



 



 決闘開始を告げる聖なる鐘が、天高く響き渡った。それに伴う観衆の歓声が、王都の空気を震わせる。

 蒼天には雲一つなく、地には興奮が渦巻いている。


 時は満ちた。


 戦闘準備を済ませた公爵令嬢ロザリア・シュベルクハウトは闘技場の中央に立っていた。

 腕を組み、目を閉じ、堂々としていながらも静かな雰囲気を損なわない。それでいて令嬢独特の軟弱さを感じさせない凛々しさを纏っている。

 仕立てた勝負服は純白。白銀の長髪は一つに括って背中に垂らしている。その清澄なる佇まいは、清廉潔白で勇敢なる白騎士を思わせる。


 決闘前であると言うのに、その普段と変わらぬ落ち着き様は、観衆たちの高揚した心をこれでもかと焦らす。

 観衆である王侯貴族たちと、闘技場の外で観ている民衆たちに、流石はシュベルク公爵の御令嬢であると賞賛させ、感嘆のため息を漏らさせた。


 一方その頃、第二王子であるシャルル・アークハイルは、控え室で震えていた。

 その震えは怯懦によるものか、それとも武者震いか、或いは、戦う覚悟を決めかねているのか。

 手加減や遠慮は一切無用の決闘とは言え、相手は自分の元婚約者。誇り高き公爵令嬢とは言え、彼女は未だ女性になりきっていない年若の少女。彼の心は、少なからず揺れていた。その雰囲気は周囲に立って彼を見守っている友人たちにも伝わる。

 だが、彼は俯いたまま椅子に座っているため、その表情を直接窺い知ることはできない。

 彼の友人たちは顔を見合わせ、シャルルに優しく声を掛けた。


「シャルル、君の実力なら相手があのロザリア嬢であろうと決して負けることはない。そうだろう? ネルソフ」


「マークェスの言う通りだとも、シャルル。君は学校内で最も剣筋が良いじゃないか。騎士団長を親に持つこの俺が認めてるんだぜ? 胸を張るんだ」


「剣だけじゃない、魔法の技術も一流だよ。王立魔法研究所所長の息子、このロビン・トワイトネルが保障する。君は強い」


 シャルルは顔をゆっくりと上げ、友人たちの顔を見回した。

 その表情は泣いているような笑っているような、なんとも言えない表情で、彼の顔を見た友人たちは思わず再び顔を見合わせた。


「みんな、ありがとう。私のような者に、君たちは勿体ないな……」


 シャルルの弱気な発言を聞いて、宰相の息子であるマークェスは声を上げた。


「何を弱気になっているんだシャルル! 君なら勝てる! 勝てるんだ……!」


 ネルソフもシャルルの肩を軽くたたきながら、微笑んで言う。


「そうだともシャルル! 弱気になるなんてお前らしくもない。俺を負かした気合はどうした!?」


 メガネをくいっと上げながら、ロビンも諭すようにシャルルに語りかける。


「魔法は術者の気持ちに敏感です。そう弱気になると、勝てるものも勝てなくなりますよ?」


 シャルルは、心の底から神に感謝した。


 自分のような者に、心から案じて心配してくれている友人たちを与えてくれたことを。

 自分のような者に、剣術と魔法の才能を与えてくれたことを。

 自分のような者に、一世一代の舞台を与えてくれたことを。


 彼は目から溢れてくる情熱を堪え、友人たちに微笑んだ。

 そしてゆっくりと立ち上がり、壁に立て掛けておいた愛用の魔法剣を腰に帯び、気合を入れる。

 

 彼の気合は魔力の奔流となって体を覆う。

 その色は暖かな橙色で、彼の本質を物語っているようだった。


 シャルルは先ほどの弱気など無かったかの様に、力強い笑みを浮かべた。

 

「心配を掛けてしまって、すまなかった。ちょっと弱気になってしまったみたいだ」


 普段のシャルルが戻ってきたことに安堵した友人たちは、いつも通りに彼の肩や背中を叩いて励ます。


「君が勝ったら、フルートも君に惚れ直すさ」


「そうとも。フルートが王妃になれば、この国も安泰だ」


「フルートを幸せにできるのは君だけですよ」


 友人たちが掛けてくれた暖かい言葉が、シャルルの心を奮い立たせる。


 彼は改めて、戦う覚悟を決めた。


(この友人たちのためにも、そしてフルートのためにも、私は……私は絶対に負けるわけにはいかない!)






 シャルルが魔力を纏わせて闘技場に姿を現した瞬間、観衆のボルテージは最高潮に達した。

 王家直属の楽団が高らかにマーチを演奏し、歓声は両者の誇りを称え、天は白き光で闘技場を祝福した。


 シャルルが纏うは、彼のためだけに仕立てられた勝負服『太陽の鎧』である。

 それは人体の急所を薄く覆う魔法金属で出来ていて、人体への致命的な一撃を防ぐ。薄いとは言え、ドラゴンの爪ですら軽く弾き、薄傷すらつかないほどの防御性能を誇っている。さらに身体能力を向上させる補助魔法も常時掛かっているという一級品の魔法鎧である。

 暖かな橙色の魔力と調和するその太陽の鎧は、シャルルが本気を出して戦うときにしか着ないという切り札でもある。

 そしてそれは、2年前にあった大災害『竜の暴走』時に着られたきりであった。 

 

「これを着て君と戦うのは、2年ぶりだね……」


 シャルルは何の気負いも執着も見せず、むしろ穏やかな口調でロザリアに話しかける。

 ロザリアは既に目を開けていて、シャルルの太陽の鎧を見て薄く笑った。


「あの時は、相手が私ではなくレッドドラゴンだったがな」


 シャルルは愛剣を鞘からゆっくりと引き抜きながら、ロザリアを鋭く見据える。


「残念だよ、ロザリア。君との思い出が詰まったこの装備で、君を殺さなければならないなんてね」


 シャルルは愛剣を抜き払うと、ロザリアに突きつけた。

 ロザリアは薄い笑いを保ったまま、腰に佩いていた東国拵えの片刃の剣を抜く。


「感傷に浸る間があるのなら、少しは己の心配をするが良い。私は、強いぞ?」


「知ってるよ。だから……全力でいかせてもらう……!」


 同時に得物を構える。

 お互いに、もう言葉は無い。

 そこにあるのは、気心の知れた相手の殺気だけだ。


 互いに仕掛ける機をうかがっている。

 闘技場は妙に静かだ。互いの心音すら聞こえそうなほどの静寂。世界から音が消えている。

 空白の時間。狂気の時間。

 短いのか、長いのか、延々と続く停滞が、この決闘を見守る者たちの意識を苛む。


 何某かが息を飲んだ時、シャルルの姿が消えた。


「はああああっっ!!!!」


 瞬間、闘技場に響く裂帛の気合。

 シャルルは一瞬にしてロゼリアを射程圏内に捉えていた。彼は突進した勢いを全てエネルギーに変え、流れるように剣に纏わせ、そのまま一気に振り下ろす。

 目にも映らぬ剣閃は、狙い違わずロゼリアの脳天に吸い込まれていき……火花を散らした。


(木の鞘でッ……!!?)


 シャルルは一撃を防がれても慌てず、すぐに剣の軌道を変え、フェイントも交えて斬撃を繰り出す。

 その剣閃は幾十、幾百もの線となって、相手を撃つ。


 だが、肝心のその相手――ロザリア・シュベルクハウトは笑っていた。


 彼女はとても楽しそうに、シャルルの剣撃を受け止めていた。

 そして、剣撃が幾千にも至った頃、一つの小さな違和感がシャルルの魔力に反応する。


(ッ!)


 シャルルは違和感を感じ取ると、すぐに大きく跳び退った。

 一方のロザリアは追撃もせず、左手に持った木鞘をクルクルと優雅に回転させ、再び腰に差している。

 そんな余裕そうな彼女を見ながら、シャルルは思わず頬に手を当てた。


 手には血が付いていた。

 頬には、一本の赤い線がうっすらと刻み込まれていた。


(私の頬に傷が……? ロザリアの攻撃か……!)


 シャルルは気を入れ直し、魔法剣を正眼に構えた。


(なっ……なんだこれは……!)


 シャルルは決闘中であるにも関わらず、構えを解いた。

 とは言え、ロザリアはそれを全く気にも留めた風でもなく、シャルルの好きに任せている。

 彼は余裕綽々な対戦相手を観察する余裕もなく、信じられない思いで魔法剣を見つめていた。

 何度瞬きして見ても、彼の剣の刃は無残に朽ち果てている。

 刃毀れがどうこうと言った話ではない。刃渡りの大部分が完全に白い塵と化し、触れるだけでサラサラと流れ落ちていくのだ。


「ロザリア……貴様……! 私の愛剣をどうしたのだ!!!」


 ロザリアはシャルルの悲鳴に近い声を聞いて、呆れたようにため息をついた。


「そんなことも分からないのか? お前がむやみに剣を振り回すからそうなるんだ」


「なんだって…………そんな、まさか……!」


 シャルルの顔から血の気が失せていく。

 漸く気がついたのか、と言わんばかりにロザリアは冷たい視線でシャルルを睥睨した。


「理解したようだな、魔力で強化した武器同士で打ち合うということの意味を……」


 落ち着いた様子で話すロザリアとは対照的に、シャルルは目を見開いたまま小刻みに震えていた。

 その心中は酷く乱れていて、試合開始時の穏やかさなどすっかり消し飛んでいた。

 彼の顔色は蒼白で、歯の根が合わずにがちがちと鳴っている。


 シャルルは極めて優秀であった。

 そして、だからこそ、先ほどの攻防でロザリアの力量を理解してしまった。


 いや、より正確に表現するなら、『彼女の実力の高さが把握できない』ということを、理解してしまったのだ。

 繰り出された幾千にも及ぶ剣撃を全て防ぎきるほどの技量。

 魔力防護の付いた魔法剣を完全に風化させるほどの魔力強化。


 そして、それらは魔力の浸透率が低い木製の鞘で行われたという現実。


 シャルルはロザリアの力を目の当たりにして、完全に恐怖した。

 無意識の内に膝をつき、呆然とした表情で彼女を見上げた。


(私では、どう足掻いてもロザリアに勝てない…………決して……)


 ロザリアは右手に持っていた片刃を鞘に収め、シャルルの目を見据えてゆっくりと歩き出す。

 シャルルはロザリアが近づいてくるごとに、怯えの色が濃くなっていく。


 しかし、シャルルは決して後退する素振りは見せなかった。

 ガタガタと震えながら、その場で膝をついたまま、ロザリアの挙動を凝視している。


 ロザリアは歩を止め、恐怖に囚われたシャルルを眺める。

 その視線には憐れみが込められていた。

 

 彼はその視線に見覚えがあった。そしてすぐにそれを思い出す。

 それは、彼が始めて彼女に会った時と同じ視線だった。

 彼女は道理を弁えた大人の様であると彼は幼心に感じ、自身を恥ずかしく思ったものだった。

 

(そして今も……私は何も変わっていない……)


 ロザリアは、シャルルを見下ろしたまま淡々と告げる。


「降参しろ。今ならまだ間に合うぞ?」


「降参は……しない……!」


 シャルルは体を震わせ、目には涙を浮かべながら、それでも声を張り上げる。


「ここで私が降参してしまったら、私に期待してくれた友人達に申し訳が立たない! フルートにも顔向けができない!! 私は、私は……貴様に! 絶対に! 勝たなければならないのだ!!!」


「クッフフフ……フッフフフハッハハハハ!!!」

 

 ロザリアはシャルルの叫びを聞いて、一瞬呆気にとられたが、何がおかしいのか心の底から愉快そうに笑い始めた。


「何がおかしい!!」


 シャルルの憤りを受けて、ロザリアは笑いを収めた。

 その表情は真剣であり、今までの飄々とした令嬢の表情でも、不敵で傲岸不遜を絵に描いたような表情でもない、責任感と義務感を背負った貴族の表情があった。

 シャルルはロザリアのその表情から、言い知れぬ戸惑いを受けた。彼は彼女のこのような顔で見られたことはなかったのだ。


「おかしいさ。仮にも第二王子であろう方が、平民の餓鬼みたいなことをほざいているのだからな……!」


 ロザリアの口調には、シャルルに対する怒りと侮蔑、そして己に対する自責の念が含まれていた。

 シャルルは悔しそうなロザリアを見るのは初めてだった。今にも涙を流しそうな、そんなロザリアを見ることになるとは考えもしなかった。。

 それゆえに決闘中であるということを忘れて油断し、一瞬の内に詰めてきたロザリアの瞬歩に対応できなかった。


 そして、彼は彼女の掌底をまともに腹に受けた。


 ドラゴンの攻撃すら軽く弾くはずの太陽の鎧は、その衝撃をまともに受けて亀裂が入る。当然、その鎧を装備しているシャルルもタダではすまない。


「ガフッ……!!」


 ロザリアの一撃が腹部に深々と刺さって広がるのを感じながら、シャルルは闘技場の壁に吹っ飛び、背中から激突した。

 

「グ……グ、グゥゥ……」

 

 シャルルは声にならない呻きをもらしながら、立ち上がろうとする。だが、立ち上がることができない。足に全く力が入らないのだ。

 いや、足だけでなく全身に力が入らない。それどころか体の感覚がほとんど無い。痛みもない。目の前は真っ暗だ。意識は霧がかったように朦朧としている。

 父母の厳粛な顔、友人たちの顔、フルートの笑顔、そして泣きそうなロザリアの顔が脳裏に浮かんでは消えていく。


 今の彼は意識がかろうじて保っているという状況で、現実の状態を何も把握できていない。唯一分かる感覚は、全身の血管がどくどくと脈打っている感覚と、拳撃を受けた腹部が温かい感覚くらいのものだ。


 少しずつ沈みゆく意識の表層で、ロザリアの言葉が頭に響く。


「お前が王族の一員として頑張ってきたことは誰もが知っている。私としても、腑抜けにしてはよく頑張っているとは思っていた」


 決闘をしているにも関わらず、相手から褒められたことを心の底で嬉しく思った。彼女が褒めてくれたことなど、今まで生きてきた中で、一度だってなかったのだ。


「だが、お前は王族の本質……統率者としての本質を理解していない。だからこそ、どんなに努力しても報われないのだ」


(どういうことだろう?)


 シャルルは悔しさも非力さも感じることなく、ただただ単純にロザリアの言葉の意味を考えた。

 それほどまでに素直に彼女の言葉を聞こうと思えたのは、死が間近に迫っているからかも知れなかった。だが、それは彼の知り及ぶところではない。


「お前は自分に自信を持てず、それゆえに自分本位の考えを持たざるを得なかった。しかし、それは王族として間違っていたのだ」


(何だ? ……彼女は、いったい何を言っているんだ……?)


「自分本位の考えというのは私情であり、多くの民衆を統率する王侯貴族としては、決して持ってはならないものだ」


(…………王族は……いや、貴族も……私情を持っては……いけないのか?)


「王族は民衆のためにある。貴族は王族と民衆のためにある。自らの置かれた立場と義務を忘れ、私情を優先させるなどは愚の骨頂だ」


(それは…………)


「もっとも? 私もそんなご立派な貴族ではないからな。お前との婚約が決まったとき、どうにかして破棄できないかと考えに考えたものだ」


(そんな…………!?)


「そこで目を付けたのが、フルートだ。彼女を私の後釜に据え、私は公爵家と縁を切り、国を出る。彼女は高位貴族としての素質があったからな。だが、お前もフルートに目をつけてしまった」


(だから君は…………私にフルートを……取られると…………手段を選ばず……妨害したのか……)


「そうだ。私は貴族を辞めるために私情を優先し、フルートを確保することを第一義とした。フフッ、どう考えても、貴族失格だろう?」


(君が……失格なら、やはり私も…………)


「そう、私もお前も、人の上に立つ者の器ではなかったんだ。もし違った立場で出会えたのなら、もう少し良い関係を築けたかもしれんな」


(私は…………王位…………諦めるよ…………)


「案ずるな。このまま待っていればお前はそのまま死に至る。苦しいだろうがな」


(別に怖く……ないけど…………………苦しいのは……嫌だな……)


「元婚約者としての誼だ。せめて苦しまぬようにしてやろう」


 瀕死に陥っているシャルルの眼前で、ロザリアは片刃を鞘から抜き払い、上段に構えた。


「さよならだ、シャルル」


(…………ロザリー)


 そして片刃は振り下ろされ、シャルルの意識は闇に落ちた。

続きます……。

次作の『公爵令嬢vsそして――』でシリーズ最後になります。


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― 新着の感想 ―
[一言] えぇっ!? まさかの展開にビックリです。 っていうか、王様、いくら虫の息状態になっているとはいえ息子が殺されそうになっているのに止めないんですかー。 出来ればこの続きを。
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