あの日見た犬の名前を、友達はまだ知らない。
僕たちは、道中歩いていた。
正直思いつきで歌を歌うのは、程ほどにしてほしい。
「太陽が俺を呼んでいる。」
ミカエルはリュートを、弾きながら歩いた。
すると向こう側にも吟遊詩人が、いたのだった。
「雲が俺を優しく包み込む。」
対照的な歌詞の歌を、歌っている人物であった。
もさもさの茶色髪に、ヒゲを生やしたキザが。服を着て歩いているような人間だった。
「おやおや! 吟遊詩人ですか! やることは一つ! 」
その男はギターを鳴らし、近づいた。
「どっちの歌が優れてるか、イッツショウターイム! 」
よろしいとばかりにミカエルは、リュートの音を確認する。
「あれこれって、僕が審査する感じかな? 」
僕はそう言った。
するとヒゲを引っ張ってキザは、返事をした。
「でははじめてくれ……、こういう時は仕掛けた方からって決まってる。」
そう言って僕はヒゲの顔を見た。
「雲が優しく包み込み、大地は風に吹かれる、平穏で柔らかなこの風は、人生だったんだね。」
その詞は悪くない。
ギターもいい感じだ。
「悪くない」
僕はそうとだけ言ってミカエルを見た。
暑いのでお腹を地面につけた。
「ヘェヘェヘェ」
やはり汗が出ない体は、不便だ。
「ちょっと黙っててくれよ」
ミカエルは集中して詞を考えた。
「太陽は大地に語りかけ、大地はそれに答える、僕は誰かに語りかけ、誰かはそれに答える。」
まぁこっちも悪くは無い。
こういうのが一番困る。
どっちとも言えないからな。
というよりどっちも微妙とも言える。
「うん、そうだな、ヒゲの優勝」
僕はそう言った。
理由は、身内はそれだけで少しマイナス点だ。
まぁ詞に関しては客観的だとは自分でも思うけど。
ミカエルは頭をかいた。
「じゃあな! また会おう旅人君! 」
彼はそういって走っていった。
「旅人・・・ねぇ。」
ミカエルはちょっと落ち込んでるようだった。
「いやまぁ身内だからね。」
僕はフォローした。
「いやそうじゃなくて、俺読み専なんだよねー。」
なるほどシンガーソングライターではなくシンガーってわけか。
「なら問題ないな、歌い手なのに詩人に間違われたじゃないか。」
僕の方が詞の才能は、あるんじゃないか?
「そうだな。」
僕たちは歩いた。
そのうち考えた詞を、歌わせよう。
道中太陽の照り返しがきつくて何度も呼吸をした。
「思ったんだがなんで喋る犬を見てなんともあいつは思わなかったんだろう。」
ミカエルはそう言って立ち止まった。
「さぁ? 」
分からないがそういう奴もいるんだろう。
「あれあの犬喋ってたじゃん! 」
ヒゲの男は急いで引き返してきた。
「面白い犬を連れてるね君」
ヒゲの男はそう言った。
「なんと鈍感な、詩人なのかそれでも。」
ついつい本音が出てしまうのは僕の悪い癖。
「単純な方が理解のしやすいこともあると思わないか?」
そう言って野原を指差した。
確かに何が起こってるかわかりやすく、見ていて気持ちの良い緑の野原だ。
「詩人の才能はそっちに負けたな。」
ミカエルはそう言った。
「私はネロだ! また会おう飼い主君! 」
そう言ってどこかへまた走っていった。
「忙しい奴だなぁ。」
ミカエルは頭をかいた。
「いや、お前もあれくらいアグレッシブな方がいいかもしれないぞ。」
元気なのはいいことだ。
「若いことはいいことだ。」
僕はそう言った。
昔村で流行った言葉だ。
「ふーんそっかー! じゃあ俺もアグレッシブにいこう! 」
ミカエルは走り出した。
こんな暑い日に走らされるのも嫌だったが、自分が火を付けた手前走るしかなかった。