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サクッと読めちゃうTANPEN!!

君のダンスを踊れ

作者: 提灯鮟鱇

 僕は歩いている。

 なんにも無くて、誰もいなくて、とてもつまらない道をずっと一人で歩いている。

 どこまでも続く一本道。

 それは果てしなく続くようで、でもすぐに終わってしまいそうな気もする。


 赤茶色の乾いた土がわだちを作って、ずっと続いてる。

 道の両脇はどこまでも果てしなく続くきれいな草原だ。

 でも僕は何故かそっちに行く気にはなれないんだ。

 この道をずっとずっと歩き続けてきたからか、それともただめんどくさいからかは僕にもわからない。

 ただ、このきれいな草原の向こうには何も無い気がする。


 僕は歩いている。

 途中でひゅうと風が吹くこともなく、ポツポツと雨が降ることもない。

 鳥が空を横切ることも、虫が歌を唄うこともない。

 何も変わらない道を、ただ歩いている。


 どうして僕はこの道を歩いているのか、自分でもわからない。

 この道を歩いている理由なんて、いつの間にか忘れちゃったよ。

 ただポケットの中には一枚、バスの切符がある。

 僕はきっとバスに乗ろうとしているんだろう。


 バス停はまだ見えてこない。

 もう少し歩こう。


 僕は歩いている。

 今ではお父さんの顔も、お母さんの顔も、王様の顔も、神様の顔も、誰の顔も思い出せない。

 思い出せるのは自分のことだけ。

 僕はダンスが好きだった。


 小さい頃から踊りが大好きで、寝てる間とご飯を食べている間以外は、ずっと踊っていたんだ。

 だって踊っている間は本当に楽しくて、本当の自分になれるんだから。

 僕は大きくなったら踊り子になりたかった。

 踊りが僕のすべてだったんだ。

 ダンスこそが僕の人生だったって言っても過言じゃないよ。


 だから僕は一生懸命練習したんだよ。

 雨の日も雪の日も雷の日も、毎日毎日練習したんだ。

 辛くは無かったよ。

 だって僕はダンスが大好きなんだもん。

 

 そして、ついに僕は国一番の踊り子になった。

 今は顔も思い出せないけど、お父さんもお母さんも大喜びだったな。

 僕のダンスを見て、王様もとても楽しんでくれた。

 手を叩いて「これは素晴らしい」って言っていた。

 お父さんもお母さんも「お前は私たちの誇りだ」って言ってくれたんだ。

 嬉しかったな。

 夜ご飯にお母さんが、いつもの豆のお粥にお肉を入れてくれた。

 王様から沢山もらったんだって。

 とってもあったかくって、とっても美味しかったよ。

 すごく幸せだったのを覚えているよ。



 遠くにバス停が見えてきた。

 もう少しだ。



 ある時を境に僕は踊りを楽しめなくなったんだ。

 だって僕が踊りたいステップは王様が踊らせてくれないんだ。

 いつもお願いされるのは、つまらないダンスばかり。

 なんでもそのダンスは神様に捧げる踊りなんだって。

 とても退屈だったのを覚えているよ。

 毎日毎日、踊りたくも無い踊りを踊らされるんだ。


 だから僕は、たまにちょっとだけステップを変えるんだ。

 ほんの少しだけね。

 でも、そうすると神官って呼ばれてる人たちに怒られるんだ。

 時には鞭で打たれたこともあったよ。

 とても痛いんだ。

 僕は「ごめんなさいごめんなさい」って謝るんだけど、王様も神官もおっかない顔をしながら怒鳴るんだ。

 ダンスが嫌いになったのはその頃からだ。


 それから僕は病気になって、王様も僕をいらなくなっちゃったんだ。

 だから僕は毎日家のベッドに横になっていたよ。

 僕が王様からもらってたお給料が無くなって、お家はビンボウになっちゃった。

 お父さんもお母さんも必死に働いて僕の薬を買ってきてくれた。


 でもね、僕は良くならなかった。

 咳をすると血が出て、歩くことも出来なくなっちゃったんだ。

 もうダンスを踊る元気もなかった。

 すごく苦しかったのを覚えているよ。


 毎日苦しくて、お父さんとお母さんが不安そうに僕を見るんだ。

 お母さんはだんだん痩せていった。

 僕にはタマゴとかゴマとか沢山買ってきてくれた。

 美味しく作ってくれるんだけど、なんでかな、僕は全然食べられないんだ。

 一口だけ頑張って食べて「ごちそうさま。美味しかったよ」って言うと、お母さんはとても悲しそうな顔をする。


 夜になると僕がいない所でお母さんは泣いていた。

 お父さんがその肩を支えてあげてるのが、ロウソクの影で見えるんだ。

「あの子はきっと助かる」ってお父さんはお母さんを励ますんだよ。

 でもね、お父さん、お母さん、ごめんね。

 きっと僕は助からないと思うんだ。

 言ってなかったけど、昨日から目も見えなくなってきちゃったんだもん。


 それでもお母さんもお父さんも優しくって、僕を必死で看病してくれたんだ。

 きっと治るから、また踊りを見せておくれって言うんだ。

 僕の前じゃ優しいお母さんも、強いお父さんも、僕のいない所で泣いてるのを僕は知ってるよ。

 僕にとって、それが何よりも辛かった。

 愛してくれて、ありがとう。



 病気はどんどん酷くなって、僕は日に日に細くなっていった。

 毎日苦しくて苦しくて仕方がなかった。

 それでも僕はまた自由に踊れたらいいなって思っていた。

 そしたら一番最初にお父さんとお母さんに、とびきりのステップを見せるんだ。

 誰も見たことのないような、すごい綺麗なステップを。

 そしたらどんな顔をするんだろうか。

 

 いつか見せてあげたいな。

 僕のとびきりのダンスを。



 そんなことを考えながら眠ったら、僕はいつの間にかここにいたんだ。


 何もない一本道。

 果てしなく続くようで、でもすぐに終わってしまいそうな気もするヘンテコな一本道。


 体は元通りになっているけど、頭の中からは色んなものが無くなっていた。

 そしてポケットにはバスの切符。

 この切符を頼りにして、僕はあてもなく歩きはじめたんだ。

 疲れては休んで、また歩いて。


 歩き始めてから、どのくらいたっただろう?

 一時間? 一日? 一年? 百年? いや、千年かな?

 わからないけど、もうどうでもいいや。


 もうバス停はすぐそこ。

 僕の長いようで短いような奇妙な旅はもう終わるんだ。


 バス停に着くと、男の人が一人座っていた。

 長いネズミ色のコートを着て、雨なんか降っていないのに傘を持っている。

 その男の人は僕を見ると、ぽかんとした顔で尋ねてきた。


「君はあっちから来たのかい?」


 なんとも要領を得ない質問だったけど、僕は頷いた。


「すごいなあ。よく頑張ったね」


 すごいのかな?

 僕はただ気ままに歩いてきただけだからわからない。


「すごいさ。君はきっと良いことを沢山してきたんだね」


 男の人はニコリと笑って僕の頭を撫でてきた。

 なんだかとても安心する声でそんなことを言われたものだから、僕はたまらなくなって泣いちゃった。

 お父さんが「男は泣いちゃいけないんだぞ」って言ってたけど、涙が勝手に出て来るんだ。

 男の人は何も言わずに、泣いてる間、僕の頭をずっと撫でてくれた。


「ほら、バスが来るよ」


 男の人が傘でさした方から、小さなバスがやってきた。

 とても小さなバスだ。

 僕は透明人間の車掌さんに切符を差し出してバスに乗り込む。

 誰も乗っていないガラガラの席に腰を掛けると、外では男の人が笑顔で手を振っている。

 彼もバスに乗るのかと思っていたけど、乗らないみたいだ。


「僕はまだここにいるよ。今度は幸せになってね」


 男の人が窓際の僕に言うと、バスがクラックションを二回鳴らして走り出す。


「今度こそ君の好きなダンスを踊るんだよ」


 走り出したバスに向かって男の人は大きめの声で言うのが、僕にはしっかり聞こえた。

 僕は男の人に手を振った。

 見えなくなるまで手を振った。


 さっきまでのバス停がすっかり見えなくなる頃、僕は何だかとても寂しくなって、とても嬉しくなって、心の中がぐちゃぐちゃになった。

 心の中がぐちゃぐちゃになると、バスの中がとても明るくなっていくような気がした。

 何だかとてもあたたかい。

 まるでお母さんに抱かれているような気分だな。


 そしたらなんだか泣き喚きたくなって、僕は赤ちゃんみたいに泣いたんだ。

 何かを求めるように「おぎゃあおぎゃあ」って。


 そして僕は薄れながらも浮いてくる意識の中で決心したんだ。


 今度こそ僕の好きな人生ダンスを踊ろうって。

読んでくださりありがとうございました。

また別の作品でお目にかかりましょう。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 今ではお父さんの顔も、お母さんの顔も、王様の顔も、神様の顔も、誰の顔も思い出せない: この一文は何となく印象深い文章でした。何か好きです。 冒頭から『思い出せるのは自分のことだけ。僕はダ…
[良い点] 明確な表現でなくとも、何が起きてどうなったのかがよく伝わってきたよ。 それだけに雰囲気もしっかりあって、童話らしい作風に仕上がってると思う。 [気になる点] 西洋の、それも昔の時代にいた(…
2014/12/20 21:18 退会済み
管理
[良い点] 切なくて泣けました。主人公が密かに転生していますね、これ。 来世では素敵なダンスが踊れますように。 ちなみに、ネズミ色のコートを着ていた男は、一体何者なんでしょうかね? [一言] 素敵な童…
2014/12/20 08:35 退会済み
管理
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