12月下旬 クリスマス・イヴ 上
学校は先週の内に冬休みを迎えた。
それと同時にリザと師匠はドイツへ帰国した。
本格的にこちらに移住する準備を整えるためいったん帰るとのことで、悠斗が寂しそうにしていたが、こればかりは仕方ないと笑っていた。
そうはいっても、3学期が始まる前までにはかえってくるので短い別れだ。
私はといえば、師匠から自主練を申し付けられた。
帰ってきたらテストするからと言われているので手を抜くわけにはいかない。
師匠の納得する演奏をすべく日夜練習に励むつもりだ。
そうして今日はクリスマス・イヴ。
世間一般では『恋人とデート』が定番と言う中、例にもれず私も蓮と出かける約束をしている。
数日前、いつもどおりうちに来ていた蓮から待ち合わせ場所と行き先を聞いて、彼が何をしたいのかピンときた。
早くから準備を整えた私は、細身のデニムにざっくりしたセーターを合わせ、腰丈の白のコートを羽織る。
用意しておいた荷物を抱え準備万端。
待ち合わせ10分前にはつきたいと思い、少し早いが出かけることにした。
「伊織、車で行かないの?」
見送りに玄関まで来てくれた兄さんがそう聞く。
運転手を呼んでいないので不思議そうだ。
「待ち合わせ場所が駅だからね。近いし、歩いていく」
「……駅?誠司って電車乗れた?」
その疑問には無言の笑みでスルーしておく。
確かに『神鳥 誠司』としては、ほとんど乗ったことがないかもしれない。
でも『朝比奈 蓮』なら当然お手の物で。
「私もいるし、大丈夫だよ。じゃあ、いってきます」
「……いってらっしゃい。楽しんでおいで」
優しく笑う兄さんに見送られ家を出た私は、駅を目指して早足で歩き出した。
のんびり歩いても5分ほどで駅に辿り着く。
改札前にはすでに蓮がいて、私を待っていた。
あきらかに人待ちの様子の彼を遠巻きにしながらも、その場にいる女性たちが互いに牽制し合っているのが見える。
声を掛けたくてもかけられないのだろう。目をとじて腕を組みながら、壁にもたれている蓮は、何とも言えない威圧感を醸し出している。
あまりにも見慣れた景色に嘆息した。
やっぱり絵になるよなあと半分あきれながら、近づいて行く。
様子を窺っていた女性たちがざわっとしたが、そんな状況には慣れっこだ。
「蓮」
声を掛けると、蓮は目を開けこちらをみた。私が左手に持つものに気付き目を細める。
私が彼の意図に気付いたことが分かったのだろう。
満足そうに笑った。
「おはよう、依緒里」
「おはよう、ずいぶんと早かったね」
「いつもこんなものだっただろう?」
「……だね」
遣り取りをしながら、蓮が私の手を握った。
久々の感触に頬が熱くなる。
事前に購入していたのか切符を手渡され、連れられるままに電車にのった。
あっさりと今日の目的地にたどり着く。
ついた場所は、半年ほど前にも蓮ときた『遊園地』だ。
2回しかしたことのないデートが、2回とも同じ場所なのだからおかしな話だ。
でも、違う。
今回のデートが『遊園地』なのにはきちんとした理由があった。
「……蓮と遊園地なんて久しぶりだね……」
アトラクションを見上げながらそう呟く。
目の前には、前回も乗った絶叫系コースターがあった。
「いつ以来だ?最後に行ったのはたしか大阪のテーマパークじゃなかったか?」
「多分そうだと思う」
記憶を探りながら、答える。
「直近と言えば、半年前が一番最近だけどね」
そう笑いながら言えば、蓮は顔をしかめた。
「あれは、俺といったわけではないだろう」
「でも、私あのとき蓮だと認識してたよ?」
「……そうらしいな」
蓮は思い出したように言った。
「あの時、散々絶叫モノばかり乗ってくれたものな……。知らないのなら仕方ないと思って我慢していたが、分かっていてやっていたわけだ。お前は」
「え……なんのことかな……」
蓮の視線を避けながら何とか誤魔化そうとする。
彼はあまり絶叫モノが好きではない。それゆえ前世では多少遠慮していたわけだが、あの時は蓮に気付いてないという設定だったので、とことん引っ張りまわした記憶がある。
「蓮だってあのとき迂闊な発言したじゃない。私が絶叫モノ好きだって」
「あれはミスじゃない。あまりにもお前がにぶいから、そこここにヒントを落としてやっただけだ」
つまり、自分だと気づいてもらえないことに我慢できなかったと。そういうわけだ。
そうやって、昔の事を話しながら園内を歩く。
クリスマス・イヴだからだろう。サンタのコスプレをしたおじいさんが子供たちに囲まれていた。
「蓮、あれ、サンタのコス!!」
「コスじゃないみたいだぞ。本場からやってきたという触れ込みらしい」
サンタの隣で呼び込みをしているお兄さんがそう声をあげていた。
「あ、よくニュースでみる本物のサンタってやつ?」
「みたいだな」
確かによく見れば、コスをしているのは日本人ではなく、外国人の壮年の男性だった。
「……どこも似たようなイベントやってるんだね」
ふと立ち止まり、そう言えば蓮もそうだなと言った。
なんとなく感慨深い気持ちになる。
「不思議だね。あの時確かに死んだと思ったのに、またこうして蓮と話しているなんて」
そう言えば蓮も深く肯定した。
「そうだな。最初は何の因果かと思ったが、こうしてお前ともう一度会えたんだから、前世の記憶があるというのもいいものだと思うようになった」
「……私たちって、前世に引きずられてるってレベルじゃないもんね」
本人そのままだ。
私はどこまでいっても、『朝比奈 依緒里』でしかなくて、彼もきっと『朝比奈 蓮』にしかなりえない。
きちんと思い出すまでは、それでも『鏑木 伊織』としての意識が強い部分もあった。だけど、全てを思い出したらもう駄目だった。抱え込んでいた感情までもが戻ってきてしまって、それこそどうにもならなかったのだ。
――――また、こうして蓮を選んでしまったように。
「あ、占いの館がある」
歩く先に、小さなテントがいくつか張られていた。
『占いの館』と書かれた看板が隣に掲げられている。
本当にどこでも一緒だなと小さく呟き、蓮の目をみた。
「……やってく?」
蓮は嫌そうな顔をした。
「また、どうとでもとれることを言われるだけだ。金の無駄だな」
「だよねえ」
くすくす笑いながら、『占いの館』を通り過ぎる。
そうやって目に留まったアトラクションをいくつか楽しみながら、昼を迎えた。
「そろそろ昼にするか」
「私、お弁当作ってきたよ」
待ってましたとばかりに、左手にもった大きな手提げかばんをみせる。
蓮は「嬉しい」と頷いて、私を近くのベンチへと誘った。
「ここはフードコーナーで食べるべきじゃないかな」
座ってお弁当を広げながら私は言った。
笑いたいのは我慢したのだが、蓮は渋い顔をした。
「思い出させるな。恥ずかしい」
「いやあ、鳴り止まなくて大変だったよねえ。あ、もしかして持ってきている?それも再現しちゃう?」
「誰がするか」
ぶつぶつ言う蓮と私が話しているのは、前世で付き合っていたときのクリスマスデートの話だ。
私たちにとって一番思い出深いデートで、今回蓮から目的地と待ち合わせ場所を聞いた時点でぴんときたのだ。蓮は、あのデートを再現するつもりだ、と。
だから私もできる限り思い出し、やれる範囲で協力してみた。
お弁当を作ったのもその一環だ。
あの日はあまりにも寒く、外でお弁当を食べるのが不可能だったので室内のフードコートでこっそり食べたのだ。
その時蓮は、何故かプレゼントではなくメッセージカードだけをくれた。多分後でする予定だったサプライズの『ふり』だったのだろう。
凝ったオルゴール式のメッセージカードは、開くと綺麗なクリスマスソングを奏でた。
そんなプレゼントをもらったことのない私は非常に感動したのだが、問題はここからだ。
なんと、止まるボタンがなかった。
開いた瞬間結構な音量で音楽は鳴り響き、カードを閉じても音楽は鳴り止まない。
そのうち周りから注目されてしまって二人して非常に恥ずかしい思いをした。
結局そのカードは最後まで聞かなければ鳴り止まないタイプのものだった。
気付かず、何度も開け閉めしたせいで、その度最初から音楽が鳴り響き、無駄に時間をかけた羞恥プレイになってしまったのは、今思い出しても恥ずかしい。
「あれは恥ずかしかったねえ」
「言うな」
あれ以来、蓮からメッセージカードをもらう事はなかった。
「お前こそ、ずいぶん料理の腕が上がったな?」
「……それをいう?」
唐揚げを取り上げ、仕返しのように蓮が言った。
あの時が初めてのお弁当作りだった私は、かなり冷凍食品に助けてもらった。
蓮はそれを言っているのだ。
今は当然冷凍食品など使わないが、家事をしたことのない大学生の女の子の料理スキルなんてそんなものだと理解してほしい。
「冗談だ。俺は嬉しかった」
「うん。……ならいい」
2度ほど頷いて、二人でお弁当をつついた。
会話はなかったが、心地よい沈黙だった。
食事を終えた私たちは、また昔話をしながらアトラクションを楽しんだ。
そして最後に、示し合わせたように観覧車へと向かう。
何が起こるのかは分かっていた。だってこれがメインイベントだ。
「依緒里」
観覧車へと乗り込み、半ばほどに来たところで蓮が声を掛けてきた。
「ん?」
外を眺めていた私が視線を向けると、蓮はコートのポケットから大事そうに小さな箱を取り出した。
「メリークリスマス、依緒里」
そっと蓮が箱を開けると、そこには銀色に輝く指輪が鎮座していた。そのデザインに思わず絶句してしまう。
「……っ!!!!……蓮、これって」
「同じものはなかったからな。作らせた」
蓮の取り出した指輪のデザインは、昔彼が私にくれたものと寸分狂いがなかった。
私が、死ぬ時まで左の薬指にはめていたその指輪と。
驚きに目を見開く私に蓮が言った。
「意外、だったか?」
「……」
私は答えられなかった。
蓮が指輪を贈ってくれるだろうことは分かっていた。
それこそ「そう」だったからだ。
観覧車の中で「メリークリスマス」と言いながら、指輪をくれた蓮。
それに対して、私はマフラーと手袋を手渡すのだ。
だから今日だって用意した。そうだと思っていた。なのに。
「……どうして結婚指輪なの?」
あの日蓮がくれた指輪は、デザインリングだった。
プラチナの指輪だったけど『結婚』を思わせるものではなく、恋人に贈る小さな独占欲を満たすものでしかなかったはず。
私は、それを結婚するまでずっと右手の薬指にはめていた。
今日もきっとそうなのだと、そう思っていたのに。
小さく首を振る。
信じられなくて蓮を見上げると、彼は真剣な目をして私を見ていた。
その目の奥に、ちらりと狂気が見えた気がし、私は目を瞬かせた。
一瞬でそれは消えたが、胸の内に言いようのない不安が広がっていく。
彼のその顔は以前何度か見たことがある。
まずいと、本能的にそう思った。
「あ……」
「依緒里」
蓮、と言葉を紡ごうとしたところで彼が私を呼んだ。
ゆるゆると戸惑いながらも蓮を見つめると、彼は私と視線を合わせたまま口を開いた。
真摯に響く声は、彼が本気で言っている事を示している。
「依緒里、俺は前世と変わらず今でもお前を愛している。お前以外はいらない。もはやお前がいなくては俺自身が成り立たないんだ。……お前が俺のものだという証拠が欲しい。……お前が16になったら、もう一度俺と結婚してくれ」
――――その言葉の意味するところに気づき、私は凍りついたように固まった。
ありがとうございました。




