10月中旬 文化祭の約束
「――――」
空気が凍ったような気がした。
ヴィンスの言葉に何か言わなくては。そう思うのに、頭が真っ白になって何も考えられない。前世と、彼はそう言った?
「……何の話?」
何とかそう答えるのが限界だった。
想定外すぎて、どう答えればいいのかもわからなかった。
挙動不審になる私を見つめたヴィンスは、どう思ったのか目を細めてすっと手を差し出した。
「……すみません。こんなところでする話でもありませんね。移動しましょう」
断るべきか一瞬躊躇したが、諦めて手を取った。
話は多分、聞いておいた方がいい。
移動先は、すでに見慣れた学園の理事長室。確かに誰もこないし、秘密の話をするにはうってつけと言える。
どうぞと促され、来客用ソファに腰かけた。ヴィンスは手際よくお茶を用意し、彼もまた私の目の前に座った。
「さて、仕切り直しといきましょう。……先ほどの話ですが、思い当たる節がなければ別にいいんです。さして重要なことではありません。大事なのは記憶があってもなくても、あなたの魂が別世界のものだという、その一点だけですから」
静かにつぶやくヴィンスに、訝しげな眼を向ける。
落ち着いて座った事でようやく思考能力が戻ってきたが、ヴィンスの言っていることにどう答えればよいのか全く思いつかない。
仕方なくどういうことかと無言で続きを促した。
「あなたの魂はこの世界のものではないということです」
「はあ」
簡潔に説明してくれたようだが、結論だけではどう返せばいいのかさっぱりわからない。
もう少し詳しくと目で訴えればヴィンスはそうですねと話し始めた。
「簡単な話ですよ。僕は前回あなたに対して許されない事をした。あなたも知ってのとおり心を読もうとしたのです。ですが何故か失敗した。……僕はこれについてずっと考えていました」
確かにヴィンスに思考を読まれそうになった時、よくわからない力が働いた気がした。
あれのおかげで結局は未遂に済んだわけだが、こちらとしては無事に済んだので深くは考えていなかった。
思った以上にヴィンスは気にしていたと、そういう事だろうか。
「自慢するわけではありませんが、僕に失敗などありえません。条件さえクリアできれば、必ず成功します」
「でも、私の心は読めなかったっていったよね?」
「ええ、そうです。あんな現象、それこそありえないはずでした。でもよくよく考えれば、一つだけ可能性があった」
ヴィンスの話はいまいちぴんと来ない。
「僕の力は、この世界限定のものです。この世界に属するものになら、それこそどんなものにでも僕は影響を及ぼすことができる。……あなたに対してそれが働かなかったというのなら、それはあなたがこの世界に繋がるものではないということを意味します」
「……」
ヴィンスは真面目に自分の考察を語ってくれている。
もしかしたらその中には、自分たちにとって有益になる情報があるかもしれない。私は大人しくじっと耳を傾けた。
「でも、あなたがこの世界の人間でないのなら、あなたをつれての瞬間移動は不可能なはずです。それがこの世界のルールだから。だけど実際には僕は何度も成功している。先ほどだってそうだ。そこから導き出される結論は肉体はこちらのものだということ。僕があなたに関与できないのは精神のみだということ。つまりあなたは、転移者ではなく転生者。……あなたの魂が別世界のものだというのなら、僕の力が弾かれた事にも簡単に理由がつくのですよ」
「……そう」
相槌を打ちながらも、疑問符を顔に張り付けたままの私をみたヴィンスは、にっこり笑ってソファから立ち上がり私の側にやってきた。肩に手を置かれ瞳を覗き込まれる。
それがあまりに自然な動作だったせいか、完全に反応し損ねてしまった。
「ふふ、無防備ですよ、伊織さん。……条件クリア」
「え……あ」
油断をしていたせいかあっさりと懐への侵入を許してしまった。慌てて離れようとするも肩におかれたヴィンスの力が予想以上に強くて動くことすらできない。
そうして焦っている間にヴィンスの瞳が揺らぎ始める。あ、と思ったところでまた前と同じ弾かれるような力がかかった。
ぱんと乾いた音がしたが、ヴィンスは予想していたのかぐっと力を込めてその力に抗った。
そしてゆっくりと、子供に言い聞かせるように言葉を発する。
「ほら、ね。やっぱりあなたの心は読めません」
「……勝手に実証実験しないでくれる?」
展開についていけずなすがままだった自分がなんとなく許せず、あてつけにヴィンスを睨んだ。
「言ったらあなたは頷いてくれましたか?」
「勿論断る」
あくまでもヴィンスの自論でしかないものをどうして信用できるというのか。
まかり間違って心を読まれたらと思うととてもじゃないが、どうぞどうぞなどとは言えない。
「そうでしょう?だから黙ってやったのですよ」
許してくださいと言いながら、再びソファに戻るヴィンス。
全く悪びれないその態度に、自然ため息がこぼれた。
ヴィンスはそんな私を尻目にゆっくりソファに腰かけると、さらに解説を続けていった。
「やはりあなたの魂は別世界のものですね。今、確信を得ました。……さて、次にこちらの世界へきた理由ですが、通常魂が別の世界へと界渡りをすることはありません。魂はそれぞれの世界に帰属するものだからです。だから僕も最初は界渡りではなく、特殊な例外なのかと思った。……でも、思い出したんです」
言葉を切り、ヴィンスはこちらをじっと見つめた。この紅い瞳で見つめられるとどうにもぞわりと落ち着かない気分になる。
「伊織さん、あなた僕に尋ねましたね?『マスター』を知っているか?と」
「え?うん、聞いたけど」
ここにきて何故奴の存在をだしてくるのかと思いつつも頷く。
ヴィンスはなんとも苦々しい顔をしていた。
「確かに僕は『マスター』などという存在を知りません。ですが非常に残念な事に一人、思い当たってしまう奴がいまして」
「そうなの?」
「……長い間音信不通状態でしたし、正直しゃしゃりでてくるとは思いもしなかったので気が付くのが遅れました。まさかあなたに接触するとは……アレはあなたに名乗りませんでしたか?」
「名乗るつもりはないって言ってた」
マスターのセリフを思い出しながら伝えると、ヴィンスはやはりという顔をした。
というか、アレ呼ばわりか。ものすごく渋い顔をしているのは、話もしたくないほど嫌だということか。
「そうですか。アレの人間嫌いは変わっていないようですね。なのにどうして今になってちょっかいをだしてきたのか」
ものすごく疲れた様子を見せるヴィンスに少し好奇心が疼く。
「……知り合い?」
「そんな大層なものではありませんよ。アレは単なるストーカーです」
「ストーカー……」
以前冗談で考えた通りの言葉をだされ絶句する。
え、本当にストーカーなわけ?
あからさまにマスターに対する嫌悪を押し出すヴィンスに目を見張る。
こんなに本気で嫌がっている様子の彼をみるのは初めてだ。
それにしても『ストーカー』とは。
そんな簡単な一言で片づけられるほど、マスターは可愛らしいものでもなかった気がするが。
「伊織さんは、アレと会ったのですね?」
どこで?と聞くヴィンスに夢の中でと素直に答えた。
今更隠しても仕方ないだろう。
「成程。夢とはまた、相変わらずルールの隙をつくのがうまいやつですね。アレが関わっているのなら間違いない。アレの能力ならあなたをこちらに連れてくることは十分に可能ですから。ええ、やはりあなたの魂を界渡りさせたのは、間違いなくアレの仕業だと思います」
「……うん」
マスターが転生させた張本人であることはすでに知っている情報だが、おとなしくうなずくだけに留めた。
知っている事情もあれば、知らない事情もあり整理するだけで私の頭の中は手一杯だ。
「アレが何を考えてあなたをこの世界に転生させたのかはわかりませんが、これ以上何かしてくることはありませんから心配する必要はないですよ」
「……そうなの?」
必死で話を整理しようと孤軍奮闘していると、ヴィンスが優しく声を掛けてきた。
半信半疑で思わず聞き返してしまう。ここのところずっとあいつには振り回されっぱなしなのだから当然だろう。
「ええ、アレは現実には干渉できませんから。うまく抜け道を見つけたようですが、夢と言う手段が限界でしょう。それにもし何かしようとしても、いざとなれば今度は僕が止めます。問題ありません」
「はあ」
その干渉うんぬんの話はマスター本人からも聞いているが、言葉巧みにこちらを自分の都合のいい方向へ誘導しようとする手管をみせられては、とてもじゃないが安心など出来やしない。
それに、私が気にしているのは純粋にマスターの事ではなく、ヴィンスが世界を崩壊させたり、ループさせたりすることだ。
でもさすがに、あんた自体が何か起こした場合はどうするんだとは聞けなかった。
「世界を渡った魂は通常とは違い『浄化』を受けることがありませんから多くの場合、前世の記憶が残ります。あなたは昔から妙に大人びているところがありましたし、その可能性は捨てきれないと思い確認してみたのですよ」
「え」
「特に、アレが絡んでいるとなるとなおさら、ね」
どうですか?と問われ、曖昧に首をかしげた。
どう答えれば正解なのかわからない。
困る私を余所目に、全く何を企んでいるのやらと嫌な顔をするヴィンス。
「伊織さん、アレが接触してきたときに何か聞いていませんか?」
痛いところを尋ねられ、うっと黙り込んでしまう。
まさか、ヴィンスと私をどうにかしてくっつけようとしているとも言えず、口元を引きつらせるしかできなかった。。
ヴィンスの前世についての問いにも結局どう答えればいいのか分からない。
無駄に間を置いた後、「さあ」と何ともいえない微妙な回答を返してしまった。
「ふふ。単なる確認ですから答えたくないならそれでも構いませんよ。始めに言った通り、本当に大した問題ではないのです」
ヴィンスは、気にする様子も見せず柔らかく笑う。
「アレに関してもそうです。目的があるなら、勝手に動くでしょう。その時に直接聞き出せばいいだけのことです」
無理強いはしませんよ。そう言いながらも納得したように頷いたヴィンスにしまったと顔を歪めた。
しくじった。さっきの言い方だと思い当たる節がありますって言ってるみたいなものだ。
はっきりと知りません、記憶もありませんと言った方がまだましだった。
苦虫を噛み潰したような顔をする私にヴィンスは苦笑し、改めて私に向かって言った。
「でも、アレの仕業とはいえあなたがこちらの世界の人間でなくてよかった」
「?」
唐突に、でも本当に嬉しそうにつぶやくヴィンスの意図が読めない。
「僕の契約者は、出来ればこの世界の人間でない方がいいのですよ。その方がずっと世界は安定する」
「……意味がわからない」
嘘だ。本当は分かっている。
人外のヴィンスと契約を結び、彼の永遠の契約者となることで世界を守る。
それはそのままゲームの『桜エンド』だ。
「まだ分からなくていいです。時が来れば説明しますから。でもこれでますますあなたを諦められなくなりました」
「……そう言われても困る」
すでに私は蓮を選んでしまった。
いくら心を砕いてもらっても私には応えられない。
「大丈夫です。……最近気が付きましたが、僕は意外と気が長いみたいなんです。あなたの気が変わるまでいつまででも待ちますよ」
言われた言葉に顔面蒼白になる。何この宣言。すごく怖いんですけど。
「そういうのはちょっと……。できればさっさと諦めてほしいな」
「無理です。あなた以外はもう考えられませんから。あなたは僕にとって奇跡のような存在なのです。だから、どれだけ時間がかかっても僕は必ずあなたを手に入れます」
「……本当にやめて。……本気で怖い」
千年越えて生きる奴の『いつまでも』はシャレにならない。
思わず顔をそむければ、ヴィンスは困った顔をした。けれどどこかその表情には黒さを思わせる部分があって、彼の本気を否が応でも感じ取ってしまう。
「……あんた、一体何者なのよ」
ついぽろっとでてしまった本音に、ヴィンスが破顔する。
「ようやく僕の事を知りたいって思ってくれました?」
「いや、そういう意味じゃ……」
ソファから立ち上がり、ヴィンスは私の手を取った。自然と私も立ち上がることになる。
咄嗟に逃げようとする私を許さず、ヴィンスはぐっと私を引き寄せる。すぐ近くにヴィンスの紅玉があっていたたまれない気持ちになる。胸が自然と高鳴ってしまう。
……やめてほしい。ヴィンスの顔と声、本当に弱いんだから。
近くでみるヴィンスの瞳は本当に綺麗で、気が付いたら見惚れていた。
ほうっと息を吐く私にヴィンスは非常に満足げだ。
「ふふ。嬉しいです。僕に見惚れてくれてるんですね。でも、期待させて申し訳ないんですが、僕はそんな大したものではありませんよ。ただ無駄に長生きしているだけです」
「……そうなの?」
どこか信用できないその言葉に疑いの眼差しを送る。
マスターは悪魔ではないと言っていた。ならば、彼の正体はなんだろう。
本当は聞かないでおこうと思っていたが、ここまできたらどうにでもなれと覚悟を決めた。
「勿論、ヒトではありません。実際どれくらい存在しているのか忘れてしまったほど長く生きています。ですが、だから何かと聞かれても難しいですね。非常に答えづらい。昔は呼称される役割をもっていたのですが、僕はそれを放棄してしまったから」
遠い目をして昔を思うヴィンスに自然と視線は釘づけになる。
その役割って何?とは聞けなかった。
どこかさみしげなその表情に、ただただ魅入られる。
私の視線を感じたのか、ヴィンスはこつんと私の額に自分の額をくっつけた。
「もう、ずいぶん前の話ですよ。わざわざ意識して思い出さなければいけないくらい昔の話」
「……見た目通りの年ではないとは思っていたけど……」
「肉体年齢は操作できますから。このくらいの姿が一番楽なのですよ」
「……何でもアリだよね。初めて会った時は子供の姿だったし」
可愛かったヴィンスを思い出し、懐かしい気持ちになる。
だが顔を上げたヴィンスは、反して苦い顔だ。
「あれは不可抗力です。力を使い果たしていたので自己防衛で自動的にあの姿になっていたのです」
「そう言えばそんなこと言ってたね。言いたくなければ別にいいんだけど……ヴィンスが力を使い果たすだなんて、一体何をしていたの」
話の流れで何となく聞いてみた。
あの初めてであった時、ヴィンスが何をしていたのか気にならなかったわけじゃないのだ。
「そんなに気を使ってもらわなくても大丈夫ですよ。ちょっと世界を終わらせようとしていただけですから」
「……え?」
聞き間違いだろうか。
反射的に尋ね返した私に、ヴィンスは何でもないことのようにもう一度言った。
「世界の汚さにうんざりして、もう終わらせようかなと思っていたのです。力を全て解放していざ、というときにあなたの視線を感じて……気がそがれてしまったのでやめちゃいました」
……てへぺろという心の声が聞こえたような気がする。
さらには「あなたが気になってしまったので、結局そのまま跳んできました」とさらりと続けるヴィンス。驚愕の事実に、本気で倒れそうだ。
「え……。もしかしてあそこでヴィンスに出会わなかったら、世界終わってた?」
恐る恐る確認すれば、ヴィンスは軽くうなずいた。
「そうですね。だから僕、別れるとき言ったじゃないですか。あなたは一度世界を救ったって」
「え、えええええー!!??」
あれって、そういう意味だったの?
驚きのあまり、ヴィンスの手を振りほどき思い切り声を上げてしまった。
ナニソレ、ナニソレ。
聞いてない。ゲームが始まる前に世界が終わってたかもだなんて、一体何が起こってそうなったのだ。
ヴィンスは当時を思い出すようにうっとりとした表情をしている。
「ああ、でもあそこで思いとどまって本当によかった。お蔭であなたに会えたのですから、我ながら英断だったと思います」
「さ、左様で……」
世界滅亡させようとしてたって、そりゃあどれだけ力があったって使い果たすわ。本当ヴィンスって何者。
一体何を思ってその結論へ至ったのかはわからないが、間一髪のところで世界は生きながらえていたらしい。
こわっっ!!ヤンデレとか最早なにも関係ない。
ヴィンスの手から逃れたのを幸い、さらに少し距離をとる。
聞かされた事実にひたすら驚愕していると、ヴィンスは思い出したようにぽんと手を叩いた。
「そうだ、伊織さん。お願いがあるんです」
「は?願い……?」
「ええ、実はこれがメインの話でしてね」
ここへきての願いとやらに嫌な予感しか覚えないが、とりあえず先を促す。
世界滅亡よりも大事なメインとはいったいなんだ。
ヴィンスは姿勢を正しあらたまると、こほんと咳払いを一つした。
「先ほども言いましたが、文化祭の話です。当日僕は、生徒会主催の演劇で非常に精神を消耗させられることが予想できます。あなたと神鳥くんの共演なんてものを見せつけられるんですからそれも当然でしょう?勿論それが避けられない行事であるのは理事長として理解しています。……ですが、それと納得できるかどうかは別問題でして――――」
だらだらと屁理屈を並び立て始めるヴィンスの言葉を我慢できず遮った。
「……御託はいいから。結局何がいいたいわけ」
ヴィンスは何をたくらんでいるのか。
眉を寄せて彼を見ると、案の定ヴィンスは、意味不明なことを言いだした。
「ちゃんと我慢しますから、ご褒美が欲しいです」
「……なにいっちゃってんの、アンタ」
つい、突っ込みを入れてしまった。
今までしてきたシリアスな話が台無しだ。話のコシが音をたてて崩れていくのを感じた。
「演劇が終わったら、自由時間一緒に文化祭を回りましょう」
それが目的か。
「却下」
にこやかに誘いをかけるヴィンスを一刀両断する。
そんなこと蓮が許してくれるわけがない。私としてもお断りだ。
「……もしかして神鳥くんを気にしていますか?大丈夫ですよ。そこは僕がどうにでもします。ですから伊織さん、僕にご褒美を下さい」
その辺りは当然考慮に入れていたようだ。
というか、私が蓮を気にしているのはやっぱり丸わかりってことなのか……。
ヴィンスがやるといったらやるだろう。だけど、やっぱり難しいと思う。
「……無駄に噂をばらまかれるのは避けたい」
正直に告げた。
蓮とまわって色々言われるのも嫌だが、新たな火種を作るのもできればやめたいところだ。
「どうしても?」
「……うっ」
上目づかいで食い下がるヴィンスに、少しだけ良心がうずく。
ヴィンスではなく蓮を選んでしまったという彼に対する罪悪感が、私に妥協案を用意させた。
蓮にばれたらと思いつつも、仕方なく口を開く。
「……じゃあ、昔のヴィンスの姿なら一緒に行ってもいい」
譲歩の限界を示す。さっきヴィンスは、肉体年齢を操作できると言っていた。
ドイツで出会ったヴィンスの容姿なら、親戚の子だとでも言い張ってしまえば何とでもなる。
「……」
「……」
しばらく無言の抵抗が続いた。
視線をそらさず、じっとヴィンスを見つめると、やがて彼は諦めたように息をはいた。
「……いいですよ。わかりました。非常に不本意ではありますが、とりあえずはそれで手を打ちましょう。あなたが一緒にいてくれるという事実は変わらないわけですから」
譲ってくれたヴィンスにほっとする。
昔のあの可愛らしいヴィンスの姿ならむしろ私の方からお願いしたいかもしれない。
でも……。
「くれっぐれも!!誠司くんにばれないようにしてよね」
「分かっていますよ。意外に伊織さんは心配性ですね」
念押しすれば呆れた声が返ってきた。
蓮の性格を知らないからそういう事が言えるのだ。
不用意に約束した事がばれたら、後でお仕置きと称して何をさせられるかわかったものじゃない。
「では、当日は演劇が終わったら体育館前で待っていてください。迎えにいきますから」
「……わかった」
約束してしまったものは仕方ない。腹を括って頷いた。
「ふふ、よかった。楽しみにしています」
予定通りとでも言いたげなヴィンスの楽しそうな声に、結局いいように操られているのは私なのかと、つい思わずにはいられなかった。
ありがとうございました。




