10月中旬 拒絶する少女
お待たせしました。
また今日から更新再開します。よろしくお願いします。
――――総ちゃんに告白された。
また明日ね。そういって彼と別れた私は、できるだけいつものペースで歩くよう心掛けた。早歩きになりそうなのを必死に押しとどめる。
まだ彼の視線が背中にあるのを感じている。動揺は見せられないと思った。
一つ目の曲がり角を左に曲がり、総ちゃんから完全に姿が見えなくなったところでようやく足を止める。
電信柱に右手をついて顔を伏せ、思い切り息を吐きだした。
「うわああああ。びっくりした……」
……総ちゃんが私の事を好いてくれているのは、勿論最初から分かっていた。4月からのあのやりとりで気が付かない方がおかしい。
加えてここの所、何か言いたげにこちらを気にしているのにも気づいていた。
だけど彼にも言った通り、心地よい関係が気持ち良くて気が付かないふりをしていたのだ。
今日つかまってしまったのは完璧に偶然。そういうときにこそツケを払わされるのだと改めて思い知らされた。
「やっぱりダメダメだ、私」
いつもいつも逃げてばかり。今回だって逃げようとしたところを、察した総ちゃんにまわりこまれて捕まった。
いい加減潔く態度を決めろと思うのだが、身についた習性というものは思った以上に強固で、反射的についいつもの選択をしてしまう。
……まっすぐこちらを見て、好意を伝えてくる彼にときめかなかったと言えばうそになる。
気持ちは嬉しいと思った。
……だけどどうしたって応えることはできないから。
蓮が好きなのかと尋ねてきた総ちゃんの目は、明らかに傷ついていて嘘はつけないと思ってしまった。
自分の中でごまかしごまかししてきたものを無理やり突きつけられた気もしたが、相手が真摯に向き合ってくれているのに誤魔化すのは卑怯な気がした。
だから、もう認めるしかないと思った。
それしか、総ちゃんに返せない気がしたから。
認めてしまった事で、自分がより変化しそうで非常に怖いのだけれど、それは一旦おいておこう。
――――今は気持ちを切り替えなければ。
よし、と自分に気合を入れたところで声がかかった。
「いつまでそうやっているつもりだ?」
聞きなれた声がして顔をあげてみれば、やっぱり蓮が不機嫌そうな顔をしてこちらをみていた。
「……生徒会の仕事、残ってたんじゃないの」
そんなことを言っていたはずだ。今ここにいるのはおかしい。
「誰かさんが、俺に秘密で男と二人で帰るなんて暴挙にでたからな」
舌打ちも隠さず苦々しげにいう蓮にやはりと思う。
総ちゃんから一緒に帰ろうと誘われたとき、蓮からの邪魔が入らなかったからおかしいなと思っていたのだ。
「なんだ。知っていたなら邪魔するかと思った」
「俺がそんな心の狭いやつだと思うか?」
「……」
心外だという顔をする蓮に思い切り不信感を丸出しにしてしまった。
蓮の心が広いっていうなら、たいていの人間が仏様レベルだと本気で思う。
「信用ないな」
「そのセリフ、逆に驚くんだけど。ちょっと胸に手を当てて考えてみなよ」
くすりと笑う蓮に呆れたように言う。前世で散々面倒かけてくれたことは忘れていない。
「……総ちゃんに告白された」
「……ふうん」
どうせ知っていると思うけど報告すれば、蓮はただあいづちを打つだけに留めた。
「由良ルート……友情エンドか」
「そんな風に言わないでよ」
ゲームのシナリオの話でもされた気分になり、眉を顰めた。
ここは現実だって私たちはもう知っているはずだ。そういう風に片づけてほしくなかった。
蓮もさすがに分かっていたのか、肩をすくめるだけで後は黙った。
「総ちゃんはちゃんと気持ちを伝えてくれた。私が……応えられなかっただけで」
そう言えば、蓮は気が付いてほしくなかったことを指摘する。
「お前、ずっと逃げ回っていたからな」
「やっぱりわかる?」
「馬鹿じゃない限りわかる。誰が見たってあからさまだっただろう。今回の事は由良の為にも止めを刺す、いい機会だったんじゃないか?」
「……だから邪魔しなかったんだ」
そう小さく零せば、蓮は私の腕をつかみ引き寄せた。
「それでも気が気じゃなかった。例え事情があったとしても、男と二人きりで帰ることを許しただなんて、昔の俺が聞いたらきっと、何が起こったって驚くぞ」
「……自分で言うんだ」
最早言葉もない。
引き寄せた私をそのまま抱きしめると蓮はほっと息を吐いた。
「お前がここにいないと安心できない」
「蓮……」
「やっと戻ってきた……」
昔よく聞いた覚えのある、執着を示すセリフ。でも、今は意味合いが少し違うように思える。
本気でほっとしているように見える。
それは結局彼も、前世の死に少なからず囚われているという証拠に他ならない。
前世と違い、私がそばから離れようとすると彼の瞳が不安に揺れる。
また私を失ったらと、そう思うのだろう。
今の執着はそのせいだ。分かっているから責められないし、責めたくない。
実際は違うが、先に彼をおいていったのは私だ。
抵抗せず腕の中でじっとしていると、落ち着いたのか蓮が思い出したように言った。
「そう言えばさっき、ずいぶん嬉しいことを言ってくれたな。……俺以外には触られたくないんだって?依緒里」
びくんと蓮の腕の中で体が震える。
すっかりいつもの蓮だ。
それはいい。いいのだが、まさかと思うが総ちゃんとの会話、全部聞いていたんじゃ……
「き……聞いて……?」
ひきつったまま蓮に尋ねると、当然だと言わんばかりに頷かれた。
知っていて二人きりにさせた蓮が、放っておくはずがなかった。
「由良と二人きりだなんて最低だと思っていたが、依緒里のこんなセリフが聞けるのならたまには悪くない。……大丈夫だ。心配しなくても、お前を他の誰にも触れさせやしない」
「ぅわっ」
耳元でそっと囁かれ、体がびくんとはねた。
あの言葉を聞かれていたかと思うと羞恥で身悶える。蓮が聞いているなんて知っていたら絶対に言わなかった。
離してくれと暴れてみても、蓮は非常にご機嫌の様子で、私をさらに強く抱きしめるだけだ。
しまいには好きだと囁きながら、ちゅっちゅっと首元にキスしてくる。髪の毛が当たってくすぐったくて仕方ない。
忘れてはいけない。ここは公道だ。本気で勘弁してほしい。
「ひゃっ。……蓮……いい加減に……離せ!!何のためにここにきたの!!」
全力で抵抗すれば、蓮はようやく解放してくれた。
ぜえぜえとキスされた首元を押さえながら、彼を睨みつける。
全然堪えた様子のない蓮が憎たらしい。
流石に総ちゃんの事だけで、仕事を放ってまでここへきたとは思えない。
腐っても生徒会長。かなりの仕事量が残っているはずだ。
「ごちそうさま。顔が赤いぞ、依緒里。俺の一番の目的は、勿論お前だ。当たり前だろう?……だが、そうだな」
言葉を止めて含みのある目をむけてくる。顔が赤くなっているのは自覚している。わざわざ言ってくれなくていい。
「……何としてもリザを登校拒否から復帰させろ。あのままでは話にならない」
「リザ?」
何故ここでリザの話がでるのかわからなくて一瞬で素に戻った。
どういうことかと蓮を見上げる。
「リザの家なら、今から行こうと思っていたけど」
「ならそれでいい。だが、リザがどうしても動かないならいっそのこと、今里を連れていけ。今里が渋るようなら、それこそ会長権限でいくらでも理由をでっちあげてやる」
「そこまでしないといけない理由があるんだね?」
尋ねると蓮は頷いた。
「説明は前にも言った通り、今はしない。文化祭の後くらいには多分教えてやれる」
「……リザの為になること?」
「おそらく。だがまだ、わからない」
確信はないという蓮に仕方なくうなずく。
何を考えているのかわからなくて困惑するけど、蓮は私の為に動いてくれている。
なら私も与えられた役目を全うするべきだ。
「わかった。……うん、もともとそのつもりだったし頑張るよ」
「その意気だ」
ミッションの重要性を再確認して頷く。
今度こそリザの家に向かうことにした。
だが、暗くなってきて心配だからという蓮に、結局リザの家の前まで送ってもらうことになってしまった。
蓮は今から学園に戻るそうだ。……お疲れ様です。
『リザ、イオリだよ』
『……私は行かない。帰ってくれ』
取りつく島もないというのはまさにこのことだ。
――――敵はあまりにも強固だった。
勝手知ったるなんとやら。
師匠は留守にしていたが、この家の合鍵をもち、尚且つ自由に出入りする許可をもらっている私は無言で扉を開け、リザの部屋の前に立った。
『ねえ、悠斗も心配しているよ』
『そんなことはない。先輩は私の事を鬱陶しがっていたはずだ。そんなことあるはずがない』
『本当だってば。休み時間になるたびに、教室の扉の方を見つめてさ。今なら悠斗を落とせるよ、きっと』
『私なんかが、ユウト先輩とかかわってはいけないんだ……頼む、イオリ。私を一人にしてくれ』
『リザ……』
何を言っても耳を傾けてくれない。あまりに頑なな態度に、逆に不信感が募る。
『ねえリザ、何かあった?』
『!!……何も。何もない』
明らかに動揺した様子の扉の向こうに、嘆息する。
今までのリザなら、翌日にはけろっとして再び悠斗に果敢に向かっていったはずだ。
――――つまり、絶対に何かあった。
『……夢見、悪いの?』
『!!なんでそれを!!』
驚いた様子のリザに師匠から聞いたと告げる。勝手に聞いてごめんというとリザが扉の向こうで小さく笑った気配がした。
『母さんか……仕方ないな。必要だと判断したんだろ。私がこんな調子だから心配してくれたんだ。……分かってる』
『分かってるんだったら――――』
『でも、すまない。もう、ユウト先輩の前にでられる気がしない。辛くて仕方ないんだ』
『リザ』
『確かにイオリのいうとおり、「夢見」がある意味原因だ。だが、それも全部私が悪い。きっと、自業自得なんだ』
なにかに祈るようにいうリザが痛々しくて辛い。あの前向きなリザがどうしてこうなってしまったのか。
『ごめん。イオリ。やっぱり私には無理だ。……母さんに言ってドイツに帰国するよ。できるだけ早めにそうするつもりだ。……向こうに帰ればきっと元の私に戻るから、そうしたらまた一緒にピアノを頑張ろう?』
ついには逃げを打とうとする彼女。あまりにもリザらしくない。
たまらなくなって私は叫んだ。リザの部屋の扉を両手で強く打ち付ける。
どんと音が低く響いた。
『逃げるの!!?帰国って何!?悠斗の事は本当にいいいの?あんなに、あんなに頑張ってたじゃない!!』
『っっ!!!いいわけない!!!でもどうしようもない……どうしようもないんだ!!!』
売り言葉に買い言葉。私の叫びにリザも負けじと叫び返す。
血を吐くような言葉に、リザが本当に帰りたがっているわけではないことが分かった。
『っリザ……』
扉に手をつく私に、向こう側から静かな声がかかった。
『……っすまない。私も血が上っているみたいだ。本当に今日はもう、帰ってほしい』
『わかった……私もごめん』
それ以上は言えなかった。悄然としたまま家を出て、思うのはリザの事ばかり。
つい数日前まであんなに楽しそうにしていたのに、どうして。
あんな様子をみていれば、何かあったに違いないことはわかる。
でも、リザは私には何も言ってくれない。
必死に頭を働かせる。
今の状態のリザは、私では心を開いてくれない。
なら、誰になら彼女は心を傾ける??
「……悠斗」
はっとして、携帯をとりだした。しばらくそれをじっと見つめる。
悠斗は協力してくれるだろうか。でも、もうなりふりは構っていられない。
それに、いざとなったら悠斗を連れて行けと蓮も言っていたではないか。
ギュッと携帯を握り締めて、リザを復活させる為に悠斗を巻き込む覚悟を決める。
後はもう迷わず、携帯を操作した。
数コールの後、悠斗の声が聞こえる。
「もしもし――――って伊織?……はあ、あんたもかよ」
「??私もって、何の話?それより悠斗にどうしてもお願いしたいことがあるんだけど」
「お願い?」
相手の都合も考えず、要件を話し出す私に、電話の向こうで困ったように笑う気配がした。
いきなり要件とか、碌なことじゃなさそうだなと言う悠斗に、大したことじゃないよとうそぶく。
考えてみれば、悠斗だって無関係ではないのだ。むしろ当事者。ならば全力で協力してもらおうじゃないか。
「悠斗、明日の放課後って暇?」
「明日?演劇の合同練習日じゃなかったか?」
予定を確認する悠斗に、そうだったっけと思いながら手帳を取り出す。
当然のことながら、生徒会役員は他にも仕事がたくさんある。
そうなると、毎日集まって練習というのはどうしたって不可能だ。
各自自主練を重ねた後、週に何度かの合同練習というのが私たちの基本パターンだった。
悠斗も生徒会役員。当然配役はある。
役どころは『マキューシオ』だ。
ロミオの親友役だが、ジュリエットの従兄弟の『ティボルト』に殺される。
悠斗の役も、私同様大概笑えない。
手帳をあけて明日の予定を確認する。
そこには確かに記帳してある『16時~演劇合同練習』という文字。
だが私は、手帳を静かに閉じた。
……私は何も見なかった。
「……問題ない。そんなことよりもっと大事な事があるから。……ねえ、お願い。どうしても付き合ってほしいところがある。時間、くれない?」
「……勘弁してくれよ。会長様に黙ってかよ?」
「蓮には絶対許可させるから、お願い」
何故か蓮に気を使う悠斗に、それでも譲らないと告げれば一拍置いてため息とともに了承の返事がかえってきた。
「……わかった。あんたがそんな風に言うってことは何かあるんだろ。いいよ、つきあう」
「ありがとう!!」
じゃあ、明日の放課後に。そう言って電話を切る。
会話の途中で、どこに連れて行かれるのか気になった悠斗が場所を聞いてきたが、うまく躱した。
今教えて、やっぱり嫌だと言われたらそれこそ困る。
でも正直、悠斗を連れて行って、すぐにもなんとかなるなんて、そこまでおめでたいことは考えていない。
ただ、私では話してくれないことも、もしかしたら悠斗になら話してくれるかもしれない。その可能性にかけてみたかっただけだ。
友人の為に、やれることは全部やりたかったから。
「リザ、待っててね」
首根っこひっつかんでも連れて行くからと、彼女の家をもう一度振り返り、そう呟いた。
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「……無駄だよ、伊織。彼女は絶対に動かない」
ありがとうございました。




