表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/109

総太朗固定イベント 初恋 上

こんばんは。よろしくお願いします。



 「一緒に帰ってもいい?」


 そう聞けば、伊織ちゃんは笑って頷いてくれた。こんな普通のやりとりができる関係になれたことが嬉しくて仕方がない。以前の俺たちの関係なら、きっと伊織ちゃんは何かと理由をつけて断ってきたはずだ。


 鏑木家のおかかえ運転手に、迎えはいらないと断りの電話を入れた伊織ちゃんは、歩いて帰ろうか?と提案してくれた。俺たちの家はどちらも歩けないというほどの距離じゃない。このチャンスを逃すわけにはいかないから大きくうなずいた。


 二人並んで、歩道を歩く。なんでもない日常の会話が心地よくて楽しい。


「伊織ちゃん、演劇の方はどう?」

「うーん。なかなかうまくいかない……正直やりづらくて仕方ない」


 会話の内容は自然と文化祭の話になった。生徒会長の言葉にまんまと乗せられて、ジュリエット役を演じることになってしまった伊織ちゃんは、非常に不服そうだった。


「やり辛いの?」

「相手が、誠司くんだからね。女の子たちの視線が痛くて痛くて……」

「……大変そうだね」


 彼女が口にする名前に、胸がちくりと痛む。

『神鳥 誠司』彼女の婚約者であり……多分恋人。


 生徒会長でもある彼は、先月まるで別人のように性格が変わった。それと同時に、明らかに伊織ちゃんとの距離が縮まった。

 今までは、彼の一方的な想いに戸惑うというスタンスを崩さなかった伊織ちゃんの態度が、目に見えて変化したのだ。

 実際それまでも、恐らく一番彼女に近い位置にいるのは彼だろうなとは思っていた。だけど伊織ちゃんは誰も選ぶ気はなさそうだったから、安心していた。ようやくスタートラインに立ったばかりの俺には、まだそれ以上彼女に近づくことができなかったからという理由もある。

 以前のように怖がらせたくはなかったから、今は彼女の側にあれればそれでいい。そう思っていた。なのに。


 王子様などと呼ばれていた、今までの優しげな態度とは全く正反対の、傲岸不遜な本性をさらけ出したと思ったら、あの男はあっさりと伊織ちゃんを奪っていった。まるで、用は済んだとでもいわんばかりに。

 常に彼女をそばにおき、片時も離さない。周りを牽制し、嫉妬を隠そうともしない。

 そんな態度をとられて、いつもの伊織ちゃんなら絶対に黙っているはずがない。 きっとそのうち伊織ちゃんがキれると思った。


 だが、彼女は仕方ないなと肩をすくめただけだった。ありていに言うなら、彼のすることを完全に受け入れた。

 そんな態度を見せつけられれば、否が応でも理解する。


 ――――神鳥会長は、伊織ちゃんにとって『トクベツ』な人間なのだと。


 考えてみれば、変わってしまった会長に、一番反応しなかったのが伊織ちゃんだ。

 皆が皆、驚いたに違いない変貌だが、おそらく彼の本性をもとから知っていたのだろう。幼馴染なのだと、近しい付き合いをしているのだというその事実が、妙に俺の胸をえぐった。

 俺だって彼女の幼馴染なのに――――。


「総ちゃん?」

「ん?ああ、ごめんね」


 伊織ちゃんに話しかけられ、思考の海から現実へと戻ってくる。折角あの会長も邪魔しない、貴重な伊織ちゃんとの下校だ。ぼんやりしているのは勿体ない。


「で?やりにくいのは分かったけど、なんとかなりそう?」

「恥はかきたくないから頑張るよ。……本当酷いよね。総ちゃんも悠斗も。ジュリエット役を決めるとき、私があんなに困っていたのに二人とも目を逸らしてちっとも助けてくれないんだもの」

「……ごめん。でも俺たちも、会長に殺されたくなかったんだよ」


 あの時、伊織ちゃんの助けを求める視線には勿論気が付いていた。だが、それ以上に邪魔をするなと殺気を送ってくる会長の視線の方が怖かったのだ。

 俺も大概執着心の強い、心の狭い奴だという自覚はあるけれど、とても彼にはかなわない。

 彼と目が合うたび、その目の奥に宿る昏い色を見るたびに思う。

 ……俺なんか、まだまだ生ぬるかったんだと。


 彼は、俺がずっと躊躇していたラインを簡単に踏み越えてくる。自分の望みの為なら何をしてもいいと本気で思っている。これは駄目だという線引きが、彼にはない。

 種類は違えど同類だからか、嫌でも分かってしまう。

 

「……そんなに怖いかなあ」


 不思議そうに言う伊織ちゃんに、笑ってごまかす。

 伊織ちゃんもあの本性を知っているようだから、ある程度気が付いているだろうけど、彼の昏い視線を浴びたことがない彼女には俺たちの真の恐怖はわからないだろうと思う。

 彼女以外のすべてのものを排除しかねない彼が、それでも今はおとなしくしているのはひとえに伊織ちゃんのおかげだろう。

 彼女の気持ちが自分にあると確信しているから、我慢しているのだ。そうじゃなかったら、多分あの男は黙っていない。


「ねえ、伊織ちゃん」


 話の内容はたわいのない日常に移り、そろそろ伊織ちゃんと別れるというところで。

 俺はようやく本題を切り出した。……もともとこのために一緒に帰ろうと誘ったのだ。


「なに?」


 足を止めた俺に続いて、伊織ちゃんも立ち止まる。多分、こんな機会は二度とない。

 今言わなければ、これから先もずっと俺はひきずるのだろう。

 ――――だから、伊織ちゃん、逃げないでね。


 深呼吸を一つして、彼女と向き合った。


「……伊織ちゃんは分かってくれてると思うんだけど、あらためて言うね。……俺、伊織ちゃんが好きだよ」

「!!」

「頼むから誤魔化さないで。俺、これでも真剣に告白してるから。勿論友人としてじゃない。一人の女の子として、伊織ちゃんを想ってるよ」


 驚いて目を見張る彼女に自分の想いを伝える。

 煙に巻かれたくないので、誤解されるような言い回しはできるだけ避ける。

逃げ道は封じさせてもらうよ。ごめんね、伊織ちゃん。こういうやり方好きじゃないよね。


「……総ちゃん、どうして」


 その疑問は、どうして言っちゃったのってことだろう。

 困ったような顔をする彼女のどこにも、照れた様子や喜びの感情は見られなかった。

 勿論すべてわかった上で告白しているのだが、それでも彼女が自分を何とも思っていないんだという事を、あからさまに突きつけられるのは辛いものがあった。


「……俺もそろそろ前に進みたいから」

 

 ――――だから、最後まで聞いてよ。


 俺の顔をみた伊織ちゃんは、諦めたように力を抜くと、黙ってこっくりとうなずいてくれた。



 道端で長話というのもどうかと思い、近くの公園へ伊織ちゃんを誘った。

 腹を括った様子の彼女は、おとなしく俺の後をついてきてくれる。

 夕方になり、人けの少ない公園のブランコに二人で並び、腰かけた。時間は有限だ。早く話さないといけない。

 ブランコを軽くこぐと、きーっというきしんだ音がした。

 ぽつぽつと思いついたまま、話し始める。


「……俺ね、小さい時からずっと伊織ちゃんが好きだった。親にあまり構ってもらえなかった俺を根気よく面倒見てくれて、優しくて。すぐ大好きになったよ。依存だったのかもしれないけど、好きになるなっていう方が無理だよね。……あのころは毎日が本当に楽しくて幸せだった」


 何も言わずに聞いてくれる伊織ちゃんを横目で伺う。うつむいた顔からはどんな表情をしているのかはわからなかった。

 俺もまた下をむき、ブランコを漕ぐ。金属の擦れる音が響く。


「……でも、幸せは長くは続かなかった。伊織ちゃんは引っ越してしまって。俺は頼れるものをなくしてしまった。知っているだろうけど、続けて親を交通事故で失って。親戚連中から悪意を向けられた。……そんな俺に残されたのは、伊織ちゃんとの思い出だけ。すがるものがそれしかなかったから、自分の中の思い出は信じられないくらい美化されたよ。でもそうやって繰り返して思いださないと、とてもじゃないけど自分を保てなかった。……だからかな、伊織ちゃんに再会したときにはあまりの喜びについ暴走してしまった。舞い上がってしまって、自分が何を言っているのかすらわからなかったよ。いつも帰ってから自己嫌悪ばかりだ。……伊織ちゃんには信じてもらえないかもしれないけど、本当に迷惑をかけるつもりはなかったんだ。……困らせるつもりはなかった」

「……うん」


 俺が言葉を切ると、伊織ちゃんが口を開いた。


「……知ってたよ」


 弾かれたように顔を上げると、伊織ちゃんは泣きそうな顔でこちらをみていた。


「……総ちゃん、ごめんね。私、気づいてた。総ちゃんが本当は優しい人だってことも、でも多分私じゃ、あの時の総ちゃんを止めてあげられないこともわかってたよ」

「そう……なんだ」


 自分の中から力が抜けていくのを感じた。

 ……彼女は気づいてくれていたのか。

 だから俺の態度が変わった時も、何も言わずに受け入れてくれたのか。

 俺が苦しんでいるのを知っていたから。

 敢えて触れずにいてくれたのか。


「だから悠斗と仲良くなって、憑き物が落ちたようになった総ちゃんをみたときは、本当に嬉しかった。私のせいで総ちゃんがそうなってしまったんじゃないかって、ずっと思っていたから」

「それは違うよ!!俺が、俺が弱かったから」


 思わずブランコから立ち上がりいうと、伊織ちゃんは首を振った。


「違わない。……私のせいだよ」


 そう言って、伊織ちゃんは空を仰ぐ。思いつめたような顔。何が彼女をそこまで追い込んだのだろう。

 このやりとりをいくらしても、おそらく伊織ちゃんは譲らない。

 だから俺は、話を続けた。


「……誰のせいでもいいよ。でもね、俺の想いは否定しないで。俺が今伊織ちゃんを好きだというのは本当だから。誰にも渡したくないし、触れさせたくない。腕の中に閉じ込めて、思いっきり甘やかしたい。そう思っているよ。……ねえ伊織ちゃん、俺の事、ちゃんと男としてみてくれたことある?」

 

 こんな状態の彼女に聞くことは本当はいけないんだろう。

 何も言わず、今日はそのまま去ってあげるのが正解なのかもしれない。

 でも俺はもう、これ以上は待てなかった。


「伊織ちゃんはいつだって、俺をただの友達としか扱ってくれない。ねえ、俺の愛情表現は分かりにくかったかな?これでも精いっぱい、伝えてきたつもりなんだけど」


 伊織ちゃんの目が泳ぐ。伊織ちゃんのことだから、また逃げようとしているのだろう。でも今日だけは許さない。きちんと引導を渡してほしいから。

 無言の圧力で伊織ちゃんに返答を迫る。しばらく泳ぎまくった彼女の視線は、ようやくあきらめたように定まった。


「……総ちゃんの気持ちは、ちゃんと伝わっていたよ」


 しょぼんとしながら伊織ちゃんは呟いた。


「そう、良かった。俺、男とも思われてないんじゃないかと思って正直焦っていたんだ」

「そんなこと、ないよ。ただ、波風は立てたくなかった。このまま優しい時間が続くことを願ってた」


 自分の両手を握りしめ、伊織ちゃんが続ける。

 ……俺と悠斗と伊織ちゃんと。確かに優しくて楽しい時間だった。


「見ないふりをしても、不自然なものはいつか壊れるよ」


 歪な関係はちゃんと組み直さないといけない。


「うん、わかってる」


 頷く彼女に、申し訳ないなと思いながらも、答えを求める為もう一度告げる。


「……好きだよ、伊織ちゃん。俺と、付き合って」


 彼女はぎゅっと目を瞑ると口を開いた。



 ――――さあ、未練がましい俺をちゃんと振って。







話の途中ですので、続きは明日更新します。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ