悠斗視点 回避不能
こんばんは。宜しくお願いします。
――――俺は最低だ。
文化祭で、ヒロインを押し付けられた伊織。回避しようと伊織が無言で助けを求めたあの時、俺は目を逸らしてしまった。
文化祭で演劇なんてものをすれば、無駄にディアスを煽ることになるかもしれない。そう思っているいつもの俺なら、少しでも伊織を助けようとしただろう。あの会長の決めたことを覆せる自信は全くなかったが、たとえ無駄になろうとも援護射撃くらいはしたはずだ。でも、声に出そうとした瞬間、思考にするっと嫌な考えが浮かんでしまった。
『もしかしたら、2人の演劇を見たディアスが嫉妬して、何か起こるかもしれない』
それは、最終的にはループにも通じるかもしれない。後で相当な自己嫌悪に陥ったのだが一瞬そんなことを本気で考えてしまい、結局助けることができなかったのだ。
二人を助けようと誓ったあの日の俺の思いは、いったいなんだったのだろう。
俺は、自己保身で動けなかった現実に、ひどく打ちのめされていたのだった。
毎日が憂鬱で仕方ない。
周りは近づく文化祭に浮かれているが、俺の気分は反比例して落ちていく一方。 マスターの言葉と、伊織たちへの想いが混ざり混ざって、自分の中で消化しきれなくなっている。
『助かる道はない』その一言が俺をどこまでも動けなくさせる。
体調は決してよくはない。あのマスターとの邂逅以来、幸いにも倒れるまでは至っていないが、崩していく体調が死へのカウントダウンに思えて恐怖に震える。
そのせいか、最近は睡眠薬がないととてもじゃないが眠れない。それも最初は半量ですんでいたのに、今は1錠まるまる飲んでも寝付けない。なのに、朝は薬の影響で動けなくて、辛くて苦しくて最低な気分になる。
そんな生活が続き、気が付くと俺はいつもイライラしていた。何かに当たりたくて、それでも必死で我慢していたのに今はそれもできていない。
またこれも我ながら最低な話なのだが、その鬱屈としたイラつきをぶつけてしまっている相手が『リザ』という1人のドイツ人の年下の女。俺に一目ぼれしたと言って、この一月ほどずっと付きまとってきている。
こいつは好意を全面に押し出して、俺に何を言われても、いつも平気な顔をして笑っている。
『ユウト先輩、今日も会えてうれしい』
『近寄るな』
今までこんな態度で女に接した事なんてない。どう突き放してもけなしても、次の日にはけろりとしてやってくるものだから、いつの間にか手加減することも忘れていた。言葉をオブラートに包むこともなく嫌悪だけを見せる。まさしくやつあたりだ。
『ユウト先輩、イライラしているみたいだ。何かつらいことでもあったのか?』
『お前には関係ない』
私でよければ話してほしい、そういうリザの好意を無碍にする。傍から見ればさぞかし俺は嫌な男だろう。ほら、今だって伊織や総太朗が眉を顰めている。
女を『お前』呼ばわりしたのなんて前世から合わせたって初めてだ。純粋な好意を示すリザを突き放す俺はどう贔屓目に見ても最低の部類に位置する。
数日前には、伊織から『ちゃんと向き合ってあげて』とそうはっきり言われてさえいる。
誰が見たって相手にすらせず、適当に傷つけているだけに見えるだろう。分かっている。当事者の俺だってそう思うのだから。
……それでも俺にも言い分がある。
伊織に紹介されて、リザという女と初めて目が合ったとき、妙な嫌悪感に苛まれたのだ。ぞくりとした嫌な感覚。絶対にこいつの近くにいたくない。はっきりとそこまで思った。
それでも一応は、伊織の友人だからと手を差し出した。表面的な付き合い位ならなんとかなるだろう、そう思ったのだが何を思ったのか相手は逆の感情を抱いたらしい。
信じられないことに正面切って告白してきた。
冗談にもほどがある。見ただけで、嫌悪を抱く相手と付き合えるはずがない。
伊織には悪いと思ったが、全力で拒否させてもらった。
ここまで言えば、こいつも引き下がるだろう。酷い言葉を投げかけてしまったが、帰り道はむしろほっとしていた。
……ところが。
何を思ったか、リザは教室まで来るようになった。決して長くはない昼休み、中等部からわざわざだ。そこまでされれば、あいつが真剣だということはさすがに分かった。かといって、相手になんてしたくない。
相変わらず、リザだと思えば先に体が拒否反応をおこす。止められない。
まさかそれを直接言うなど、そこまではさすがにできない。伊織や総太朗を含め、周りはなぜかリザに協力的になっていく。
問題をこれ以上抱えたくなんてないのに、厄介な問題がさらに積み重なっていく。
リザは笑う。俺に何を言われてもにこにこと笑って、めげない。どうしてそこまでできるんだろう。色々なものにがんじがらめに縛られた俺には、何故リザがそこまでできるのか、全くもって理解不能だった。
だいたい、俺のどこがいいのか全くわからない。
『今里 悠斗』
『パンドラプリンス』攻略者のうちの1人。ゲームをするとき、こいつだけはないと思った男。だからこそプレイしなかった。
女みたいななよなよした外見。いっそはかないとしか思えない存在感。止めが病弱設定。どうしたってやる気になれなかった。
そんな男に何の因果か転生してしまい、落ち込みこそすれ、喜ぶだろうはずがない。鏡を見れば確かにこいつもチートな美形だとは思うが、病気のせいかどこか影を落とした表情が忌々しくて、いまだに自分の顔だとは到底思えない。
それでも家柄よし、頭脳優秀、容姿端麗の3つが揃えばあこがれる女どもは後をたたなくて。
あの生徒会長と副会長ほどではないにせよ、結構な頻度で告白もされる。ファンクラブもあるらしい。興味のない人間にとっては馬鹿らしい以外の何ものでもない。
――――たまに心底叫びたくなる。
俺は本当はこんな美形じゃない。頭だってよくないし、中流階級の出身だ。初恋もまだの、単なる普通の高校生だったんだ。そんな俺の何を知って告白してくるんだと、頬を染める女生徒をみるたびに突き付けてやりたくなる。
当然告白は全てお断り。見た目で判断してくる興味ももてない女に、俺の大事な時間を割く気にはなれない。
俺の一番の目的は一にも二にも生き残ること。それだけだ。
今の俺に恋愛は必要ない。
『ユウト先輩、なんだか怖い顔してる。何かあったか?』
『……お前には関係ないと言っているだろ』
放課後の生徒会室。この場には、俺とリザ、伊織と生徒会長がいた。俺とリザの対面に会長が座っており、その横には伊織がたっていた。
会長の前世が知れた後、この2人は以前にもまして行動を共にする事が多くなった。おそらく会長がそばに置きたがっているのだろうが、伊織も特に拒否する様子をみせていない。
バカップルの相手をするのもこの女と一緒にいるのも、余裕のない俺にはお断りだが、呼び出されてしまえば仕方ない。またイライラが募る。さっさと要件を言ってもらいたい。
『会長、何の御用ですか』
この場にいる全員ドイツ語が堪能だ。忌々しい話だが、リザに合わせてドイツ語で話すのがいつの間にか癖になっていた。
『ああ、用というのは他でもない。今日の、巡回担当の話だ』
会長はにやりと笑って、両手をくんで俺を見上げた。
会長がこういう笑いをする時、ろくなことがないというのは最近の俺たち生徒会と実行委員の共通認識だ。
『……それが俺に何の関係があるんですか。もしかして今日は俺の番ですか?』
実行委員と生徒会は放課後、当番制で文化祭の準備をする生徒の巡回を行うと、何度か前の会議で決まった。聞いてはいなかったが、今日は俺の番だと言うことだろうか。
『そうだ。巡回はツーマンセル。2人組で行ってもらう。今日の当番はお前とリザの2人だ』
『え?』
にやにやと意地悪くこちらをみる会長に、さっきの笑いはこれかと思う。俺が嫌がっていることを承知の上でやるのだから、この男本気で性格悪い。
ちらりと隣を見れば、リザは嬉しそうに頬を染めていた。やめてくれ。
『知ってのとおり、リザはドイツ人だ。咄嗟の時などはどうしても母国語になってしまうだろう。何かあった時のため、ペアはドイツ語が出来る者が組んだ方が好ましい』
さも当然であるかのように会長は言うが、俺としてはたまったものではない。こいつと二人で巡回などお断りだ。
『ドイツ語が出来るという条件なら、伊織がいます』
『お前は馬鹿か。緊急時にすぐさま対応できるよう巡回しているのに、女だけで行かせてどうするんだ』
そうせせら笑う会長の言い分は至極真っ当で、反論しにくい。
更には伊織まで言い添えてきた。
『そうそう。私も一応格闘技とか習っているけど、さすがに体育会系の男子に勝てる気はしないしね。女だけだと絶対なめられるし、私もリザが心配だから、悠斗一緒にいってあげてよ』
『すまない、ユウト先輩。よろしくお願いする』
隣のリザも頭を下げた。これで断るのは鬼だと思う。
だが、それでもなんとかならないかと見苦しく周りを見渡した。もう一人ドイツ語ができる男ならいる。だが、今日みたいな日に限ってあのチート副会長はいないようだ。
こうなると押し付けられる相手は、あとは会長しかいなかった。
だが、俺の言いたいことを敏感に察した会長は、とんとんと指で机をたたいた。
『俺のこの山のような雑務を、全てお前がやってくれるのか?』
それなら代わってやってもいいぞと言う会長の言葉を受けて机の上を見れば、山と表現するのもなまぬるい書類の束。
会長ならともかく、これを俺一人で処理できるはずがない。どう考えても不可能だ。ひきつった顔をした俺をみて、満足げに会長は笑う。
俺の答えなどとうにわかっているくせに、どうする?と更に追い打ちをかけてくる。
意地悪く答えを促すこの男に、もはや敵うはずもなく。
『行きます……』
この答以外の何を言えただろう。言い知れぬ敗北感に襲われ、妙に脱力した。
……普段、伊織が言い負かされているのを見て、いい気味だと笑っていたが、本当に申し訳なかったと今心から思う。
うつむく俺に、リザが『すまない。お願いする』ともう一度声をかけてきたが、返事をする気にもなれなかった。
『頑張ってねー』と能天気に手を振る伊織に見送られ、仕方なく2人で部屋をでる。
せめて2人きりになりたくないという視線を綺麗に無視してくれたのは、前回俺が伊織を助けなかった報復だろうか。
さっさと終わらせるしかないと俺は腹をくくった。
ドアの後ろで行われていた会話は、幸か不幸か俺には聞こえていなかった。
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「ねえ、蓮。本当にこれでいいの?」
「ああ、多分問題ないだろう。もう少しすれば、もっとはっきりしたことがわかるはずだ……依緒里、そろそろ俺が何をしているかわかったか?」
「?」
「そうか。ならいいさ」
「……また秘密?」
「……まあ、そうだな。そういうことにしておこう」
ありがとうございました。




