悠斗視点 贖罪
こんばんは。今日もよろしくお願いします。
仲よさそうに寄り添う様子の2人が見ていられなくて、逃げ出すように店をでた。
今里 悠斗として、生きてきて15年。不治に近い病を抱えながら綱渡りでやってきた。生まれた時から、前世の記憶はあった。
ここが、『ドラプリ』の世界だということにもすぐに気が付いた。自分が何に転生したのか気が付いた時には、正直泣きたくなった。
唯一個別ルートをクリアしていないキャラ、なおかつ死亡フラグの存在。運が悪いにもほどがある。
前世の死に方もあってか、俺は妙に生に固執していた。こんなキャラに転生してしまったが、それでもどうしても天寿を全うしたい。だから、死亡フラグを折るためなら何でもしようと思った。
思い出せる範囲で、ゲーム内容を思い出す。姉ちゃんに無理やりやらされたゲームだったが、もっと真剣にやればよかったと非常に後悔した。
それでも何とか思い出してみると、ヒロインと恋愛エンドを迎えるか、別ルートに行ってもらえば死ぬことはないという結論に達することができた。怖いのは逆ハールートと、好感度が足りないデッドエンドだ。それ以外のルートでは今里 悠斗が死ぬという記述はない。何とかヒロインには、誰か別のキャラと幸せになってもらいたいと心から思う。
今里 悠斗のキャラ設定がいまいちわからないものの、確か共通ルートでは新入生代表挨拶をしていた。少しでも設定に合わせようと、時間をけずっては勉強をした。前世では勉強なんてしなかったのに、全く因果なものだと思う。それでも、こうすることで生き残る確率が少しでも上がるというのなら、やらないという選択肢はなかった。
そうやって着々と準備は進む。予定どおり暁学園高等部の転入試験を受け、特進クラスに入学が決定した。だが、代表挨拶の打診がない。どういうことかと思って入学式を迎えてみれば、壇上には自分ではなくこのゲームのヒロインが見事な挨拶を披露していた。
驚きはそれだけにとどまらなかった。名前が違う。俺が知っているのは「小鳥遊 伊織」というデフォ名だった。だが、壇上の彼女は「鏑木 伊織」と名乗っている。一瞬別人かとも思ったが、黒髪黒目のあの容姿は間違いない。ゲームの時よりも雰囲気があって、凛とした美少女になっているが。
入学式に参列している中に生徒会の面々もいる。先ほど紹介された副会長が「鏑木 里織」と名乗っていた。彼も本来なら「小鳥遊 里織」のはずなのにどうしてこんなことになっているのだろう。先程ヒロインが生徒会長たちと話しているのを目撃したが、3人は気安い様子で、幼馴染のような仲の良い関係にみえた。
副会長は、腹黒の義理の妹を毛嫌いする男だったはずなのに、どうみてもすでに攻略されてしまったかのような、蕩けるような表情をヒロインにみせている。
生徒会長も、なんだかキャラが違うようにみえた。大体、あんな二重人格の俺様キャラではなかったはずだ。俺がせっかく原作を崩さないように一生懸命やってきたというのに、どうしてこんなことになってしまっているのかさっぱりわからなかった。
もしかしたら、誰かが自分の好きなように物語を進めようとしているのかもしれない。ふと湧き上がった考えに恐怖する。俺と同じような転生者がいて、もし逆ハーなんかを狙っていたら?
それはつまり俺の死を意味する。
後ろから死神に鎌を突き付けられたような感触を覚えた。死の感覚がよみがえってくる。自分の体の中から、命が零れ落ちていくあの感覚を二度と味わいたくない。
いるとするなら、転生者は誰なんだろう。逆ハーを阻止するためにも、慎重に行動しなければいけないと思った。
戦々恐々とした日々を送っていたが、結局俺の心配は杞憂に終わった。同じ転生者であるヒロインの伊織からの情報で、逆ハーはないということが判明したからだ。彼女自身も誰かを攻略するつもりはなく、平凡な幸せがほしいという至って普通の女の子だった。
ただ、すでに一番面倒くさそうなキャラに目をつけられてしまっていることだけは気の毒としか言いようがなかったが。
無意識のうちに、ディアスフラグを踏んだらしい彼女は、どうにかして逃げたいらしく、お互いに手を組むことで合意した。桜エンドならまだしも、世界崩壊なんてエンドは俺としてもお断りなので断る理由はなかった。事情を知っている人間が共にいるという事は俺にとっても心強く、それからしばらくは色々ありつつも、割と楽しい日々が続いていた。
今朝の事だ。伊織が新しい情報を仕入れたと報告してきた。それならいつもどおり、アフィリアでの報告会を提案したが、用事があるから無理かもしれないと言ってきた。
遅くなっても構わないというと、複雑そうな顔をしつつ頷く。妙に緊張している様子の彼女を不思議に思いながらも自分は先に家路についた。
部屋でぼんやりしていると、夕方になって携帯にメールが入った。内容は今から出てこられるかというもの。まだ明るかったし、新情報は早めに知っておきたいと思ったのでOKの返事を返して家をでた。
店についたのは、俺の方が早かった。先に入って待っていようかとも思ったが、どうせすぐ来るだろうと店の前で彼女を待った。しばらくすると、彼女はやってきたが、隣に男を一人連れてきた。相手は神鳥誠司。生徒会長で、伊織の婚約者だ。
何故連れてきたのかわからず首をかしげるが、伊織は後で説明するとさっさと店に入ってしまった。そう言われてはついていくしかない。追うように入ったはいいものの、それから先は二人の醸し出す空気にやられてしまった。
……一体何が起こったのだろう。目の前にある現実が理解できない。これまで会長と絶妙な距離感を保っていた伊織が、今明らかにそれを飛び越えて会長に接しているようにみえる。とてもじゃないが、異性の友人に対する距離感にはみえなかった。完全に内側の人間に対する接し方だ。どうなっているのかと会長の方をうかがえば彼の方もまた、まとう雰囲気も伊織に対する態度も、全てを一変させていた。
確かに今まで会長は、伊織を好きだということを隠そうとせずに彼女に接してきたと思う。伊織に向ける表情は、特別な女の子に対するものにしか見えなかったし、他の男に嫉妬している姿も幾度となく目撃してきた。
ああ、本当に伊織が好きなんだなあと思って、ぬるい気持ちでそれとなく見てきたつもりだ。だが、今の会長はそれとはまた違っていた。
まず、伊織を見る目が違う。ただ、好きな女を見ているのではない、自分のモノだと認識して彼女を見ているようにみえたのだ。彼女と交わす会話の端々に、にじみ出る愛しさと甘さ。これはどうみたって、片思いしている男の醸し出すものではない。両想いかそれに相当する彼女に対する男の態度だ。それをどういうわけか、伊織も了承しているように見えた。会長の軽いちょっかいに嬉しそうに応える様子をみれば一目瞭然だった。
この短い間に何があったのかと思うのと同時に、ついに伊織は会長と付き合うことに決めたのかと思った。
誰とも付き合わないと言っていた伊織だったが、流石にヒロインともあって色々な男から言い寄られている。あれだけ口説かれ続ければ、ディアスとは言わなくてもいずれ誰かに落とされるだろうと、逃げようとする伊織を応援しつつもそう思っていた。それが会長だったことに意外性を感じずにはいられなかったが、嬉しそうにしている姿をみればよかったなと言ってやりたいと思った。
……もしかして、今日の集まりはその報告か?その為にわざわざ俺を呼んだ?まさか。新しい情報があると彼女は言っていたはずだ。
さすがにそれはないだろうとは思っていたが、それよりももっと衝撃的な話を聞かされた。
会長が、伊織が探していたという前世の旦那だったらしい。二人の間の空気が変わった理由に納得しつつも、自分の中で会長が怖いという気持ちが衝動的に湧き上がってくるのをとめられなかった。
伊織の旦那だということは、会長はあの、後追い自殺した男だということだ。あの時の、狂気に彩られた男の表情を、俺はまだ覚えていた。自分の女を殺した男を無言で追いかけ容赦なく惨殺。その後一瞬の躊躇いもなく、笑って自分の胸に包丁を突き刺した男。
俺を殺した男よりもよっぽど狂っているんじゃないかと思った。
そんな男が目の前にいる。伊織とそいつがのんびり話している中、震えそうになる体を必死で抑えこんだ。
どんな異常者かと正直おびえていたのだが、話してみると当たり前だが意外と普通で拍子抜けした。それどころか、ものすごく頭の切れる男だという事がわかる。纏う雰囲気が変わったと思ったのは気のせいではなかったらしい。俺と伊織が困っている問題にもさっさと解決策を講じていく。生徒会長の神鳥誠司を演じていたときより、できる印象だ。伊織が、頭がいいと言っていたことを思い出した。ただひたすら感心する時間が続く。そうやって一緒に考えてくれている彼に、反射的にとはいえ、必要以上におびえていた自分がひどく恥ずかしいと思った。
そうだ、この男はただ、自分の妻を愛していただけ。それが、あの狂気の行動につながってしまっただけなのだ。
そこに思い至れば、ようやく怖さは消えてくれた。
二人は楽しそうに話している。多分前世でもこんなふうに過ごしていたのだろうと分かるような会話の数々。お互いを大事に思っていることが伝わってくる様子に、何とも言えないやさしい気持ちになった。
伊織は、なんやかんやと言っていたが、結局この男が好きなのだろう。俺が今まで見たことのない、可愛らしい顔をして笑っている。この二人の間にディアスを入れるわけにはいかない。何とかループから免れるよう協力してやりたいし、幸せになってほしいと思った。
……前世では、あんな別れをした二人だから。
そう思ったところで、俺はふと気が付いてしまった。
彼らは、被害者だ。何の罪もなく、ただ巻き込まれただけ。
……俺たちの、巻き添えで。
『巻き添え』
その言葉に、妙にショックをうけた。おろおろと二人へ視線を移せば、こちらの気持ちも知らず、楽しそうに話をしている。
この二人の幸せを奪った責任が、俺や姉ちゃんにも少なからずあるのではないだろうか。そう思えば、心底ぞっとした。
……あの日、姉ちゃんをイベントに連れて行かなければあの事件は起こらなかったのだろうか。
それどころか、もっと早く真剣に警察に相談して、ストーカーを何とかしていれば、早い段階で犯人を押さえることができたのではないだろうか。
一旦思考が走りだせば、もう止まらなかった。
俺たちのせいだ。俺たちに巻き込まれたせいで、全く無関係な伊織たちの幸せを奪ってしまった。死ぬ必要のなかった二人を殺してしまった。
罪悪感で押しつぶされそうになる。耐えられなかった。二人の顔を正面から見ることができない。
折しも話は終わったところだ。心の想いは綺麗に隠して、見ていられないから帰ると嘯いた。
何とか自分を立て直そうとする俺に、さらっとおごると言ってくれた会長があまりにも格好よく、同じ男にもかかわらず一瞬見惚れてしまったことは伊織には秘密だ。言えば今の伊織ならのろけが返ってきそうだし、それを笑って聞ける余裕が俺にはない。
不自然にならないようにしながらも、逃げ出すように外へ出た。
胸を押さえて、深く息を吸った。落ち着かなければ。どくどくと心臓が脈打っている。このままだとまた倒れてしまいかねない。身体をひきずるように、日陰へと移動した。
必死に息を整える。そうしながらも、嫌な考えは頭から離れない。
贖罪。贖罪がしたい。
勿論犯人が一番悪いのは分かっている。俺だって、巻き込まれた被害者だ。それでも、このまま何もしないわけにはいかないと強く思った。何故今まで気が付かなかったのか。
お前達の事情に巻き込むなと、無関係だったのだと責める資格が、彼女たちにはある。少なくとも俺はそう思う。
伊織の性格を考えれば、そんなことをいう女ではないことくらい分かっている。でもそれなら、俺はどうすればいいのか。
何もなかったことになど、もうできない。
彼女たちに直接聞くのは流石に無理があるだろう。自分で考えて実行しなければならない。
でも、俺には二人の幸せを応援してやるくらいしか思いつかない。それがもどかしくて……とても、辛い。
頭がぐるぐるとまわる。ひどい眩暈と夏の暑さに体中が悲鳴をあげる。まだまだ真夏のさなかに、長時間外に出ていられるほど俺の体は丈夫ではないのだ。
これは駄目だと、震える指で家にエマージェンシーコールを入れる。連絡をつけると、近くの電信柱にもたれかかった。体重を預けると立っていることができず、そのままずるずると座り込んでしまう。家の者がすぐ来てくれる筈だ。そう思いながら目を閉じた。
――――意識があるのはそこまでだった。
ありがとうございました。ほとんどできているので続きは、明日投稿します。




