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人間不信と視線の先

ちょっときりのいいところまで頑張りたいので連続投稿中です。


「笑うな。里織」


 驚愕のままに呟けば、憎々しげに誠司くんは兄を睨んだ。

 その様子をみて心底ほっとする。間違いない。これは誠司くんだ。さっきはいったい誰がでてきたのかと思った。

 兄の服の裾を引っ張る。


「ねえ兄さん。どうしてこんなことになっているの? さっきのあれは何?」

「ああ、あれはね。対外向けの誠司のキャラ」

「キャラ!?」


 まだ笑いを残しながらも兄が質問に答えてくれる。対外向けのキャラって、え? 誠司くんてそんな人だったっけ。


「キャラとかいうな。忌々しい。人の外見で寄ってくるようなやつらに素で接する必要なんてないだけのことだ」

「誠司ってば人間不信気味だからねえ」


 笑いを収めた兄は仕方なさそうにいう。

 確かに誠司くんは、小さいころ親の無関心さが原因で人を信じることができなくなっていた。もともと政略結婚で不仲であった誠司くんの父と母は、その教育を全て家庭教師に押し付け、子供とは一切関わろうとはしなかったのだ。言葉を交わすのは、その必要のある社交場でのみ。


 はじめて出会ったころの誠司くんは、その瞳に何もうつしていなかった。社交のパーティ会場で会ったのだが、大人たちが利口だと絶賛する彼は、求められるままに求められる言葉を発し叩き込まれた礼儀作法を披露するだけのただの機械人形だった。

 そんな誠司くんを一目みて、大体の状況を把握してしまった精神年齢いい年の私は、当然彼を放っておくことができなかった。小さな子供がそんな目をしてはいけない。このまま育ってしまえば、きっとろくな大人にならない。

 勝手に話しかけるわけにもいかないから、まず私は彼の両親の許可をとることにした。そうすれば、誠司くんだって無碍にすることはできないと思ったのだ。

 自分たちと同格の鏑木財閥の娘が、息子と仲良くなりたいと聞いた彼の両親は、それをひどく喜んだ。

 結果、なぜか婚約するという話になってしまったが、その甲斐あって見事近づく権利をもぎとることができた私は意気揚々と誠司くんに声をかけた。

 最初はかなり警戒され、返事もしてもらえなかったが、渋る兄をも仲間にひきこみ根気よく絡み続けた結果、1年を過ぎたころには年相応の笑顔をみせてくれるようになった。

 だが、この様子ではどうも根本からの人間不信が治ったわけではなかったらしい。私たちがドイツに行っている間に何があったのかは知らないが、すっかりひねくれた性格になっていたようだ。

 電話や、一時帰国の際に話したときはいつもどおりだったので、恥ずかしながらまったく気がつかなかった。

 心を開いた人間に対しては素で話してくれる分だけまし、なのだろうか。さっきのアレは、殆ど二重人格レベルで怖かった。

 ――――そういえば兄さんが帰国する際の電話で、「面白いものがみられるよ」と言っていたのはこのことだったのだろうか。なんにせよえらく面倒なことになっているようだ。


「誠司くん……またえらく面倒くさくなったね」


 思わず口にすれば、誠司くんは苦い顔をしながらも「お前たちがいるからな。別にいい」と言ってくれた。


 おかしい、誠司くんはツンデレキャラではないはずなのに!


 なぜかそのセリフに妙に萌えてしまったのは秘密だ。


◇◇◇


 再会の挨拶も済んだところで二人と別れ、私は一人入学式会場へと向かった。受付はあらかた終わっていて並ばずにすませることができた。代表挨拶をするので前の席へと案内される。いよいよ私の二度目の高校生活が始まると思うとどきどきしてくる。


「ん?」


 すーはーと深呼吸していると、ふと強い視線を感じた。

 慌てて振り返ったが、特に変わった様子はない。気のせいだろうか。

 首をかしげながらも仕方ないので自席へ座る。

 そうこうしているうちに入学式が始まった。

 私は気持ちを切り替え、自分の名前が呼ばれる瞬間をじっと待った。




今日はあと一回投稿します。読んでくれてありがとうございます!!

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