9月上旬 日常と呼び出し
こんばんは。今回は次話への導入回です。宜しくお願いします。
――――今日ほど、登校しなければよかったと思ったことはない。
マスターとのやりとりのせいで、すっかり寝不足の私はいらいらしながら登校した。
9月に入った最初の月曜日。気温はまだまだ高くてうんざりするほどで、寝不足の身には酷く堪える。
おかしいなと思ったのは、校門をくぐった時だ。あちらこちらから無遠慮な視線がやたらと突き刺さる。残念ながら人から注目を浴びる事に慣れている私でも気になるほどの視線。
「ん?」
男子も女子も、皆こちらを見ている。居心地の悪い思いを感じながら、できるだけ早足でその場を離れた。
視線は校内でも続いた。なんだかひそひそ話す声まで聞こえる。話の内容までは分からなかったが良い気分ではない。元々機嫌が良かったわけではないが、さらに急降下した。一体なんだというのだ。
人を避けるように急ぎ、教室へ入る。ドアを開けた途端視線が集まった。またか。
そう思うと、今度はクラスメイトたちがわっと私を取り囲んだ。
「おめでとう、伊織さん」
「おめでとう」
は?
いったい何のことかさっぱりわからない。不思議に思って首をかしげると、人の輪の向こう側にいる悠斗と目が合った。無言で「なにごと」と伝えると、あからさまにため息をつかれる。
え、分かっていないの私だけ? 周りは皆おめでとうの連呼だ。めでたい理由を教えてくれ。
「えーと、皆さん。いったい何がそんなにめでたいの?」
仕方なく言葉にする。すると一瞬にして教室は静まりかえった。皆の顔が「え?」という表情になっている。代表して雅さんが恐る恐る私に話しかけてきた。
「伊織さん。あの、間違いだったらごめんなさい。私たち、伊織さんが神鳥様と婚約を発表されたときいたのだけど……」
「……ああ」
そう言えばそういう事もあった。元々誠司くんとは婚約者としてお付き合いがあったので、あの発表が特別なイベントだとはあまり思っていなかった。だが正式発表ということになり、色々なところに話が広がったのだろう。
「うん。そういう事もあったね」
「伊織さん、軽い!」
雅さんの突っ込みに苦笑する。
「だって今更だし。婚約自体は、小学生の頃からだから」
「そうなの? 教えてくれたらよかったのに」
「変な噂たてられても嫌だし、ファンクラブのいじめにあうのもこれ以上は勘弁してもらいたかった。それにいつ解消するか分からないものだしね」
「伊織さんには、鉄壁のガードがついているからいじめなんて問題ないでしょ」
雅さんの言葉に周りはうんうんと頷く。鉄壁のガード、それって。
「……兄さんのこと?」
「神鳥様も。あのお二人がいつも伊織さんを守っているのは有名な話よ」
「……ソウネ」
夢見る瞳で呟かれた日には肯定するよりない。あの再起不能になるまで叩きのめす兄たちのやり方は、正直怖い。そのおかげで二度やろうという奴は確かにいないのだけど。
「それに、神鳥様が伊織さんとの婚約を解消される筈ないわ。伊織さんは愛されているもの。今日だって朝から神鳥様は、とてもご機嫌に皆の祝いに応えていらして、笑顔がいつもの3割増しでまぶしかったもの……」
「エー、ナニヤッテルノ、アノヒト」
人が悪夢にうなされていたというのに。
「とにかくおめでとう。伊織さん。心からお祝いするわ!」
「……ありがとう」
クラスメイトたちの純粋な祝福に、それ以外のどんな言葉を返せただろうか。誠司くんや兄の事に関して、陰口は叩かれても祝福なんてされたことはほとんどない。ここは有難く受け取るのが正解なのだろう。
笑顔で祝福してくれるクラスメイト達にある程度付き合った後、私は理由をつけて人の輪から抜け出した。全く勘弁してほしい。
這う這うの体で抜け出した私を待っていたのは、総ちゃんと悠斗。二人が手招きするのでそのままそちらへ向かう。
「……おはよー」
「おはよう。伊織ちゃん。大変だったね」
「俺もさっき聞いたけど、生徒会長様と正式に婚約したんだって?」
口々に言ってくる二人に曖昧に返事をする。
「うんまあ、お互いの親の陰謀でね」
「そういやあんたの所、財閥だったな」
「誠司くんもねー。家格が釣り合うという、どうでもいい理由ですよ」
「伊織ちゃん、そんな他人事みたいに……」
「知らないうちに話がすすんでたんだから、他人事も同然だよ……」
はあと嘆息すれば、悠斗が首をひねった。
「こういうのって本人の意思は無視なのか?」
「……本気で嫌なら、何とかしてくれるらしいよ」
「本気で、ね」
含みを感じ取ったらしい悠斗がちょっと笑った。
「そういうこと。ああ、でもこれからしばらく衆人環視のもと学園生活とか耐えられないかも」
「またあのバカみたいな呼び出しとか増えそうだよね」
「……それが一番面倒くさい」
あの時のことを知っている総ちゃんが、呆れたようにいう。全くだ。
「あなたは婚約者にふさわしくない。辞退しなさい、っていう呼び出しが一番ありそう。そんな事言われても、家の取り決めだから私にはどうしようもないんだけどね。分かっているのかな、その辺り」
「馬鹿は、どこにでもいるんだよ」
そうだねーと頷いて、ふと思い至った。
「ねえ、そう言えば夏休み明けの実力テスト、結果の張り出し今日だよね。もう順位みた?」
「……何よりもテストの順位が気になるというあたりがいかにも伊織だな。相変わらずの通常運転で安心した」
「伊織ちゃんはぶれないんだよ」
二人で目配せして話している。うるさい。
「そういえば、二人は今もまだ順位競ったりしてるの?」
「俺は別に。総太朗が勝つまでやるとか言ってるから付き合ってるけど」
「そういう言い方やめてくれるかな。俺だってもうどうでもいいんだけど、一度くらい悠斗に勝って鼻を明かしてやりたいと思ってさ」
「俺じゃなくて伊織を目標にすれば?」
「……伊織ちゃんはいいんだよ」
さっと目を逸らす総ちゃん。ん? どういうことだ。
疑問に思い首をひねった私を見て、悠斗はにやりと笑った。
「ああ、あれだろ。伊織と下手に張り合ったらシャレにならないくらい面倒くさいことになりそうだって思ってるんだろ。総太朗は」
「悠斗!」
慌てたように悠斗の口をふさぐ総ちゃん。その仕草だけで悠斗の言葉を肯定しているという事が分かってしまい、むっとした。
「……面倒くさい……」
「そ、そんなことないよ。伊織ちゃんの何にでも一生懸命なところ、俺は可愛いと思うよ!」
「おおー、うまくフォローいれたなー」
「お前、最悪だ!」
「あんたたち、二人とも最悪だよ……」
悠斗と総ちゃんて、本当意外に相性よかったのね。兄さんたちとは別の意味でいいコンビになりそう。さらっと二人で私を貶めるところはいただけませんが。
じと目で二人を睨むと、二人は焦ったように話題をかえてきた。
「伊織ちゃん、順位表みにいこうよ!」
「そ、そうだな。そうしようぜ」
「……いいけど」
慌てて立ち上がった二人に続いて教室を出る。順位表は職員室前に張り出してある。まだ一限目が始まるまでに時間もあるので、のんびりと移動した。
人だかりができているので張り出しの場所はすぐに分かる。
「うーん、見えない。私の順位は……」
「見えた。はっはー、流石だな伊織。安定の1位だ」
「やった」
期末の時は、ちょっぴり世をはかなんでいたので正直テストなんてと思っていたが、立ち直るとやはり気になる。来年ドイツに渡るつもりだから、あまり意味はないんだけど。身についた習慣というものは恐ろしい。
「で、俺もいつもどおり2位だな。おしかったな、総太朗。今回も俺の勝ちだ」
「……絶対俺の方が勉強してると思うんだよ。……世の中って理不尽だよね」
ふふんと勝ち誇る悠斗に、複雑そうな顔をする総ちゃん。私が言ってはいけないんだろうけど、わかるよ。その気持ち。
二人の様子を面白がって見ていると、少し離れた場所でどよめきが起こった。3年のテスト順位が発表されたみたいだ。
「どうしたのかな」
気になってそちらをうかがうが、人の数が多すぎて何が起こっているのかわからない。
「ちょっといってみようぜ」
悠斗が提案する。総ちゃんは行かないというので、私たちは二人でそちらに移動した。皆が見上げる順位表に視線を移す。
1位 鏑木 里織 500
神鳥 誠司 500
3位 三峰 匠哉 458
4位 桐生 朔 452
……理解した。周りが騒ぐはずだ。ああ、早速やらかしたのねあの二人。遠い目になる私に悠斗が大丈夫かと声を掛ける。
「……ああ、うん。大丈夫だよ。聞いていたから」
「聞いていた?」
何のことだという悠斗に説明する。
「兄さんは、思ったより2位というのが不快だったからもう手を抜かないって。誠司くんは、せっかくだからこのまま2位にいてもらおうかって、二人でやりあってたの。でもその話きいたの、このテストの後の話なんだけどね。すでに二人とも水面下で動いてたってことみたい」
有言実行してしまえる二人が怖いんですが。スペック高すぎるでしょう。満点とか私普通に無理です。私の点数って3位の人と同じくらいだよ。あの二人が同学年でなくて本当によかった。エンドレス3位以下決定。競う気にもなれない。
「……なあ、オール満点とか狙えるものなのか?」
「私は絶対無理だけど、あのチートの2人なら可能」
「転生組よりチートなキャラってある意味恐ろしいな」
小声で言う悠斗に全くだと頷く。兄の無双ぶりは出会った時からずっとだけどね。
「噂をすればなんとやら。生徒会長様たちのおなりだぜ」
あごで示された方を伺えば、例の2人組がこちらに来るところだった。やっぱり人が勝手に道を開ける。これを見るたびやっぱり関わりたくないと心底思う。
「いつみてもすげえな。アレ」
悠斗も苦笑気味に言う。
「だよねえ。初めて見たとき、リアルモーゼかと突っ込み入れそうになったよ」
「だな」
悠斗と一緒に兄たちを眺める。二人は何か話しながら順位表の前に立った。勿論周りには誰もいない。綺麗に人が引けていた。その状態を何とも思わない様子の二人がすごいと本気で思う。ただ、巻き込まれたくはない。
「ふうん、同率1位ね。……誠司、私を2位にするって言ったの本気だったんだ」
「僕はいつも全力ですよ。里織」
「……いい加減、君もそれ何とかしたらどうだい?」
「……何のことでしょう?」
いつも通りの対人用猫かぶりバージョン誠司くん。ああ、でもこのキャラが実際のゲームでのキャラなんだよね。そう考えればこれは正解なのかな。なんにせよ相変わらず仲がよさそうで結構です。ざわめいていた理由もわかったことだしさっさと戻ろう。
「悠斗、戻ろうか」
声を掛ける。悠斗は少し困った顔をしていた。
「伊織、残念だったな」
「え?」
「気づかれたみたいだぞ」
「へ?」
慌てて振り向けば、にこりと笑う二人とばっちり目が合った。
「最悪……」
「ご愁傷様。じゃ、俺先教室戻ってるから」
さっと手をあげて帰ろうとする悠斗の服の裾を引っ張る。
「うーらーぎーりーもーのー」
「はなせ、伊織。俺はまだ死にたくない」
「私だってあんな目立つところに行きたくない。あんたも生徒会役員なんだから一緒にいてもおかしくないでしょ。……頼むから一緒に来てください。お願いします」
最後のセリフは妙に早口になった。
「俺まで巻き込むなよ。あんたがいればあの二人は満足だろ」
「友人を置き去りにするなんて、来世まで祟るよ」
「……転生しているという事実がある分シャレに聞こえん」
嘆息する悠斗に、にやりと笑う。そうやって悠斗を足止めしている間に、兄たちはこっちにやってきた。それに気が付いた悠斗がこちらを睨む。
「おい」
「ふふん」
「いつも仲いいね。君たち」
悠斗と小声で言い合いを続けていると兄から声がかかった。
「兄さん、おはよう」
おいでおいでと手招きされたので、遠慮なく腕の中に納まる。周りからきゃあという悲鳴が聞こえて我に返った。しまった。いつもの癖でつい。あまりにもデフォすぎて何も不自然に思わなかった。思い切り固まってしまった私を兄は遠慮なくなでる。
「おはよう、伊織。今回のテストも1位だったんだね。流石私の妹だ」
「……兄さんもおめでとう。やっぱり兄さんはすごいね」
何も気にする様子のない兄に諦めて答える。隣にいた悠斗が呆れたように私に忠告した。
「あんたも十分巻き込まれたくないと思われている人間の一人だってこと、自覚しろよな」
悠斗の声にうっと詰まる。残念ながら否定できる要素がなかった。
「伊織、僕の事を忘れてはいませんか」
「会長、おめでとうございます。兄さんと同点ですね、さすがです」
言い方が気に入らなかったのだろう、誠司くんの眉がぴくりと動いた。
「……随分と他人行儀ですね、伊織は」
「そんなことはないですよ」
婚約者に対してという無言の訴えが入ったような気がするが、綺麗に無視した。
そのキャラを演じている誠司くんと真面目に話すのは面倒くさい。私の気持ちがわかったのか、兄がくすくす笑った。
「まあ、いいじゃないか。誠司。伊織ももう、授業が始まるだろう? 行っておいで。明日から文化祭に向けての話し合いがあるから、忘れず放課後は生徒会室に来るんだよ」
「わかった」
助けてくれた兄にほっとしながら離れる。良かった。このままこの場に残れば、また周りから婚約がどうのこうのと言われる所だった。じゃあねと手をふって悠斗と教室に戻った。
帰る途中、悠斗からはしっかりとお叱りを受けた。
「あんたも、いきなり副会長に抱きつくとか止めろよな」
「ごめん。あまりにもデフォすぎて気が付かなかった。気を付ける」
「あれがデフォってのもおかしな話だけどな。本当に副会長ルートは回避したのか?」
「うん。回避っていうか、家族エンド行ったと思う。兄さんとはないよ」
確信をもっていえば、悠斗は複雑そうな顔をした。
「それにしては、愛情表現が過多というか……」
「昔からだから、今更やめろと言われても困るんだけど、まあ気を付けるよ」
「そうしとけ、いらん恨みを買うぞ」
「……そうだね、今心から反省した」
納得の理由に深く心に誓った。学園内で兄にはあまり近づかないでおこう。
「で? 今日は朝からずいぶんとご機嫌斜めだったみたいだけど、何かあったか?」
話題を変えてきた悠斗に思わず振り返る。
「え?」
「あんたの態度みてたらわかる。朝からずっとイライラしっぱなしだったじゃないか」
「あー、その、うん……ごめん。八つ当たりだね。夢見が悪くて……」
「夢見って……もしかして?」
勘のいい悠斗に頷いた。
「そう、まあ色々好き放題言ってくれたからね。それでイライラしてた。ごめん」
「いいけど。それで何か……と、ここじゃまずいな。また、あの喫茶店でも放課後行くか? 今日は生徒会もないだろ」
いつもなら飛びつく提案だが、今日は首を縦にふれない。残念ながらお断りするしかない。
「えーと、ごめん。……今日は無理。……用事があるから」
「用事?」
「うん……あ、でも、それが終わったら時間とれるかもしれない」
「それなら俺、今日は家にいてるからさ。終わったら連絡くれよ。あそこならうちからも遠くないし、時間が許せば話そうぜ。こういうことは早い方がいいだろ」
「……分かった」
約束して、教室に入る。待っていた総ちゃんと軽く話してから自席に戻った。
そう、今日は大切な用事がある。
……すでに連絡はいれた。きっと来てくれるはず。
気が付かないうちに握りしめていた両手をさらに強く握る。思っている以上に緊張している自分に気が付いて、情けなさにため息が出る。
――――今日は、全く授業に集中できる気がしなかった。
ありがとうございました。
次回の更新こそ週明け以降になると思います。




